先日、コンが家出を決行していた。 もうそんな時期かと暢気に思っていると、『今度』はルキアがコンの耳を引き千切りかけ(『前回』は俺だった)、花の形をした飾りの変わりにガーゼとテープをくっつけている見慣れた姿に早変わり。 ある意味これはこれで懐かしいなどど思いつつ、俺はこの後に控えているアレの事を如何すべきか頭を悩ませていた。 ・・・で、結局。 アレことドン・観音寺のオッサンが「ぶら霊」の撮影中に半虚を虚に変えちまった件について、俺は早々に病院に憑いた地縛霊を魂葬することにした。 番組がどうなろうと俺の知ったことじゃねェ。 怪我人が出るかもしれないのに、その可能性を失くす方法を知ってるのに。 このまま『前回』と同じ事を繰り返すつもりは無いのだ。 そうと決まれば伝令神機が伝える情報に従って虚を昇華し、その帰りに病院へと寄り道するだけ。 一歩、病院の敷地内に踏み込めば虚じみた雄叫びと鎖に繋がれた男の姿。 俺の姿を見てギャーギャー喚くそいつを無視し、額に斬魄刀の柄を押し当ててハイ終了。 再び静けさの戻った廃病院を見上げてから俺は安心して帰路についた。 そして、「ぶら霊」撮影当日。 念のため義魂丸に戻したコンをポケットに忍ばせて俺はルキアと並んで人ごみを眺めていた。 「暇人め。」 何処を見ても人だらけ。 ワイワイガヤガヤと喧しい集団に俺はポツリと零す。 一緒に来た親父と妹達、たつきや井上、水色、ケイゴ、チャドは既に各々見やすい所に移動していった。 かく言う俺は観衆から少し後ろに下がった所で突っ立て居るという状態。 どうせ観音寺のオッサンが見たくて来た訳じゃないんだから俺はこれで構わねぇんだけど・・・。 「ルキア、別に前の方に行ってもいいんだぜ?」 隣に立つルキアは先刻からウズウズしっぱなし。 イマイチこの状況を飲み込み切れていない様だが、それでも徐々に高まっていく雰囲気に触発されているのだろう。 俺がそう言うと彼女はバッと顔を向けて「そ、そうか?」と此方を見る。 「おう。」 「しかし貴様は此処にいるのだろう?」 「俺は、な。テレビの撮影がどんなモンか実際に見るのも勉強になるだろうし、ルキアが遠慮する必要はねーよ。」 肩を竦めてそう言えばパァァっという効果音がつきそうなくらい明るくなっていく彼女の表情。 そうか。そんなに行きたかったのかオメーは。 ちょっと悪ィことしちまったか?とは思うが、それでも今からならまだまだ間に合うし。 前方の人ごみへと突っ込んでいったルキアの後姿に向けて俺は小さく苦笑を零した。 そんな感じで『今回』は滞りなく撮影が進む筈だった。 霊が居ようが居まいが、どうせそこはテレビの撮影。観音寺が適当に振舞っていればそれで済む話だ。 だから撮影がスタートして観音寺が現れたとき、俺は特に気を張ることなくボケっと眺めるだけだった。 けれど。 「フゥン・・・まぁこれくらいなら楽勝でしょう。」 「・・・?」 聞こえて来たのは明らかに「視えている」観音寺の声。 まさか、そこにいるのか―――? 慌てて視線を飛ばすが人垣でちっとも見えない。 「もうこんな所で苦しむ必要は無いぜベイビー!すぐに成仏させてやるからな!」 「ギ、ギャァァァァァァアアアアア!!!」 「ヘイ!安心しな!痛いのは最初だけさ!!全て私に委ねていれば天国への扉はすぐそこだ!」 「・・・ンの馬鹿っ!」 何が天国への扉だ。 吐き捨てた言葉は観衆の声に掻き消される。 聞こえてくるアナウンサーの台詞から観音寺が「何とかステッキ」を使っているのは分かった。 また霊魂の孔を開けているのだろう。 時間が無い。 「ホント、念には念を・だな。」 義魂丸を飲み込み、俺は空を蹴った。 「一護っ!」 「ルキア!?」 名を呼ばれ、慌てて下を見れば人混みの中にルキアの姿。 いや違う。人混みの中じゃなくて警備の人達に取り押さえられているのだ。 大方、観音寺の行為を見咎めて止めに入ろうとしたのだろう。 やはり一人で行かせるのは拙かったか・・・? そうは思うが、今はまず観音寺を止めることが先決だ。 「頼む!彼奴を止めてくれ!」 「わかった!」 短く応え、俺は再び前を見据えた。 