「あーあ。とうとう学生生活も終わってもうたなぁ。」
吐息と共に吐き出して、市丸は空を仰いだ。 手にしているのは真央霊術院の卒業証明書。 大切なはずのそれをくるりと丸めて肩に打ち付けながら、これまでの生活を惜しむように大きく息を吐き出す。 「なぁにシミジミ呟いてんだよ。」 「アイタっ!」 笑いを堪えるような声と同時、ポカリと頭を何かで叩かれて市丸はそちらを振り向いた。 視線の先にいたのは萱草色の髪をした少年。 「なんや一護、先生らの話終わったん?」 「ん。やっぱ所属変更は無理だってさ。」 「そぅか。」 真央霊術院を卒業した者達はこれから自分達の職場を見つけなくてはならない。 護廷十三隊、鬼道衆、そして隠密機動等々。 しかし一般的な生徒達と違って市丸と一護の二人は卒業する前から既に護廷への配属が――何番隊の何席に配属されると言うところまできっちりと――決まっていた。 「ほな、ボクと一護もここでお別れやねぇ・・・」 「五番隊と一番隊だもんなァ。・・・隊舎もあんまり近くねぇし、そんなにしょっちゅう会ってる暇もねぇか。」 あーあ、と今度は一護が先刻の市丸のように空を仰ぐ。 これまでずっと学院内で共に過ごしてきた二人だったが、こうして卒業し、とうとう離れることになってしまった。 市丸は護廷十三隊の五番隊に、そして一護は一番隊に。 それは以前から知らされていたことだったが、こうしてハッキリ眼前に突き付けられると何とも言い難い気持ちになる。 一応配属先を知らされてから、一護は親友とも呼べる市丸と離れるのを拒み――もちろん市丸自身も一護と離れるのを拒んだ――、自分も五番隊に所属させるか、もしくは市丸を一番隊に所属させるよう、教師陣を通して進言していたのだが、結局上手くは行かなかったらしい。 二人で組めば任務の成功率も上がるはず。 そんな風に言ってみたところで、所詮は子供の戯れ言と却下されてしまうのだ。 例え、六回生筆頭だったとしても。 決してもう二度と顔も見ることが出来なくなる、なんて訳ではないけれど。 やはり離れるのは気が進まなかった。 「仕方無いんやろか・・・」 「・・・うん。でも、」 空を仰いでいた一護が視線を市丸の方へ向け直してふっと微笑む。 「とにかく、ここが俺達のスタートなんだよな。」 「そうやね。死神になってやっと“始まり”なんや。」 生きるため。護るため。 そして、キミの傍らに立つため。 最初から持っていた目的に今はもう一つだけ加わって、それを無言のまま確かめ合った。 視線を絡めたまま、二人はクスリと小さく笑い合う。 「例え距離が離れてても、俺達はずっと『一緒』だ。」 「そんで、いずれは先に隊長になった方が相手を引き抜いて副隊長に。」 「当然、俺の方が早いに決まってンだろ。」 「そうとは限らんで?いくら首席と次席言うても、ボクらの差ぁなんか有って無いようなモンやんか。」 「じゃあ勝負だな。」 「負ける気せぇへんで。」 きっとずっと先の未来を約束して、そしてふざけて笑い合う。 自然と生まれるこの空気が市丸はとても好きだった。 そしておそらく、一護も同じく。 友情以上、でもこれは恋じゃない。 けれど愛情以上の気持ちを抱えて、そうして二人は歩き出した。 ・・・―――はずなのに。 「一護っ!!」 バタン!と大きな音を立てて扉が開く。 場所は四番隊の第十二詰め所。 血相を変えた市丸が足音を抑えることもなく部屋に飛び込んだ。 他の患者の傷に障ると四番隊の者から厳しく叱責が飛んだが、そんなもの気にしてなどいられない。 知らせを受けて駆けつけた市丸の目の前に広がっていたのは寝台と、そこに横たえられた人物、そしてその上に被せられた白い布。 こんなに近くにいても感じない温かかったはずの霊圧とその白い布からはみ出ている萱草色の髪に、市丸はガラガラと何かが瓦解する音を聞いた。 「・・・嘘や。」 寝台に縋り、ポツリと呟く。 