"彼女"が目の前を横切る。 どうして、どうして、と混乱する頭の片隅に唯一残った冷静な部分が斬月に語りかけてみるものの、反応無し。 また「最初」に戻って来ちまったのか。 何もかも。 これが『三周目』ってわけかよ。 俺の所為で死んでしまった人達がこの世界じゃまだ生きているという事実は嬉しい。 こちらの罪悪感を随分軽くしてくれる。 ああでも、本当になんでまたここからなんだ。 何が原因で俺は戻って来れたんだ。 『前回』―――『二周目』の世界でのようにまた肝心なところで記憶が途切れてしまっているだろうと、あまり期待はせずに混乱する頭を沈める意味も兼ねて思い出せる部分を脳裏に描いていく。 双極の丘でこちらを見下ろす冷たい瞳。 恋次が死んだ。ルキアが死んだ。 俺も瀕死の状態であんな行動を起こした自分に後悔し続けていた。 その間にも視力すら弱まっていって、何が何だか分からなくなり―――。 そう言えば、藍染が俺のことを"サンプル"って・・・。 一体何のことだ。 何に対するサンプルなんだ。 サンプルってことは、俺はもしかして藍染達に虚圏へ連れて行かれたのか。 「―――ッ!」 虚圏に、と思い出して俺はまた息が詰まった。 憶えている。 今度は憶えていた。 虚圏に連れて行かれ、そこで何があったのか。 一度暗転した俺の意識が戻り、その時に何を見たのか。 記憶に焼きついているのは背中に当たる硬い寝台のようなもの。 真上のライトからの強い光。 それに目が眩み、けれど明順応の後に見た、こちらを見下ろす藍染の姿。 その手に在るのは崩玉か。 小さな球体を摘まんだ指先が近付いてくる。 何をする気だ、と叫ぼうとしても声は出ない。 それどころか指一本すら動かせない。 原因は縛道なのか、薬なのか。 『これを使ったら君はどうなるのだろうね。』 楽しそうな声が降って来る。 冷たくて硬くてどこか可笑しそうな、狂った声。 『強大な霊力と特別な血、そして、』 ひやりとした感触と共に胸の中心に崩玉が触れた。 『生きながらその身に虚を宿した君は。』 何かに身体を侵食される気持ち悪さの直後、俺の記憶はこの部屋に繋がった。 と言うことは、俺、藍染に崩玉を使われた所為で戻って来ちまったのか・・・? なんでだよ。 崩玉は死神と虚の境界線を取り去るものじゃなかったのか。 記憶の通り藍染が俺の虚のことを知っていたなら、そいつと融合させるために俺をサンプルとして連れて行ったんじゃないのか。 それなのにどうして過去なんかに。 自問自答するが、明確な答えなんて得られやしない。 だったら今、俺は何をすりゃあいい? こんな所で膝を折ってるだけじゃ意味が無いんだ。 戻って来た原因を突き止めたいなら・・・・・・やっぱり崩玉の製作者である浦原さんに訊いてみるべきか。 いや、その前に。 これから起こることに関してまず頭を使わなくちゃいけねーはずだろう。 この部屋にルキアがいるということは、もう間も無く家族が虚に襲われるということなのだから。 冷静さを取り戻した――混乱し過ぎて逆に落ち着いたように感じるのかもしないが――頭で自分の状態を確認。 身体は・・・動く。 声も出せそうだ。 立ち上がり、黒を纏った小柄な背を見つめる。 大丈夫。 今この場面で俺がやろうとしていることは、別に『二周目』の最悪の結果を導くものではないはず。 これをやらなきゃ、どうせ全ては終わってしまうのだから。 藍染達にルキアを殺させないためにも、崩玉を奪われないためにも、俺は―――。 「待ってくれ。」 静かに、けれどはっきりと声に出す。 ぎょっとして振り返ったのは"俺を知らない"目。 また、世界が始まっていく。 死神としての、俺の世界が。 |