視線の先にあるのは痛みに叫び続ける霊魂とその孔を容赦なく開けていく観音寺の姿。 まだ半虚にもなっていなかったであろう気配の弱い霊魂は、元々この病院の患者だったのか。 そう思わせる風体の胸に開きかけている暗い孔。 俺は躊躇うことなくその場へ飛び込み、観音寺の腰をひっ捕まえて勢い良く霊から引き離した。 しかし―――。 バキンッ 「っ!」 背後から聞こえたのは何かが弾ける甲高い音。 振り返って目にした光景に俺は息を呑んだ。 霊魂の胸の孔に繋がっていた因果の鎖は呆気なく砕け散り、耳を劈くような悲鳴が辺りに満ちる。 間に合わなかった・・・!? 全身にヒビが入った霊魂はすぐさま爆散、そして襲い来る衝撃音。 俺は派手に舌打ちして浄霊完了(正確には「ミッション!コンプリイイイイッ!」だ)と叫ぶ馬鹿の襟首を掴み、引き摺るようにして廃病院の屋上へと地を蹴った。 ぐっと観音寺を引っ張る左腕に余計な引力。 空中に浮かぶことになった観音寺は驚きの声を上げている。 しかしそれには構わず、俺は続いて霊子を集めた見えない塊を蹴り付けて目的地である屋上に足をつけた。 観音寺をその辺に放り出し、俺は霊圧を探るため神経を研ぎ澄ます。 無理やり孔を広げられたあの霊はおそらくこの病院に捕らわれていた自縛霊だ。(そいつに気づけなかったのは『前回』叫んでいた自縛霊に俺の気が向き過ぎていた為だろう。) だから現れるのもこの病院かその近くになるはず。 『前回』虚化した霊と同じく屋上に出現するのならこのまま飛び掛かって斬るし、それ以外なら横からゴチャゴチャと煩く言ってくるであろう観音寺を此処に置き去りにしてスパッと片付ければいい。 何の仕掛けもないのに突然空中に浮かび上がって屋上まで辿り着いてしまった観音寺の姿はきっと「凄いヒーロー」として子供達の目に映るだろうから、これもある意味一石二鳥だ。 そう考えているうちにピッと神経に引っかかるものを感じた。 視線の先で白い塵が一つの形を成そうと集まり始める。 どうやら『今回』も虚は病院の屋上に現れるらしい。 俺は抜刀して駆け出し、塵が完全な虚となるのと同時、その仮面の真ん中に深い太刀傷を負わせた。 これでオシマイ。 満足に雄叫びを上げることもなく、虚は再び塵へと戻る。 そこから視線を外せば、訳が解らず唖然として此方を見ている観音寺が目に入った。 俺は彼から虚がよく見えるよう立ち位置を変え、「これを見ろ。」と言う意味で崩れ行くそれを顎で示す。 その間にも虚の外殻はぱらぱらと剥がれ落ちて徐々にその中身を晒し始めていた。 やがて半分近くが空気に溶けるように消えてしまうと、白い殻の中に隠れていた姿を目にした観音寺がヒュッと喉を鳴らした。 「これ、は・・・」 「あんたが浄霊したはずの霊魂だ。」 暗に実は浄霊出来ていなかったという意味を込めて淡々と告げる。 それから虚と呼ばれる化物のこと、霊魂の胸に空いた孔と虚の関係、観音寺が行ってきた「浄霊」がもたらすものについても話し、俺は後悔に膝を折る彼の姿を見つめた。 「あんたは今まで運が良かっただろうな。それが今回は違って虚がすぐ近くに現れた。・・・けどさ、そうやって何も知らなかった自分を悔やんでても仕方ねえだろ?」 「でも・・・私は自分が不甲斐なくて、うぅ。」 「・・・泣くなよ。」 大の大人が顔を伏せて涙を零している。 そんな光景に溜息は自然と吐き出されて、俺は仕方なく頭を掻いた。 ・・・と、そんな時。 ふと耳に入ってきたのは地上からの歓声。 ああ『今回』もやっぱり同じなのかと思いつつ視線を下にやれば、生放送の見学に集まった人々が観音寺の姿を待ち侘びて「観音寺!観音寺!」コールを送っていた。 なぁ、聞こえるか?観音寺のオッサン。 あんたのやってきた事は確かに正しい事じゃなかったけど、ヒーローとしては充分過ぎるもんだったらしいぜ。 「おい、観音寺。泣くのはそんくらいにしとけよ。」 「・・・?」 「ほら、みんながあんたを待ってるぜ。」 観音寺が顔を上げて地上の人々に視線を向けた。 涙は既に止まっている。 と言うことで、俺の仕事はあと一言だけだ。 「あんたはみんなのヒーローなんだからな。」 |