本当の意味でキミが、キミらしく在れればいいと。
そんなことを思ったアタシはきっと。
何度キミに出会っても、キミに恋焦がれたに違いない。
ねえ、だから。
キミも信じてて。
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雨の降る日は傍にいて
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ぼんやりと、一護は自室のベッドに座り込んでいた。
太陽が拝めたのは、あの日だけで、それから毎日雨が降り続いていた。
けれど。
あの日から、あの河原に浦原は来なくなった。
あの一日を境に、この一週間、ずっと。
もちろん、一護は欠かさずあの河原に行っていた。
日が暮れるまで、立っていた。
浦原が来るのを、待っていた。
「…いきなり、こんなんありかよ…」
ぼそりと呟いた声は、雨音に消えた。
あれ?と、思った。
そんな日を繰り返してみて、初めて、おかしいな、と。この時期、こんな雨で、一人部屋にいる時は決まって、いつもどうにもならない焦燥に似た苛立ちを感じたり、どうしようもない気持ちを持て余したりして、ベッドで蹲っていることのほうが多かったのに。
気がつけば、頭の中は浦原のことでいっぱいだった。
雨に濡れていた一人きりの心を、優しく包んでくれた人。
何をしてるかも、どこに住んでいるかも、何も知らない。
浦原喜助という名前以外、何も知らないのに。
あの最後に会った日、浦原は一護に、確かな道しるべをくれた。
行き詰って、立ち止まって、もう、行き道すら分からなくなって蹲っていた一護に、確かに灯火をくれた。
やっと分かったのに。
「…なんで来ねえんだよ」
一護の呟きは、薄暗くなった部屋にただ響くだけだった。
そのまま眠ってしまったのだろう。
ぼんやりとした視界に、カーテンの隙間からもれる朝日が映り、一護はゆっくりと眼を開けた。
明るい外の気配に一護は勢いよく起き上がった。
そして、カーテンを引く。
「…晴れてる」
言うや否や、一護は部屋を飛び出した。
あの日も、こんな風に朝から晴れ渡った日だった。
いつも雨の日にだけ会っていた浦原と、初めて晴れた日に会った。
あの日、あの日から、一護の中で、浦原という男の位置が確実に変ったのだ。
一護は階段を駆け下り、家族に一瞥もくれずに家を後にした。
あの、いつも会っていた河原に行こう。
何の確信もなく、そこに行けば浦原に会える気がした。
スニーカーの踵を踏み潰して、一護は走り出した。
晴れ渡った空の下、息を切らしながら河原に降り立った一護の視線は、そこに立っている後ろ姿に釘付けになった。
川の流れを見つめながら立っている、ひょろりとした男の後ろ姿。
一護が息を整えながら、声をかけようとすると、見計らったように、浦原は一護の方へと振向いた。
「…雨が、上がりましたね」
のんびりとした口調で、浦原はそう言った。
一週間ぶりに聞いた浦原ん声は、何も変っていなかった。
「…なぁ…。なんで、今までここに来なかったんだよ…」
再会の挨拶もそっちのけでそう言った一護に、浦原は薄く笑って見せた。
そして、一護の立っている所までゆったりとした足取りで歩き、一護の正面で立ち止まる。
「…アタシには、分かったんですよ」
「…?…何がだよ」
浦原の静かな声に、訝しげに聞き返すと、浦原はまた薄く笑う。
その笑みに、一護の心内は何故かざわめいた。
「あの日…。あの雨の日、初めてキミを見た時から、アタシには分かってたんですよ。
キミの中に隠れた、本来の輝きも、そして、怯える心と闇も、全てがアタシには分かったんです」
浦原はそう言って、一護の頬に手を伸ばした。
そう。
だから。
「本来の輝きを、取り戻してあげたいと、思いました」
静かに告げられる言葉に、一護は息を呑む。
触れられた頬が熱かった。
じゃあ、なぜ、あの日からここに来なかったんだ。
そう思って一護が噛み締めた唇を、浦原はなぞった。
「何で今まで来てくれなかったんだよ!あんたに会って、やっと、やっと分かったのに…!
