一護が朽木ルキアと共に行動するようになって約二ヶ月。
なんとか高校生・死神・屍姫・崩玉の監視を両立させていた最中、彼女を連れ戻そうとする二人の死神が空座町に現れた。 しかし浦原曰く「放っておきなさいな。」とのことなので、現在一護は死神達にやられたフリをしてアスファルトに倒れ込んでいた。 白哉と呼ばれた男に貫かれた所からして、この死神はルキアから移された『死神の力』を消し去るつもりなのだろう・とうつ伏せの状態で考える。 地面に広がっていくのは己の血だが、一護にとってそれは如何こう言うほどのものでもない。 この身を巡る血液の役割など有ってない様なものだし、失ったものもその傷口も契約僧である浦原の傍にいればすぐに回復するからだ。 それに浦原と強固な『縁』で繋がれている今、彼が傍にいなくても傷は徐々に塞がりだしている。 雨と混ざって排水溝にまで達した赤色を見てルキアが顔を背け両脇に下げた拳をきつく握るのを見ていれば、多少罪悪感が生まれないわけでもなかったが、浦原が放っておけと言ったのならそれに従う以外一護に彼女に対して何かをしようという意志は浮かんでこなかった。 ただ少し「それじゃァ崩玉はどうすんだ?」と考えながら、一護は障子扉の向こうに消えていく三人の影を眺める。 人影が完全に消え扉も見えなくなってから一護は小さな掛け声と共に立ち上がった。 ちょうど鎖結と魄睡の位置を貫かれた傷口に目をやり、痕も残らないであろうとただ淡々と思う。 ―――屍姫は魂魄の状態であってもやはり屍姫のままらしい。 それはルキアと虚退治をしている間に気づいたことだった。 彼女には随分と不審がられたが霊力が極端に高い所為だろうということにしておいたので、なんとか己が屍姫という“既に死んだ人間”であることはバレずに済んでいる。 ぱしゃん、と水溜りを踏みつけて一護は前方に倒れている人影へ歩み寄った。 「よー石田。平気か?」 「・・・っ。なんとかね。こういうときばかりは君のような体が羨ましいよ。」 「そうか?」 苦笑し、一護はクラスメイトで滅却師でもある石田雨竜へと手を差し出した。 雨竜はその手をとって立ち上がり、「ヒマワリソーイング」と書かれたビニール袋を拾って左手に持つ。 やはり死神と違って現世に根付く存在の所為か、ルキアがちっとも屍姫を知らなかったのに対し、雨竜は一護がどういったものか薄々気づいていた。 彼が言うには、それが確信になったのは大虚が来たときらしい。 そして現在、雨竜は一護が死人であり屍を狩る屍姫だということを充分に承知していた。 「僕はこれで。また学校で。」 「おう。じゃあまた明日な。」 そう言って雨竜の背を見送る。 大した怪我ではなかったようなので一安心という所か。 それに何も言わない・・・つまり、一護が動けるにもかかわらずルキアを追わなかったことに対して、こちら(正確には浦原)にも考えがあるということを読み取ってくれた彼はやはり“頭が良い”のだろう。 雨竜の姿が見えなくなった後、雨に濡れてぺたりと張り付く髪を片手で掻き揚げ、一護は後ろを振り返った。 遅れてカランという下駄の音がし、番傘を差した男の姿が闇夜に浮かび上がる。 「浦原。」 『縁』を感じ取った通り。現れたのは浦原だった。 浦原は「お疲れサマでした。」と声をかけると一護の正面に立つ。 「これから少し忙しくなりますよ。キミには尸魂界へ行ってもらいますから。」 「やっぱり?」 そう簡単に崩玉を尸魂界に置いておく訳にもいかないだろう。 なにせ、あちらで不穏な動きをキャッチしているのだし。 「で、結局『崩玉』は如何すんの?回収して来いとか?」 「その通り。一護サンは察しが良くて助かるっスねぇ。」 「そりゃドーモ。」 だんだん屍姫としての仕事が疎かになっていくなぁと思いつつもそう答え、一護は歩き出した浦原の隣に並んだ。 「一護サン。」 「ん?」 「アタシはご存知のとおり尸魂界へは行けませんので、代わりに夜一サンについて行ってもらいますね。」 「おう。・・・夜一さん、よろしく頼むな。」 そう言って、一護は浦原の肩に乗った黒猫を見上げる。 金色の眼をしたその猫は浦原の古くからの友人で一護の正体を知る一人でもあった。 「うむ。任せておけ。」 夜一はそう返すと、続いてその黒い尻尾で浦原の背を軽く叩く。 「して、喜助。おぬしは一護との『縁』を如何するつもりじゃ?」 『縁』が完全に切れてしまえば一護は“死ぬ”。 尸魂界に行っても『縁』が切れてしまわないという保証は無いのだ。 それに繋がっていても弱くなってしまうならば一護の行動の妨げになる。 夜一がそのことを危惧して問えば、浦原は何の問題もないという風に返してきた。 「ああ。それですか?大丈夫っスよ。一護サンには“お守り”渡しておきますんで。」 「お守り・・・?」 「ええ。そうです。」 一護の方を向いて浦原は微笑む。 「キミとアタシの『縁』を強力に繋ぎとめておくためのお守りっス。だから一護サンは安心して尸魂界へ向かってくださいね。」 「ん。まぁアンタに全部任せるよ。俺は行って取って来るだけだからな。」 肩をすくめる一護に浦原は再度微笑んだ。 信頼されているということなのだろう。 事の発端が浦原自身にあるにもかかわらず、なんだかんだ言う時があっても結局こうして全てを受け入れてくれているということは。 「じゃ、俺は家に帰るな。また何かあったら連絡してくれ。」 「はい。それじゃァ明日。終業式の後に。」 そう言って道の途中で別れ、一護は帰路についた。 |