人目を避けて移動した先は校舎の屋根の上。
授業をサボることになってしまったが、まぁそこのところは自分も相手も問題無いだろう。 そんなことを頭の片隅で考えながら、市丸は一護と共に瓦屋根に腰を下ろした。 「・・・・・・。」 「・・・話無いんやったら帰らせてもらうけど。」 「・・・・・・。」 「ほな、手ぇ放したってくれへん?邪魔やし帰れやん。」 「・・・・・・。」 黙り続ける相手に市丸は溜息をつく。 一護の手は先刻からずっと市丸を掴んでおり、力は少しも弛まない。 移動の際もそれで市丸が引っ張っていたようなものだ。 仕方無く、捕らわれた片手をそのままにして、市丸は瓦の上にごろりと寝転がった。 上空には小さな雲が一、二、三。日差しは少々キツいくらい。 「・・・なんで、ボクに構うん。」 握られた手を意識した途端、ぽつりとそう呟いていた。 疑問と言うには独り言に近いそれ。 声に含まれる刺々しさが常より少なかったのは、決して一護に自分と同じニオイを感じ取ったからではない。 市丸がしまった、と顔を顰めていると一護から答えが返ってきた。 「俺とお前は似てるから。」 「・・・どこがやねん。」 銀と橙という珍しい髪色、周囲とは一線を画す強大な霊圧、そして首席合格。 確かにこれだけ挙げれば似ていると言えなくもないが、しかしそれは外面的なもの。 根本的なところでは、二人は全く異なる位置にいると市丸は思う。 しかし、この少年は違うらしい。 「お前は流魂街出身者で、たぶん腹一杯食べることも安心して眠ることも出来なかったんだと思う。生きることに精一杯で。・・・だから、生きるために此処に入ったんだろう?生きるために死神になろう、って。」 「そう言う風に言われんのは気に食わんけど、確かにそうやな。」 「・・・・・・俺も一緒なんだ。」 「・・・?」 青空から視線を移して一護を横目に見遣ると、彼は苦しそうにその表情を歪めていた。 「俺は・・・生きるために貴族になった。」 「一体、何言うて・・・」 「俺も流魂街に住んでたんだ。」 「っ!?」 一般に知られている事実を否定したその一言に市丸は息を呑む。 黒崎一護は黒崎家に『生まれた』人間で、その珍しい髪の色はただの突然変異だと、皆そう思っている筈だ。 それなのに実は違っていたと・・・? この少年は流魂街で拾われた子供だと言うのか。 市丸の驚きを余所に、一護は更に続ける。 「俺は流魂街にいた時、同じように霊力を持つ仲間達と一緒に暮らしてた。そん中でも俺の霊力がダントツで・・・。でもまぁ腹は減るし、ただの厄介ものくらいしにか思ってなかった。そんな時、町に虚が現れて、みーんな喰われちまった。死神が来てくれたけど助かったのは俺一人。皮肉だよな。虚にとって一番美味いはずの俺が生き残っちまうなんて。」 一護は震える一歩手前くらいの声でそう言い、市丸を掴んでいるのとは逆の手で日差しを遮るようにして空を仰いだ。 「・・・その時駆けつけた死神の一人が黒崎家の人間で。ソイツが俺の霊力の高さに目を付けて、家で俺を『飼う』ことにしたんだ。」 「飼う、て・・・。犬猫とちゃうんやで?」 「同じだよ。仲間を喪ってボロボロな俺にはどうせ死ぬ以外道はなかった。餓鬼一人で生きるなんてあの町じゃあ不可能だったんだ。だから俺は生きるためにその手を取った。その代償が黒崎家の人形になることだったんだけどな。・・・この事実が公にされねぇのは、黒崎家が“自分達の血筋”から有能な死神を出したいって思ってるから。拾ってきた何処の馬の骨とも知れない子供じゃ意味が無ェんだ。それに、」 ―――自分達の本当の子供じゃねぇから存分に扱けるしな。 そう言って、一護は掴みっぱなしだった市丸の手を放し、己の着物に手を掛ける。 ぐいっと目の前に一護の肌が晒されて、何のつもりだと言う間もなく市丸は目を見張った。 「・・・な、に。」 「これが証拠。いくら強い人間が欲しいからって、流石に実の子にまでこんなことは出来ねぇだろ?」 何でもない風に告げた一護の肌には無数の傷跡があった。 新しいのから古いのまで。大小様々。 それが今まで一護に成されてきた仕打ちの凄さを物語る。 呆気にとられている市丸に苦笑を浮かべて一護は着物を直した。 傷跡はそれによって全て隠れ、まるで今見せられたものは幻だったかのよう。 しかしそれは幻でも何でもなく、確固たる現実だ。 「なんで・・・そないになってまで『黒崎』に従うん?」 拾って貰った恩義だとでも言う気か。 しかしそこまでされて恩義も何もあったものだろうか。 そう問うた市丸に一護はふわりと笑い返してきた。 「もちろん拾ってくれたからってものある。でも俺は、もう昔の仲間達みたいな奴を、そして仲間を喪った俺みたいな奴を作りたくねぇんだ。だから強さを求めてる。貴族の手を取ったのは生きるためだったけど、今、死神になろうとしてんのは人を護れるだけの力を手に入れるためなんだ。」 「・・・そう、やったんか。」 「ああ。」 一護の返事を耳に入れながら市丸は体を起こす。 そして長話中に凝り固まってしまった筋肉を解しつつ、一護の髪に目を留めた。 (嗚呼、お日さんとおんなじ色やったんやね。) 写実的に言うとそうではないのだが、なんとなく思い浮かんだのはそれ。 とても温かで優しい色だと思った。 そんな市丸を見て一護は微笑む。 「俺もお前も生きるために此処にいる。ただ俺はそれよりもう少し欲を出そうと思っただけでさ。・・・ほら、似てるだろ?だから俺は市丸ギンに近づいた。だから俺は、」 そこで一旦言葉が途切れ、一護が此方を見つめてくる。 視線が合い、その瞬間、ギンは琥珀の双眸に囚われた。 「お前に・・・ギンに、名前を呼んで欲しかった。」 「・・・ッ、」 声が出ない。呼吸も出来ない。 その一言で心臓が止まったと思った。 理由なんて知らない。 名前を呼ばれたからかも知れないし、そうじゃないかも知れない。 ただその声が、言葉が、瞳が、姿そのものが。 一瞬にして市丸の全てを絡め取ってしまったのだ。 市丸は無言でスッと立ち上がり、自分達のいる屋根から降りようと一護に背を向けた。 それに気付いた一護がハッとした気配を見せる。 「ちょ、ギン!?」 待てよ、と続ける少年の方に振り返り、市丸は無言のまま手を伸ばした。 キョトンとしてしまった一護に促すように手を動かして、そうして小さく、けれど一護にはハッキリ聞こえるように告げた。 「早ぅ行かな次の授業まで遅れてまうやろ。せやから・・・・・・一護。」 「え、おま・・・ええ!?」 「名前呼べ言うたんはそっちやろ!?これからいくらでも呼んだるさかい、さっさとしい!」 「お、おう!」 戸惑いを喜びに変えて一護が市丸の手を取る。 触れた手の温かさに、市丸は「やっぱり太陽みたいや。」と胸中でのみ呟いた。 |