屋上でルキア、水色、ケイゴと一緒に昼食を取っていると、停学がようやく解けたらしい大島が取り巻き(一人だが)を連れて姿を現した。
フェンスに背を預けて座る俺は、正面で騒いでいるケイゴの後ろに見えた黄色いヒヨコ頭にこっそり眉間の皺を深めつつ、ガンつけてきたその野郎の相手をする気にもなれないと無視してストローに口をつけた。 そんな俺の態度に大して丈夫でもない堪忍袋の緒が切れたのだろう。大島はこれまたヤンキーの見本のように「いつになったら頭ソメて来ンだよ」とか何とか突っかかって来る。 ・・・ウゼェ。 この一言に尽きるな。 でもまぁ、もう少し経てばチャドが来てコイツのこともどうにかしてくれたハズだから、それまでしばらくの辛抱だ。 紙パックの野菜ジュースを一口飲み込み、半眼のまま相手の暴言を聞き流す。 その間にも此処に繋がるドアが開いてチャドの登場。 注意して霊圧を探ればチャドが背負っている鳥籠の中にいるインコから二つの魂を感じ取れる。一つはインコ自身、そしてもう一つがシバタという少年のものだ。 「どうすっかなー・・・」 口の中だけでそう呟き、チャドに空高く放り投げられた大島の姿を視線で追う。 確かこの件では夏梨が涙を流す羽目になったし、チャドもルキアも大怪我を負ったはず・・・さっさと虚見つけて斬った方が良いのかな。 そう判断しながら視線をチャドのほうに切り替えた。 近づいて目に付くのはいたる所にあるケガの治療の痕だ。 しまった・・・ そう思い、小さく舌打ちする。 チャドの怪我は鉄骨が落ちてきた時のと登校中にオートバイと正面衝突した時にできたと『前回』に聞いた。 だから今日どうしてチャドが遅刻してきたのか分かっていたはずなのに、インコのことばかりでそっちにまで頭が回っていなかったのだ。 もしかしたらさせなくても良かった傷を目の前の人物に負わせてしまったことにイラつきを覚えつつ、それでも今日の放課後にウチの近所で起こった交通事故のことを思い出して、今度こそは・と思う。 今思えば、あの交通事故も虚が関係しているのかもしれない。 運び込まれたチャドの背中には虚の匂いを纏った大きな傷が出来ていたし。 俺が一人今後のことを考えている間にもケイゴがそのインコを珍しがって色々喋っていた。 ルキアのほうに視線をやれば、彼女ももちろんインコの中にあるもう一つの魂に気づいているようで、「今夜あたり魂葬に・・・」と顔を前に向けたまま呟く。 「そうだな。」 俺も視線を騒ぐケイゴたちに向けてそう短く返した。 しかしながら、今夜ではなく今日中に・のつもりではあるが。 ルキアから無理を言って貸してもらったグローブを持ち、なるべく急いでウチに帰る。 帰ってきてみればまだあの交通事故は起こっていないらしく、周囲はいつもどおりの静けさを保っていた。 二階の自室に上がり右手にはめたグローブで自分の体から魂魄を抜き出す。 フッと一瞬、世界が白んだ気がしたあと、背後に抜け殻になった体があるのを確認して俺は窓から外へと飛び出した。 空中で霊子の塊を蹴り、再度高く跳躍する。 事故が起こるはずの十字路を中心に充分辺りを見渡せる高さになったところで静止。 目を閉じ、意識を集中してインコの霊圧を探り出し、その現在地も確認する。 「これは・・・・・・走ってる・・・?」 その移動の速さに気づいてさらに神経を集中させた。 途端、感じたのは虚の気配だ。 自分の鈍さに呆れつつも俺は急いでそちらに向かう。 屋根伝いに疾走していると・・・ 居た―――! 鳥籠を抱えて走る人物を視認し、背中の斬魄刀を鞘から抜いた。 