「市丸ギン。出身は流魂街。今期唯二人だけの首席合格者の一人。入学以来親しい友人を作らず、常に一人でいる。纏う雰囲気は刺々しく、態度は氷の如く冷たい。なまじっか顔が整ってるだけに近寄り難さは倍増。そして先日、黒崎一護に対して吐き捨てた言葉によりクラスの者達からは非難の嵐・・・と。」
「そないなこと言うためにボクんとこ来たん?キミも暇人やね。」

嘲るようにそう言って市丸は近くまでやって来た人物へと視線を向けた。
市丸がいるのは人気のない広場に立つ大きな木の枝の上。
そして視線が向けられたのはその木の幹のすぐ傍。
見上げる琥珀色の双眸と目が合って――と言っても市丸は殆ど目を閉じてしまっているようなものなので、相手からすると「目が合った」とは言えないかも知れないが――、口元に鋭い三日月のような弧を描く。

「そんで、その首席合格者のもう一人が今更何の用なん?まさか、こないだボクが言うたこと撤回せぇとか・・・そんなアホな事ちゃうよなァ、黒崎?」

喉の奥から漏れるのはくつくつという嗤い声。
一度外に出した嫌悪はもう引っ込むことを知らないらしい。
しかし容赦無く投げ付けられる棘に対して一護は「別の用だよ。」と笑いかけてきた。

余裕を覗かせるその笑みに市丸は酷く苛立ち、チッと大きな舌打ちをして枝から飛び降りる。
そのままスタスタと歩き出して木から、否、一護から離れようとした。
しかし。

「待てよ。」

ぱしっと腕を掴まれて市丸は歩みを止める。
不機嫌を隠さず振り返れば、真剣味を帯びた一護の顔。
とうとう怒ったのか、と思った市丸だが、次の瞬間、一護の口から飛び出た台詞に自分の耳と彼の正気を疑った。

「市丸ギン。俺はお前のことが知りたい。だから、友達になってくれ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」
「お前はこの前、『ボクのこと名前くらいしか知らんくせに馴れ馴れしくせんといてくれる?』って言っただろ。だから俺はこうやってお前のこと調べて来た。でもそれじゃあ全然駄目だってのも解ってる。」
「そんで、ボクのこと知るために友達になれ言うん?」
「おう。」
「目的と手段がごっちゃやな。」
「効率の良い方法だと言ってくれ。」

市丸の声が少々軽くなったためか、一護の顔に笑みが浮かんだ。
しかしそれを見た市丸は彼に笑い返すのではなく、それどころか突然手を伸ばして一護の胸倉を掴み上げた。

「―――っ!?」
「冗談も大概にしぃや。」

それは呻るように低い声。
怒りで制御を離れた霊圧がチリチリと周囲の空気を焼く。
自分よりも僅かに身長が低い細身の体を吊り上げたまま、市丸は至近距離で一護を睨みつけた。

「何アホなこと抜かしてんの。下賤な流魂街出身者やったら高貴な自分の言うこと何でもハイハイ聞いてくれると思っとったん?・・・前も言うたけど、ボク、キミみたいなヤツ反吐が出るくらい嫌いなんよ。寝るトコも食べるモンも苦労せんと手に入れてきたお気楽なヤツが。生きることに必死やったボクの何が解るん?解らんやろ?人を護りたいやの何やの言うてるキミには一生かかっても無理なことなんやって、そのアホな脳味噌に刻み込んどき。そんで、もう二度と話しかけんといて。」

そこまで言い切って市丸は一護を解放しようと手の力を弛めた。
しかし、その手を今度は一護本人に掴まれる。

「・・・まだなんかあるん?」
「一護、だ。」
「?」
「黒崎でもキミでもなくて、俺のことは一護って呼べ。」
「ボクの話聞いとった?ク、ロ、サ、キ。」
「っ、『黒崎』は俺の名前じゃねーんだよ!だからその名で呼ぶな!!」
「・・・・・・何、言うてんの。」

此方を掴む手に込められた力と叫び声に市丸は目を見開いてやっとそれだけを吐き出した。
まだそれほど長く過ごしてはいないが、こんな激情を露わにした彼の姿は見たことがない。
それに「黒崎」ではないなんて、一体どういう意味だ。
目の前にいるのは貴族として生まれた“黒崎一護”ではないのか。




「おい。あそこにいるの、一護と市丸ギンじゃねぇ?」
「あ、ホントだ!あの野郎、また一護に何か言ってやがんのかよ!」

市丸と、そして一護から漏れ出す霊圧に気付いて、ざわざわと人が集まりだした。
答えを見つけられぬまま一旦思考を中止して市丸は軽く舌打ちする。
このまま自分だけこの場を離れても良いが、一護のことも気にならない訳ではない。
加えて此方の手を掴む一護の力は一向に弱まる気配を見せてくれなかった。
振り切れないほどでもないが簡単にはいかないだろう。


「・・・ッ、ああもう!」
―――しゃあないなァ!

先刻よりも大きな音で舌打ちし、市丸は毒づく。
そして一護と視線を合わせると「くろ・・・」と名を呼びかけてから口を閉じ、一瞬の逡巡のあと早口で告げた。

「とにかく、場所移動するで。」






















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