俺はあんたに…、浦原さんに会って…っ」
救われて、癒されて、安らぎをもらったのに。
そう、続くはずだった言葉は、浦原の人差し指が唇に触れたことで途切れた。
言わないで。
そう、言われている気がして、一護は何も言えなくなった。
浦原が、悲しそうに、笑ったから。
「言ったでしょ。アタシには分かってた。って」
そう言われて、一護の胸のざわめきは確信に変った。
これから言われる言葉は、きっと、一護を傷つけるのだ。
知らず歯を食いしばる一護を見て、浦原はまた、少し悲しそうに笑った。
「アタシには、キミのことが手に取るように分かった。…どうすれば、キミが救われたように感じるのか。
そして、安らぎを得たように、勘違いをしてしまうのか。何を言えば、キミが一時的な癒しを得ることができるのか。
それが、手に取るように分かったんですよ。アタシには」
「だから、どこをどうすれば、キミがあっけなく崩れてしまうのか。
そして、どんな風に言葉を紡げば、キミがアタシに落ちてくるのか。
それすらも、アタシには見えてたんですよ。黒崎サン」
その浦原の言葉は、言外に、一護の得た全てを否定していた。
それは勘違いだと。
救われたと思ったのも、癒された気がしたのも、安らぎを得たと思ったのも。
浦原を、大切だと
そう思ったことさえ。
「…な、なんだよ、それ!勝手にそんなこと決めんな!
アンタが、どんな風に俺に近付いてきたかなんて知るかよ!」
唇に触れていた浦原の手を払いのけ、一護は怒鳴った。
溢れだした感情は、一護の瞼を熱くさせた。
「勘違いだって…、それでもっ…。俺は、…っ俺はあんたが…」
あんたが、好きなんだ。
言ったはずの言葉は、重なった唇に飲み込まれた。
触れた唇の熱と、白んでいく意識の中で
「ごめんね」
そう言う、浦原の声を聞いた気がした。
カクン、と意識を失って胸に倒れこんできた一護を抱きしめながら、浦原はその明るい髪を梳いた。
そう。
アタシには分かったから。
だから、いけないと思った。
けれど、放っておけなくて何度も会って、話をした。
知らぬ間に、その瞳に囚われたアタシは、キミを欲しいと、そう思った。
でも、アタシには、どうすればこの腕にキミが落ちてくるのかが分かってしまうから。
そんな汚い、強引な方法で、手に入れるなんて、とても出来ないと。
アタシの偽善的な言葉で、キミが安らぎを得たと勘違いすることも、分かってた。
それじゃあ、意味がないんスよ。
キミが望むのは、そんな一時凌ぎじゃないでしょ。
だから。
だからアタシがキミに残すのは、この道しるべだけ。
それ以外は、いらない。
「…ごめんなさいね」
小さく呟いた言葉は、そよいだ風に飛ばされた。
***
「…うーん」
窓の外で鳴く鳥の声に、一護はベッドの中で寝返りを打った。
もぞもぞと動いてから、両手を突き出して伸びる。
そして、パタパタと手を動かして、手探りで目覚まし時計を掴み取って、時間を確認しようとした。
ぽろ…っ
顔を持ち上げた瞬間、瞳から零れ落ちた滴に、一護は手のひらで目元を拭った。
「…な、みだ…?…なんで…」
不思議に思いながら、一護は目元を手の甲で擦った。
なんか、変な夢でも見たかな。
そう思って、濡れた頬を手でなでた時。
ザーッ…
意識のどこか遠く、雨の音が聞こえた気がして、一護は閉じられたカーテンを開けた。
窓の外は、眩しいくらいの青空で、一護は目を細めた。
雨、上がったな。
両手で頬をパンっ、と叩いて、一護はベッドから降りた。
「じゃあ、行ってくる」
カバンを片手に、走り出していくオレンジ色。
真っ直ぐに、何の迷いもなく走る姿を、遠く、離れた道の上で、浦原は見つめていた。
キミが本当に、本当の意味で、越えられたら。
その日が、新しい出会いになるかしらと、思った。
