「・・・!」
ギリ・・・と歯を噛み締める。 わかっていた事が目の前で起こって。 何もしなかった俺に対して。 理性と感情は相容れないものなのだと、こんな時に改めて悟ってしまう。 でも、そんなこと今はどうでもいいから。 俺は叫んだ。 「死神!鬼道を使ってソイツに隙を作ってくれ!!」 俺の声にハッとしたルキアはいきなりのことに戸惑ったようだ。 しかしすぐさま虚を見据え、ふっ飛ばされた影響で思うように動かない体でなんとか印を組む。 「"君臨者よ!"」 その詠唱の声に、彼女が何を撃つ気か悟る。 「"血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠する者よ!"」 随分と強力なのをやってくれるようだ。 それなら、こちらとしても充分な時間が稼げて良い。 「"真理と節制" "罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ!!"」 そこまで言ったのを聞いて、俺は走り出す。 「破道の三十三!!蒼火墜!!」 ルキアの手から放たれる蒼き炎の弾丸。 それが虚にヒットして爆発と共に今度は魚ヅラの巨体がふっ飛んだ。 「おい!まだ動けるか!?」 「・・・ああ。しかし、もうアイツを倒せるほどの力が・・・」 悔しそうな表情で唇を噛むルキア。 そんな彼女を前に俺はしゃがみ込む。 「・・・俺がやる。俺に力を貸してくれ。」 「なっ何を!わかっておるのか!?失敗すれば貴様が死ぬのだぞ!?」 一瞬で人間が死神になるたった一つの方法。 それは死神の力を人間に移すこと・・・斬魄刀を胸の中心へ突き刺せばいい。 「わかってるさ。でも、今はそれしかねぇ・・・俺と俺の家族、そしてあんたが助かるためには。」 「・・・・・・・・・・・・わかった。」 沈黙の後、ルキアは斬魄刀を差し出してそう言った。 「すまない・・・死神。」 ゴメン、ルキア。 これから起こることを知っている俺は、ただ謝罪の言葉を述べるしかなかった。 そんな俺に、事情を知らないルキアは苦笑。 「何を謝る必要がある。それに私は"死神"ではない。"朽木ルキア"だ。」 「・・・俺は黒崎一護。これからもよろしくな。」 「あ?あぁ・・・」 俺の言葉に違和感を感じたんだろう。 それでも『これからも』ってのは事実だろうから。 彼女の頭に浮かんだはずの疑問に答えることなく、俺はルキアの斬魄刀に手を添える。 「では、いくぞ。」 「ああ・・・早くしねぇと虚が来る。」 起き上がった虚を後目に言葉を交わし、俺はぐっと力を入れた。 胸の中心を焼けるような激痛が走り、そして――― 灰色の制服は漆黒の死覇装へ。 斬魄刀は柄も鍔もちゃんとある・・・けれども異様な大きさのもの。斬月ではない。 ―――あぁ。どうやら"戻ってきた"のは精神だけで、魂自体はあの頃のままらしい。 ついさっきまで本当に『ただの人間の魂魄』だった俺は小さく苦笑した。 虚は既に倒してある。 死神化の衝撃波にまぎれて一瞬で首を落とした。 そして消えてゆく虚を背後にして、目の前には白い襦袢だけのルキア。 寒そうなその衣装に所々赤い血が付着して随分と痛々しい。 「・・・悪ぃ・・・死神の力、全部取っちまったみてぇだ。」 自分的には今更な台詞。 もう胸中では哂いしか出てこない。 このあと、おそらく浦原が来るはずだ。 ルキアにあの変な義骸を貸すために。 ゴメン、ルキア――― これから起こるであろうことを知ってる俺は、ただもう一度謝罪の言葉を密かに紡ぐ。 "崩玉"はいつ彼女に埋め込まれるのであろうか。 これから・・・浦原が彼女に義骸を貸すとき? それとも、もう既に・・・? 藍染はあの時なんと言っていた? いつ頃ルキアに崩玉が埋め込まれたのか・・・それを推理させるような言葉を言っていなかったか? なんだか少しずつ回らなくなってきた頭に苦笑して、思考を断ち切る。 一度しか、しかも激痛の中で聞いた言葉など全て覚えていられるはずも無い。 「・・・一護、平気か?」 そんな状態で気づかってくれるルキアにチクリとした痛みを覚える。 けれど、俺が返せるのはこの言葉しかないと思った。 「ああ。大丈夫だ。」 「そうか。それなら良か・・・一護!?」 安堵したと思ったらいきなり顔を青くするルキア。 どうした? そう思いながら、俺は視界が変わっていくのに気づいた。 景色が上に流れる。 地面が近づく。 これは・・・ 俺、倒れてんのか。 魂魄がいきなり人間から死神のものに変わったせいだろう。 その影響というかショックというか、そういうもので少しばかり負荷がかかったようだ。 アスファルトに全身を打ちつける。 あやふやになってきた感覚から鈍い痛みを受けとり、そうして俺の視界と思考は完全に暗闇に染まった。 |