集合の笛が聞こえたので、ルキアと別れ、親父の元へと向かう。
それも、走って。
なんたって急いで親父の元へ行き、それから妹達を助けに行かなくてはいけないのだから。

待っていた親父は走って来た俺に随分と驚いた顔をしていたがそんなものに構っている暇はない。
二人ともまだ来ていないことを確認して、親父の話も殆ど聞かず「探しに行って来る!」ともと来た道を引き返した。
そこから少し離れた茂みの影でコンに体を任せ、さらに疾駆する。ルキアには残ったコンが説明してくれるだろう。



数瞬とかからずに茂みを抜け、俺は遊子に向かって伸びた触手と夏梨を踏みつけている醜い足を切り飛ばした。
瞬歩を使えるおかげか『前回』よりも早く駆け付ける事ができ、遊子にこれと言った外傷は無い。
俺は夏梨と遊子を抱えると大きくジャンプして二人を安全な所に非難させる。
途中(夏梨は既に気絶していたが)俺の姿を捉えられず結果的に自分一人で宙に浮いてしまったような感覚に陥った遊子は気絶してしまった。

・・・ワケもわからず怯えるよりはマシか。

そう判断して俺はおふくろの仇、グランドフィッシャーの目の前に降り立った。


「ほう・・・・・・小僧、死神か。」
「だったら如何だってんだ?」


斬魄刀を上段に構え、相手を睨みつける。
いつも以上に柄を握る手が力んでいるのは分かっているが、だからと言ってどうすることも出来ない。
コイツはおふくろの仇。
何人もの死神を、何も知らない人達を、そして母ちゃんの魂を喰らった虚なのだ。


「なんとまぁ・・・美味そうな魂をしている。今日は本当に好き日よ。」

ヒヒッと喉の奥で哂い、仮面越しにグランドフィッシャーが舐め回すような視線を向けてくる。
それは既に俺を捕食するということを前提としているものだ。
憎しみの上に苛立ちと嫌悪が重ねられて、噛み締めた奥歯が音を立てる。
そして、

「おまえを喰ろうた次はあの黒髪の娘・・・このわしの姿まで見えた稀有な人間だ。喰らえばさぞ美味かろう。」
「っ!」

俺の次は夏梨を。
そう宣言したグランドフィッシャーにとうとう張り詰めいていた何かが切れた。

ダンッ!と音がするほど強く地面を蹴りつけて飛び出す。
瞬歩でヤツの懐に飛び込んで、陽光の下、煌く白刃を相手の胸へと叩き込んだ。
しかし、
―――躱された!?

「甘い!甘いぞ小僧!いくら速くとも真っ直ぐ突っ込んで来るなど、どうぞ躱わしてくれと頼んでいるようなものではないか!・・・本当におまえは見た目通り、若い。」

高く飛び上がったグランドフィッシャーがそう嘲笑いながら先程切り飛ばされた腕を再生する。
シャアッという呼気と共に再生した腕が向かってくるのが見えた。
それを躱し、グランドフィッシャーの真横へと移る。

「うるせぇっ!」

今度は手応えアリ。
振り切った白刃の先端部が血に染まっている。
けれどその傷は浅い。
首を切り裂こうとした刃は胴を掠めるだけに終わってしまった。

斬月とは違う。この斬魄刀に対する違和感。
長大な刃には『前回』浦原さんに言われたみたいに力が込められていない。ただフワフワと刀の形を成しているだけ。
切り裂く、打ち砕く。そんな斬月には感じられたはずの力強さがこれには無いのだ。

・・・頼りない。俺はこの刀で勝てるのか?こんなフワフワした刀で。

ふと浮かんだ言葉に慌ててかぶりを振る。
違う!違うだろ!
斬月がなくてもコイツにはゼッテー勝つ!勝たなきゃいけねーんだ・・・!


一閃を避けたグランドフィッシャーを追いかけ、空中を蹴る。
瞬歩を使える俺と瞬歩――もしくはそれに相当する技――を使えない(使わない?)グランドフィッシャー。
追いつくのは簡単だ。


「はぁっ!」

再び懐に潜り込んで下から斜め上へと袈裟懸けに斬り上げる。
白刃はヤツの体毛を切り飛ばし、その首へと吸い込まれるが―――
・・・っ!止められた!?

「おまえの斬魄刀はなまくら刀か?」

一撃はグランドフィッシャーの左手でいとも簡単に捕らえられてしまった。
前にも体験したこの状況に“次”の映像が脳裏でフラッシュバックする。

指先が割れて現れる爪。それに刺される自分。疑似餌。握る右手。そして、母。




「甘すぎるぞ。小僧。」

声が聞こえたと思ったら伸びた爪に貫かれていた。

「っかは!」

気管を逆流してきた血が口から零れる。
すぐさま飛び退いて記憶を探られないようにするが、全身を襲う脱力感に膝をつき、再度せり上がって来た血の塊を吐き出した。


「どうした小僧、急に動かなくなりおって。鈍らなのはおまえの刀だけでは無いと?」


そう言って笑うグランドフィッシャーを俺は赤く湿った口を歪めて睨みつける。
始解も出来ない紛い物の斬魄刀じゃあ・・・今の俺じゃあヤツには太刀打ち出来ねぇってのかよ!?

悔しい。

地面に突き立てて支えにしていた刀の柄を握り締め、引き抜いてそれを振るった。
刃の長さに頼っただけの攻撃は簡単に避けられてしまう。


「無駄だ!その様な刃でわしを倒せると思うのか!」
「倒せるかじゃねぇ!倒すんだよ!!」
「甘い。そして若いな。若いがゆえにたやすく怒り、怒るがゆえに心乱す。そして、心乱すがゆえに刃は鈍る。・・・鈍ら刀と鈍らなおまえ自身。それではわしに勝つことなど出来んぞ。」
「黙れっ!!」
「自覚しているからこそそのように怒る!終わりだ小僧!おまえはわしと戦うにはあまりに若すぎた!!」


グランドフィッシャーの眼前に疑似餌の部分が現れる。
それが右手で握り潰されたかと思うと、次に開いた時には6年前と少しも変わらない母の顔があった。



























それは、己の罪の証。


(06.02.02up)










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