***
暇な店先で、地面を濡らし続ける雨を、浦原は見つめていた。
「…雨が降ると、全てが億劫になりますねぇ…」
ため息混じりに浦原は呟いた。
こんな天気だ。
晴れの日だって客足は遠いのだから、こんな日は誰も来ないに違いない。
なのに、どうして店番なんてしてるんでしょうねぇ。
「…テッサイに押し付けて、寝ちゃおうかな」
「サボってんなよ、強欲商人」
善は急げ。
なんて思って、さっそくテッサイを呼ぼうとしていた浦原に、突然掛けられた声。
見れば、傘をたたんでいる、鮮やかなオレンジ。
「…いらっしゃい。黒崎サン」
「おう」
慣れた風に、店に上がりこむ一護を見上げて、浦原は笑った。
「テッサーイ!店番お願い」
「結局頼むのかよ」
「当たり前でしょ。キミが来たのに暇な店番なんかしてられないっスよ」
一緒になって店の奥へ歩きながら浦原は言った。
ダメ店長だな。
なんて笑われながら、自室へと当たり前のように入ると、一護は決まったように縁側へと行く。
すぐ、縁側に座り込む一護を見て、浦原は微笑した。
「雨の中ご苦労でしたね」
言いながら、浦原は一護の隣に腰を下ろした。
不意に一護と目が合い、浦原は首を傾げる。
「…どうかしたんスか?」
「…や、なんもねぇけど。…なんつーかさぁ」
「雨が降ると、アンタに会いたくなるんだよなぁ」
ぼそりと、呟かれた言葉は、脳に浸透した。
言った後で、一護は顔を染めて、そっぽを向いた。
「それは、嬉しいっスね」
その横顔に、軽く口付けて、浦原は笑った。
あの日から、ずっと、こうして会えるのを待っていた。
だから、なんだっていい。
キミが、片隅にでも置いていてくれるなら。
こんな雨が降るたび、物思いに耽った。
キミは、この雨空を見てるかしら、と。
また、キミにとって辛い、あの日を思い出したりしてる?
大切なものを多く持つキミは、捨てられないものを抱え込んで、たくさんの思いを隠してる。
今のキミの持つ、その中に、アタシはきっといるだろうけど、不安に陥ることもある。
キミは、アタシを決まって思い出す日がある?
それはどんな一日で、その時キミはどう思ってる?
そうやって、耽るけど。
本当は、そんなことどうだっていい。
アタシを、キミの中の、どこか片隅にでも置いてくれてるなら、そんなことは。
こんな雨の日、ここに来る前のキミは、この空を見てた。
思い出してるのがアタシじゃなくても
その中の片隅に
アタシが傘を差して立ってる。
***
雨が降ると、少しの焦燥感が胸に宿った。
記憶の片隅で、懐かしいような、切ないような、そんな感じ。
雨降りで傘を差して歩く道の途中で
雨の中、傘越しに誰かが立っていた気がして。
思わず立ち止まって見るけど、そこはくすんだ景色があるだけ。
通り過ぎた景色の中で、きっと、そこには誰かが居たんだ。
雨に滲んだ風景に溶け込むように、きっと
そこに傘を差して立ってる。
「雨の降る日は傍にいて」
タスクさんへ捧ぐ。
はい、大変お待たせしてしまいました。やっと出来上がったこの小説…。
うう。無駄に長くて、しかも書き直してるうちに、意味が分からなくなってしまいました…。
すいません!せっかく素敵なリクをくださったのに…!こ、こんな駄作を…!
あああ、返品可ですから!
なにはともあれ、これからもよろしくお願いします。
めだか
「芽雫花」のめだか様から相互記念としていただきました。
返品だなんてとんでもないっ!
切なさと幸せな気持ちが一緒に味わえる素敵過ぎるお話ですよ・・・!
この度は真にありがとうございました!
そして、これからもよろしくお願いしますv
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