「・・・あ。」 「どうかしました?黒崎サン。」 場所は浦原商店、日時はルキアが尸魂界に連れ去られる前日の午後九時。 晩飯を食ってからこっそりと家を抜け出して、俺は明日の段取りを話すためここに来ていた。 俺の中での当初の予定はこれまでと同じく恋次達と戦い、その後ルキアの背を見送るというもの。 そんでもって待機していた浦原さんに助けてもらう、と。 だからこそ大虚のことが終わってから明日のことを考えるたびに嫌な気分にさせられたのだが・・・。 誰だってわざと怪我するなんて嫌だろ? しかも下手すりゃ笑えない状況に陥ってしまう。 最悪、待っているのは死という結果だ。 いくら浦原さんが色々と出来る人であっても『もしも』の可能性はゼロではないのだ。 と、ここまで考えてちょっとその思考方向を根元辺りから変えてみよう。 俺が嫌だと思っているのはわざと白哉に刺されることだ。 問題:そしてそれは何のため? 解答:ルキアを一度尸魂界に返し、加えて浦原さんの協力を仰ぐため。 というわけで俺は『前回』、『一周目』に倣って危険な賭けに出た。 だがそんなことをしなきゃならなかったのは、その時点で浦原さんこちら側の事情を知らなかったから。 そしてこの『三周目』では既に浦原さんにこちらの事情を話しており、しかも一応味方に付いてくれている。 ってなわけで、ルキアを一度返すならそのままにしておけばいいし――しかも俺との関わりが減ることでルキアに科されるであろう刑も増えたりはしないはず――、浦原さんとのこともすでに解決済みだから、今更『前回』『前々回』をなぞる必要はないのである。 それに気付き、浦原さんに『今回』の序盤から事情を話したことによる予想外のメリットに思わず小さく拳を握る。 これで危険度「高」の芝居ともおさらばだ! 「・・・・・・あの、黒崎サーン?」 「うおっ、スマン。ちょっと考え事しててさ。」 「はぁ、考え事っスか。」 急に黙り込んでガッツポーズまでしてしまったのがマズかったのだろう。 なんだか浦原さんの目が(帽子で隠れて見えないけど)冷たいぜ・・・。 なんておふざけは脇に置いておくとして。 俺は早速、先程自分が思いついたことと今後の行動について浦原さんに話し始めた。 まずはルキアを一度尸魂界に返す必要性。(こっちは浦原さんも何となく予想してくれてたみたいだけど。) それから俺が浦原さんに予め話していた展開とは異なる行動をしようとしている理由とその詳細、及び浦原さんには先に恋次達にヤラれた石田を助けてくれるように頼んで―――。 「ちょっといいっスか?」 石田のことを頼んだところで浦原さんが少し考える素振りを見せつつそう言った。 何かマズい部分でもあったのだろうか。 人生経験が長い分、俺の見落としている部分に気づいてくれたのかも知れない。 ああ、と頷いて先を促すと、浦原さんは「可能性の話なんですけどね、」と前置きをしながら言葉を続ける。 「そうするとキミは石田クンと朽木サンの所には行かないってわけっスよね?」 「おう。だってアンタはこっちの事情を知ってくれてるし、もうそんな必要は無ェだろ。」 「確かにアタシと朽木サンのことだけを見ればそうかも知れません。ですがキミの語る展開にはもう一人関わっているじゃありませんか。」 「もう一人・・・石田のことか。」 「その通り。そしてその彼はキミの記憶の中でどんな状況になってます?」 「怪我してて、それから・・・」 「アタシがキミから聞いた話を間違いなく記憶しているなら、六番隊の副隊長サンにもう少しで致命傷を負わされるところだったんスよね?しかしながらこれまではキミがギリギリ駆けつけたおかげでそんなことにはならなかった、と。」 「・・・っ!」 ああ、そういうことか! ことの重大さに気付いて息を呑む。 本当になんてことを見逃していたんだ俺は。 ルキアのことはいい。浦原さんのこともだ。 けど石田のことは? アイツとは既に大虚のことで関わっちまってるし、正義感の強そうな性格だからこれまで通りルキアを助けようとするだろう。 しかし今の石田じゃ恋次には勝てない。 石田が殺されないようにするには俺が恋次との間に割って入んなきゃなんねーんだ。 「必ずしも石田クンが副隊長サンに殺されてしまうとは限りません。しかし逆を言えば殺されないとも限らない。」 浦原さんが静かな口調で可能性の話をする。 まったくその通りだよ。 自分の落ち度に毒づくと、それを見た浦原さんが口調を変えて軽く言った。 「まぁアタシ個人としてはほとんど関わりのない人間より、色々知ってしまっている黒崎サンの方が大切と言えば大切ですけどね。知り合いにわざわざ大怪我を負って欲しいなんて思いません。ただし、キミはそんな展開を望んじゃいないでしょ。」 そして、まるで「しょうがないなぁ」とでも言うように苦笑する。 「キミのことは出来得る限りコチラでカバーしましょ。いざとなればアタシや夜一サンも戦えないわけじゃありませんしね。」 「・・・・・・そうならないように頑張らせてもらうよ。」 あの時点で恋次達の前に浦原さん達が姿を現わすなんて以ての外だ。 その後どうなっちまうのか全く予想出来ないんだからな。 しかしそう言ってもらえるのは心強く、嬉しいと思う。 だから俺は相手にも聞こえないほど小さな声で「ありがとう」と呟いた。 「どういたしまして。」 ・・・どうやら聞こえていたらしい。 頼むからこういう時くらい聞こえないフリしてくれ! 正直言って恥ずかしいんだよ!! |