白い刃が陽光を受けて光る。 俺は屋根から飛び降り、その勢いのままチャドの後方30メートルほど離れた所に着地。 そこはちょうどチャドを追いかける虚のすぐ後ろ。 それから着地の衝撃を和らげるために曲げていた膝を一気に伸ばして加速し、飛び上がって虚の肩甲骨の辺りに手をついた。 「・・・ども。」 ポツリと言って剣を振り下ろし、虚の右腕を切り落とす。 これでこの虚は飛べなくなった。空を飛んで逃げるという選択肢を失ったのだ。 「ゴアアアアアアッ!」 叫び、痛みにのた打ち回る虚を後目にチャドとの間に入るように立ち、斬魄刀を逆手に握る。 それから大きな刃を利用してそのまま足の付け根に突き刺した。 再度、耳を劈くような醜い叫び声。 斬魄刀を抜き取り柄を握り直しながら俺はそいつを睨みつけた。 「キ、キサマ・・・死神かァ!!」 血を流しながら虚もこちらを睨んでくる。 「よくも・・・よくも俺様の足を!足をっ!!」 グチャッ 虚が声を上げると脇の塀の上に現れていた小型の生物から粘着質のある液体と共にヒルを浴びせられた。 顔に降りかかってきたそれを敢て避けずに空いた左手で受け止める。 腕の陰から見えるのは、舌を突き出し仮面の奥でニタリと笑う虚。 「死ねェェェエエッ!!あがっ!?」 ヒルが爆発する寸前、俺は体重を乗せてその仮面へと左拳を叩き込んだ。 歯を模した部分を突き破り舌の根元を掴んで千切らぬ程度に一気に引き寄せる。 気持ち悪ィ・・・ その左手からヒルとはまた違うぬるりとした感触と嫌な温かさが一緒になって脳に伝えられた。 「その舌で合図送るんだろ?爆発しろって・・・やってみれば?」 「・・・な゛・・・」 「ホラ、どうした。鳴らさねえのか?」 「ぐ・・・が・・・あああ・・・」 ぎちぎちと握る力を強め、わざと言う。 死ねとか如何とか言っていた威勢は何処へやら。今は左手から直にこいつの震えまで伝わってきやがる。 「そうか。鳴らさねえのか・・・んじゃ、俺が貰うぜっ!」 左手を思いっきり引いて舌を引き千切った。 「うが、う・・・ガアアアアアァァ・・・ぐあっ!」 ドンっと叫ぶ虚の腹に斬魄刀を突き刺す。 血を流す足の付け根を左足で踏みつけ、腰を屈めるように虚の目を覗き込んだ。 「身動きとれず、武器もねえ・・・少しは殺される側の気分も味わえてるか!?」 「ヒ・・・ヒイッ!」 逃げようと手をばたつかせるがたった一本ではどうすることも出来ず、ただ身をよじることしか出来ない虚。 「怖えーか?・・・みっともなく悲鳴上げるくれーだもんなぁ?」 傷口を抉るように刃を回し、左足にはさらに体重をかける。 「ぐぎゃ・・・や、やめ・・・」 「テメーはそう言った人を何人殺してきたんだ?」 恐怖に慄く声で懇願してくる声に俺は苛立ちを増加させてもう一度傷を抉ってから斬魄刀を引き抜いた。 そして頭めがけて大きく振り下ろす。 「自分が今まで与えてきた分の恐怖も背負って地獄に堕ちろっ!」 仮面の中央を切り裂いて俺は脇へと飛んだ。 縦に閃光が走り地獄の門が開く。 ゴウッという圧力と共に巨大な門の奥から突き出される長大な刃。 それに串刺しにされ、虚は門の中の暗闇へと姿を消した。 俺はそれを見届け、斬魄刀を鞘に収めてからチャドとインコの気配を追って走り出す。 インコの中にある少年の魂は既に因果の鎖が切れてしまっており、その彼を魂葬するためにだ。 途中、虚が出現したと指令を受けて走ってきたルキアと合流し、既に仕事は終えたと告げてから、俺達は共に魂葬へと向かった。 |