「・・・なぁ。」

口を割って出たのは呼びかけの声。
それでも、一般人なら決して届くはずのない相手に向けられたものだから、彼女は当然振り返らない。
だからこちらには見えているのだとそういう意味を込めてもう一度呼ぶ。

「なぁ・・・ル・・じゃなくて、死神さん・・・」
「・・・!?貴様、私が見えているのか!?」
「ああ。」

驚いた表情で振り返るルキア。
それが何となく寂しくて返事は簡単なものになってしまう。


「あんたがいるって事は、もうすぐここに虚が現れるんだよな。」
「・・・貴様、一体何者だ。」

警戒しまくりの様子に俺は苦笑することしか出来ない。

「何者って・・・俺は一般人だぜ。ただ昔の知り合い・・・・・・に"こういうこと"に詳しいやつがいただけの。」
「・・・・・・・・・」


厳しい瞳で睨み返される。
強く、そして未だどこか脆い光を宿した黒曜石の瞳は、記憶の中の彼女と一緒だ。

今、俺の背後に浮遊霊はついていない。
つまり"ルキアが俺の目の前で魂葬する"という事態は起こらないわけだ。
・・・俺の予想とか記憶が正しければ、だが。
加えて彼女が来てから俺は少しも騒いだりしていない。
五月蝿くしていないということは、親父が一階から上がってきてルキアが見えない云々と言うわけでもないということ。

・・・・・・次は何が起こるはずだったっけ・・・?
あぁ・・・確か俺がルキアをからかって"縛道の一『塞』"をかけられるはずだ。
それから虚の声がして、家族の悲鳴が聞こえ、俺は縛道を無理矢理解く。
一階に降りれば、魚ヅラの虚がいて―――

そうだ。その後、俺は虚に襲われ、ルキアに助けられる。
彼女は大怪我を負い、動けなくなり、俺はその代わりとして死神の力を・・・
どうする?
記憶に従ってその通りに行動するか?
今の俺じゃァ死神化できるかどうかわからねぇ。
それなら、誰も死なずに済むと"知っている"方法で虚を倒した方が・・・



ウォォォォォオオオン!!


・・・!?
声だ!
虚の声が聞こえた!
マズイ・・・考えてる暇はもうない。
とりあえず、記憶の通りにするしかないのか・・・?


「お、おい!死神!虚の声がしたぜ!もうすぐそこまで来てんじゃねぇのか・・・!」
「声?そんなもの私には聞こえなかったぞ。」
「それは!俺の霊圧がデカすぎて、あんたに声が届かなくなってるからで・・・」
「は?・・・もしかしてそれがこの状況の原因か?
どうにも先刻から虚の気配がわからなくなってしまっていたのだが・・・」


ゴァォォォォォオオオオン!!


「!?・・・っこれは!!」
「聞こえたか?・・・虚の、声。」

廊下へと続くドアの方に視線を向けたルキアに俺はそう問いかけた。

「アイツは、俺の魂を狙って来たはずだ。だから早く俺が行かねぇと・・・」
遊子たちが―――

「貴様はここに居ろ!虚は私が斬ってくる!!」

そう言って彼女は走り出した。


「きゃあっ!!」

ちょうど聞こえてきたのは遊子の悲鳴。
しまった!もう虚はそこまで・・・!

ルキアの姿が廊下の方に消える。
一瞬部屋から出たときに動きが止まったのは虚の霊圧に押されたからだろう。
あの虚は、強い。
同じ虚でもグランドフィッシャーとかに比べればそれほどでもないが、纏う霊圧はなかなかのもの。
知能は低くても力があるといったタイプだ。
彼女には、少々荷が重過ぎるかも。



「くそっ」

俺は吐き捨て、ルキアの後を追った。
廊下では夏梨が倒れていたが、軽傷だし魂も無事だ。
記憶的には死神を何ヶ月もやってきた身だからそれくらいの事はわかる。
夏梨の(一応の)無事に安堵して、俺は階下へ。

階段を下りた先には壊れた家具と傷ついた親父。
わかっていたとは言え、それでも我慢しきれない衝動が沸きあがってくる。
しかしそれをなんとか「大丈夫だから」と押さえつけて視線を壁にあいた大穴へと向ける。

・・・いた。魚ヅラの虚。

異様に大きなその手には傷ついた遊子。
そして、虚と対峙するのはルキアだ。

俺の行動や話が違ったためだろう。
少しばかり記憶と異なることが起こり始めているが、ほぼ"知っていること"が進んでゆく。

俺はもう一度「大丈夫だから」と心の中で唱えてその光景を見守った。
斬月は今この手に無い。
死神化していない俺は、あまりにも無力だ―――


そして、俺の目の前で小柄な体が虚にふっ飛ばされた。



























一護の言った「昔の知り合い」ってのは逆行する前のルキア女史のことですよ。


(06.01.23up)










<<  >>