名前を呼び合う仲になってから着実に時は流れ、市丸と一護は真央霊術院の六回生になっていた。
「一護、早ぅしい!今日は一回生らの引率やろっ!?」 「ちょ、待て!わかってるから引っ張るな!オイこらギン!!」 バタバタと廊下に響く足音。 一護の抗議を無視し、市丸は相手の手首を握ってぐいぐいと引っ張って行く。 目的地はこの先の野外演習場。 おそらくそこには既に特進学級の一回生達が集まっていることだろう。 今日は彼らの魂送実習の日。 ちなみに一回目ではなく、確か今回で五回目だった筈だ、と市丸は記憶している。 そんな一回生も指導の立場にいる六回生もある程度慣れてきた今回、引率役の一護が見事に寝過ごしてしまったのだ。 一護と市丸は今や親友と呼べるほどの仲になっていたが、寮の部屋は別々でわざわざ互いに相手が起きているかどうか確認することもない。(プライベートは大事だ。) 引率役としてペアを組んでいた二人は、これまでの四回とも予め決めた場所で相手が来るのを待つという方法を取っていた。 しかし今日は市丸が待ち合わせ場所で暫く突っ立っていても一向にやって来ない一護を不審に思って漸く部屋を訪れたところ、お休み中の少年を発見。 半ば無理矢理彼を引っ張り出し、そうして今に至る。 「また夜遅ぅまで剣術の練習しとったんやろ?別にそれ自体アカンとは言わへんけど、次の日に何あるかくらいはよう考えてやらな。」 反省しぃや、と続ければ一護から「おう。」と小さな返事が返ってくる。 こんな遣り取りはいつものことだったが――決して何かある度に一護が寝過ごしているというわけではない、念のため――、市丸はふと「綺麗な生きモンやな。」と思った。 一護は素直だ。 真面目で嘘が付けなくて一途で。 きっと昨夜一人でやっていた剣術の練習も出来るだけ早く、そしてもっと強くなりたいという思いからのものなのだろう。 それも全ては護るための力を得るために。 入学当初からずっと学年首席を保持し続ける友人は、しかしそんなものに見向きもせず、ただ護りたいという一つの願いだけを貫いてきた。 彼は潔い。 彼は真っ直ぐだ。 だから美しい。 市丸は相変わらず「生きるため」に死神を目指していたが、今ならほんの少しだけ、一護の傍に立つためだと言っても良いと思えるようになっていた。 「はいストップ。いくら五回目や言うても服装はキッチリせなあかんからな。」 そう言って、市丸は広場に出る一歩手前でせかせかと一護の着物の崩れを直していく。 一護自身もされるがままで特に何も言うことはなく、市丸がやりやすいように軽く体の力を抜いていた。 「・・・まぁこんなモンやろ。ほな行こか、一護。」 「おう!行くか、ギン。」 やる気は十分。 笑顔は完璧。 互いに小さく笑い合って、二人は一回生達が待つ場所へと足を踏み出した。 学年首席と学年次席である一護と市丸のコンビは他学年でも有名だ。 本来なら三人一組で行う一回生の魂送実習の引率も、この二人について行ける実力の者がおらず、特例として二人だけで担当している。 それが更に一護と市丸の能力の高さを他に知らしめることになっていた。 「一人三回、魂送終了。ま、五回目だからこンくらいで良いか。」 「そうやねぇ。半虚の魂送はまた次回で構わんやろうし。」 「オッケー。・・・よし、一回生!今日はこれで帰るぞ!皆、地獄蝶と一緒に門を通ってくれ!順番にな!」 市丸の言葉に頷いて一護が一回生達に帰るよう告げた。 その様を隣で静観しつつ、市丸自身は周囲の気配を探る。 実は三度目の実習の際、弱いが歴とした虚が出現し、少々パニックが起きたのだ。 なので市丸と一護はそれ以降、片方が一回生を誘導し、もう片方が周囲に気を配るという体制を取るようにしていた。(ただし伝令神機を持たされていないので、霊圧の探査能力がより高い市丸が毎回後者の役目を担っている。) 「・・・・・・一護、ちょう急ぎぃ。たぶんコレ、ボクらンとこに来るで。」 「まじかよ。・・・一回生!ほら立ち止まるな!タラタラしない!」 市丸が虚の気配を察知し一護に警告すると、彼はすぐさま行動に移った。 何でもない風に背中の斬月を右手に握り―― 一護も市丸も既に斬魄刀の名を知り始解が出来ているのだ――、まだ門を通過していない一回生達を護れるような位置に立つ。 市丸も神鎗を鞘から抜いて、一護をフォロー出来る場所に移動した。 尸魂界への知らせはまだ送れない。 一回生に余計なことを知らせてパニックを起こさせるのは得策ではないからだ。 穿界門の此方側に残っているのはあと五人。・・・四人、三人、二人・・・一人。 そして最後の一人が門をくぐった瞬間、市丸は首に掛けていた通信機を手に取った。 「尸魂界へ連絡。こちら六回生次席、市丸ギン。現世定点562番、北西1227地点にて虚の襲撃を受けとります・・・」 小型の通信機を手にしたまま横に跳ぶ。 そのすぐ後に市丸が立っていた場所へと虚が頭から突っ込んできた。 激突。そして轟音。 飛び散る破片をヒラリと躱して市丸は通信を続ける。 「実習中の一回生は全員無事に帰還。よって只今より、六回生筆頭黒崎一護と共に、」 市丸の視線の先で一護が斬月を振り上げた。 目標は虚。 顔に浮かぶのは不敵な笑み。 「・・・虚討伐に当たります。」 プチと通信を切るのと同時、一護の斬撃が虚を襲った。 剣圧だけで地面が抉れる。 それを視界に収めつつ、市丸も神鎗を構えた。 一護が此方を見て笑う。 市丸の意志を了承したと言う風に一度だけ頷くと、サッと虚と市丸の延長線上から身を引いた。 それに合わせて言葉を紡ぐ。 「射殺せ、神鎗。」 真っ直ぐに伸びた刀身が虚の仮面を貫いた。 虚は傷口からボロボロと崩れ始め、その破片は空気に溶けるように消えていく。 「呆気ないなァ。」 クスリと口元に弧を描き、市丸は小さく呟いた。 「お疲れー。」 「お疲れサン。」 斬月を背に直しつつ近づいて来た一護に笑いかけ、二人して開きっぱなしだった門の前に立つ。 そのすぐ傍をひらひらと舞うのは地獄蝶。 「帰ろか。」 「そうだな。」 消え行く虚を背にして。 市丸は一護の手を取り、穿界門をくぐった。 |