(もうちょいかな。)
そう思いつつ、一護は双極の丘で伏せっていた。 目の前で繰り広げられているのは真の首謀者である藍染惣右介の独擅場。 尸魂界への侵入、そして夜一の助けで卍解を会得した後、双極によるルキアの処刑を止めた一護は藍染に腹部を斬られてこの状況にあった。 確かに今すぐ立ち上がるようなマネは構造的に無理だが、浦原の“お守り”のお陰で強く『縁』で結ばれている一護の体は着実に傷の修復を進めている。 一人語り続ける話を聞いていると、双極による魂魄の蒸発が失敗した今、藍染は浦原の過去の研究から見つけたもう一つの方法をとるのだという。 それが魂魄自体を傷つけずに中の異物を取り出す方法だったと記憶していた一護は、特に焦ることなく(それでも表面上は焦って見せた)成り行きを見守る。 体はもう間もなく動けるようになるだろう。 後はタイミングを計るだけで、一護は“とき”が来るのを待つ。 ついに藍染が術を発動させ、ルキアから崩玉を抜き取った。 防壁に覆われた小さな珠は不思議な光を放ち、そのまま藍染の懐に仕舞われる。 (よし。ルキアが解放されたら一気に行くか。) そう決めて、一護はじりじりと立ち上がる準備を始める。 きっと藍染達には無力な者の悪足掻き程度にしか見えないだろうが、一護本人にとってはかえって好都合と言うもの。 一護は消えていくルキアの傷口を眺めながら藍染が彼女から離れるのを待つ。 しかし、予想に反して藍染はルキアを宙にぶら下げた。 「君はもう用済みだ。・・・殺せ。ギン。」 (しまっ―――!) 目を見開く一護。 その目の前で神鎗の一撃がルキアに襲い掛かる。 「兄、様・・・!」 「白哉・・・!?」 神鎗はルキアを貫くことなく、彼女を庇った白哉の脇腹へと吸い込まれていた。 「兄・・・兄様!兄様っ!なぜ私を・・・!?」 刃を引き抜かれ、白哉が崩れ落ちる。 ただでさえ先の一護との戦闘で大怪我を負ったというのに、こんなことをしては本当に命が危ない。 いくら四大貴族・朽木家の当主―――霊力の高い死神と言えども致命傷が無いわけでは無いのだ。 呼気荒く、自力で立つことすら出来なくなった白哉を受け止めるルキア。 それに近づく藍染。 はっとしたルキアは白哉の頭を抱え込み、恐怖に苛まれながらも決して目を逸らすまいと睨みつける。 「――― 一護。もう構わんじゃろう?」 聞こえた声は誰のものか。 少女を終えた女性の声が双極の丘に落ち、続いて銃声が響き渡った。 「っく!」 短い悲鳴を上げ、右手を押さえる藍染。 カシャンと刀が地面に落ちて、その上に赤い液体が付着した。 藍染の右手から溢れ出る鮮血が次から次へと斬魄刀の刀身や地面を紅に染める。 それを見据えて立ち上がる影。 「そうだな。もう我慢の限界だ。」 オレンジ色の短髪が風に揺れ、あわせて漆黒の衣もバサリとなびく。 右手に剣を、左手には銃を。 琥珀色の双眸で藍染を射抜くその人物は、死神・黒崎一護―――。 「どういう、ことだ・・・?」 「どうもこうも、一護は元々こういう体じゃからのぅ。」 額にうっすらと脂汗を滲ませた藍染に先程と同じ声が面白そうな音を漂わせて答える。 そして、一護の隣に人影。 褐色の肌を持ったその女性は傷など何処にも見当たらない一護の体を示してニヤリと笑った。 「・・・夜一。」 「久しいな、藍染。じゃが、そうそう懐かしがっておるわけにもいかんのじゃよ。なにせ喜助の『姫』が大層ご立腹なんでな。」 「姫、だと?」 藍染の疑問に答えたのは銃声。 左手を真っ直ぐに伸ばし、銃口を藍染に向けたままの一護が再度引き金を引いた。 「・・・っ!」 今度は頬に赤い筋が走る。 「藍染。アンタなら知ってるか?『屍姫』という存在を。」 「さぁ・・・生憎だが知らないね。その、なんとか姫がどうしたって言うんだい?・・・もしかして君がそうだとでも?」 「ご明察。」 口角を上げ、一護は嗤う。 そして天鎖斬月を地面に突き刺すと代わりにフッと幻のように現れたもう一丁の銃を手にして、神鎗を構えていたギンの方に向けた。 「動くな。こっちも一応浦原が作った特殊弾入りだから霊体もバッチリ撃ち抜けるぜ?試したいなら反対はしねぇけど。 ・・・詠唱より着弾までの時間の方が短いってことは、いくら刀ばっかり振り回してるあんたらでも解るだろうし。」 チャキ、と引き金にかけた指の力を強める。 ギンがそれを警戒して動きを止めたのを確認すると一護は再び藍染に向けて口を開いた。 「こんなにムカついたのは久々なんだぜ。さっさと崩玉持って何処にでも行けばいいものを、なんでわざわざルキアまで殺そうとすんだよ。しかも白哉が庇えばそれごとか?悪質にも程がある。」 実際は崩玉を渡すつもりなどこれっぽっちも無かったが、そこは言葉の綾として。 右手の出血を左手で押さえ込むようにして立つ藍染はその台詞を聞きながら憎々しそうな顔をする。 眼鏡越しにさえ悪意の籠もった目は強く一護を射抜かんとするが、その視線にさらされている本人の方は別段構うことなく続けた。 何せ、そんな視線くらい今更どうでもいいと感じるほどの言動を藍染は先程して見せたのだから。 「あとはなぁ・・・人のこと浦原の部下だとか、命令で来たとか好き勝手言いやがって・・・」 藍染は一護の逆鱗に触れてしまったのだ。 そして今、夜一から『許し』は出ている。 「俺はアイツの“部下”じゃねーんだよっ!!」 引き金が引かれ、銃声が鳴った。 立て続けに二発発射された弾丸は見事にギンと東仙の右肩を貫き、斬魄刀を握れぬようにする。 それで終わるはずも無く、夜一(と共に来ていた砕蜂)にその二人を任せると一護は正面の藍染に向かって駆け出した。 タタタタタッ! 片方の銃からフルオートで弾を吐き出し、藍染の動きを止める。 一護は瞬時に藍染の後ろに回りこむと、ぐっと体勢を低くして右手を振りかぶる。 銃の持ち手に付属されたナイフが片足の腱を絶ち、バランスを失った藍染を後ろから押し倒すようにして、伸び上がる勢いと共に一護が体重をかけた。 藍染は地面に押さえつけられた衝撃で呼吸が一瞬詰まる。 そして起き上がろうとする前に後頭部に突きつけられた鉄の塊。 背は一護の片足で地に縫いとめられ、手足も一本ずつしか機能しない。 「崩玉は返してもらう。アンタみたいな奴にはやれねぇよ。」 藍染の懐から転がり出た崩玉を回収し、そうして一護は不敵に笑った。 |