「ねえ黒崎サン、確かチョコレートお好きでしたよね?」

「あ? おう」

「じゃ、ちょっとアタシん家寄りません? 美味しいチョコレートが手に入ったんですよ」

「え…」

「ほら、ちょうどバレンタインだし、ね?」

「……わかった…」


















Valentinus













 浦原に誘われるがままに商店へ向かった。

 時々浦原はこうして俺に言い訳かのような道を残して、見栄張りな俺を来やすいよう

にしてくれる。

 本当はバレンタインだから行くはずなのに、わざわざチョコが手に入ったからと理由

をつけて。



「手に入ったチョコはっスねー、ディゴバっスよ」

「ディッ…!? ちょっ、高級チョコじゃねぇかよ!」

「あー、何かそんな感じでしたねえ。まあ食べちゃえば同じだと思うんですが」

「味が違うだろ馬鹿っ」

「アタシには甘いものなんてどれもこれも同じような味にしか感じられないんスけど」

「お前正真正銘の阿呆だな…」



 二人で木造の廊下を歩きながら居間へ向かった。





「テーッサイ、チョコ出してくれるー?」

「畏まりました」



 居間のこたつに入ってぬくぬくしていると、浦原がさっそくテッサイさんにチョコを

出させた。人遣いがいちいち荒ぇんだよ、お前は。そんくらい自分でとりに行けと言い

たかったが、あえて黙っておいた(後が恐いので)。

 少しするとテッサイさんが大きめな箱を持ってきて、それは茶色。優しくテーブルに

置いた。再び台所へ戻って小さな白い陶器皿とフォークを持ってきて、こちらもまた優

しくテーブルに置くと、そのまま下がってしまう。



「どうぞごゆっくり」

「あ、スイマセン」

「じゃ行ってらっしゃーい」



 障子をゆっくり閉めたテッサイさんに手を振った浦原。いってらっしゃいって、どっ

か行くのか、と思っていたら。



「今日はジン太とウルルとテッサイは仕事です。チョコの配達で忙しいみたいでして。

夜遅くまで帰ってこないそうな」



 だそうだ。



「…へー………って!?」



 俺が声をあげると浦原はにやりと笑う。

 気づいた。

 まずいことに気づいてしまった。というか、気づかされてしまった。

 俺は今日浦原と、二人きりなのだ。

 顔に血が上る感覚。ああもう、こんな反応は奴を喜ばせてしまうだけだとわかっているのに。



「…じゃ、ゆっくり食べましょうか」

「……ハイ……」



 先ほどのにやり笑いとは違って、浦原はにこりと優しく微笑んだ。

 恐らく赤い顔のまま、俺は思わず敬語で答えた。









「ほら、黒崎サン。こっちも美味しそうっスよ?」

「…あ、マジだ…美味そー……すごい綺麗な細工されてるよな、これとか。小さいのに

よくできるよなー」

「職人技みたいっスね」

「それに近いもんがあるな」



 二人でまじまじとディゴバの高級チョコを食べながらのんびり話していた。

 体制は、俺たちには珍しい抱っこで。

 浦原が俺を抱き上げて自分の膝の上へ乗っけたからだ。俺ももちろん抵抗はした。け

れど今この家には俺たち以外誰もいないということとたまには甘えさせてくださいと言

われてしまえば抵抗なんてできなくて。

 結局、浦原の膝の上でチョコを食べさせられつつ食べつつ食べさせつつとりとめのな

い話をしながら暖かい部屋で美味しいチョコをほおばっている。

「ほら、これとかリキュールチョコだからお前の口に合うだろ」



 テッサイさんが用意してくれた銀製の小さなフォークにそのチョコをさして差し出せ

ば、嬉しそうに笑う声と気配。



「ありがたくいただきます」

「って、お前がもらってきたんだろ」



 俺が言い終わると同時にぱくりと口に含まれる綺麗な形のチョコレート。リキュール

チョコレートは酒が入っているので大人向けだ。

























「A定食」の双間暁様からフリー小説「Valentinus」。

サイトで掲載されているのと同じように3つに区切らせていただきました。












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