元々白かった手は力が入り過ぎて更に色味を失っていた。 「嘘やろ?・・・なぁ、約束はどないなるん?ボクだけおっても如何にもなれへんやん。」 まるで笑っているような声音で目の前の彼に語り掛ける。 そんな市丸の隣で四番隊の者がその『死因』について説明しだした。 「任務中、逃げ遅れて虚に襲われた流魂街の子供を庇って・・・だそうです。致命傷は胸を斜めに切り裂く傷。かなりの出血量で、此方に運ばれた時には既に・・・。」 「・・・・・・・・・“庇って”死んだんやな?」 「はい。」 「その庇われた子ぉは無事に?」 「はい。無傷との報告を受けております。」 その返答を聞いて、市丸は寝台に縋り付いていた手を放した。 掛かっていた白い布を退け、血の気が失せた青白い顔を見下ろす。 もう用は無いだろうと四番隊の者が部屋から去り、たった一人残った市丸が冷たくなった一護の頬を撫でた。 「・・・・・・よかったな、一護。」 囁く声はあまりにも穏やか。 閉じられた瞼を親指でするりとなぞり、そのまま泣きそうな顔で笑う。 「自分で言うとった通り、ちゃんと人護れたんやね。どうせ一護のことやから、もっと沢山の人護りたかったァ・・・て思てても、庇ったことに後悔はしてへんのやろ?・・・・・・でもな、一護。これだけは言わせてな。」 そう告げた市丸の目から透明な雫が一滴、頬を伝って一護の上に落ちた。 「なんでボクのこと置いて逝ったん?・・・一護は大嘘つきや。今までずっと嘘なんかついたことなかったくせに。」 最初の一滴を皮切りに、水は止めどなく溢れ出す。 雫は一護の皮膚の上で弾け、まるで彼自身が涙を流しているよう。 「せやからボクだけは一護に嘘つかんとくで。・・・ボクは生きる。生きて強ぅなって、そんで隊長になる。約束やから。」 泣きながら市丸は一護の唇に口付けた。 最初で最後の誓いのキスは冷たく、微かに涙の味がした。 「市丸隊長!」 「・・・なんや、イヅルか。」 一人の死神が死んでから数百年。 己が約束していた地位についてから数十年。 護廷十三隊三番隊隊長になった市丸は現れた副官にゆうるりと視線を遣った。 「なんだとは何ですか。隊長の仕事はまだ終わってないんですよ?」 「わかっとるって。ちょっと休憩しとっただけやん。」 「その“ちょっと”がちょっとじゃ済ませてくださらないから問題なんですって・・・」 疲れた様子で呟く副官に市丸はくつくつと笑みを漏らす。 「しゃあないなぁ・・・。ほな、行こか。」 「・・・へ?あ、はい。行きましょう行きましょう。」 きっと市丸が素直に隊舎へと戻ろうとしたためだろう。 副官の吉良イヅルが一瞬唖然となっていた。 しかし彼もそれを瞬時に取り繕って歩き出した隊長の後に続く。 三歩後ろをついてくる副官の気配を感じながら市丸は空を見上げた。 本日は雲一つ無い晴天。 太陽がキラキラと輝いている。 オレンジ色ではないのにオレンジ色に見える太陽が。 「・・・晴れてる日はホンマ敵わんなァ。」 「隊長?」 どうかなさいましたか、と言う副官の問いには笑って誤魔化して、市丸は青い空から顔を背けた。 |
西流魂街に旅禍が侵入。
突然の警報に、たまたま近くにいた市丸が白道門へと足を向けた。 その門を守るのは尸魂界一の豪傑。 破られる可能性は低いだろうと思いつつ、市丸は気楽に門の前で待ち構える。 しかし。 「・・・へぇ。」 予想に反して門は開かれた。 殺気石で遮られていたアチラとコチラの空気が繋がる。 どうやら自分の出番らしい。 そう判断した市丸は、しかし門番の向こう側にいる人物に気付いて目を見張った。 旅禍であるにも拘わらず、その彼が纏うのは黒い死覇装。 そして萱草色の髪とあの霊圧。 「あァ、こらあかん。」 喜びに手が震えてしまいそう。 ねぇ、あの日の約束を覚えてる?ボクはきちんと守ったよ。 再び出会えた黒崎一護の姿に、市丸は口端を吊り上げニィと笑った。 |