Before 黒鷹と創造主



「"キョン"を殺したわね。」
 そう言って彼女が嘲りの笑みを浮かべたのは一人目の『玄冬』が死んだ時。「もうこの世界なんてどうでもいいわ。」と続く少女の言葉に――『管理者』たる自身の存在意義を失ったにも等しいに関わらず――然程衝撃を受けなかったのは、彼女の反応をどこかで予想していたからだろう。
 この世界と自分の創造主である少女と対面しながら『黒鷹』の役目を負った青年は、己の冷静さにそんな理由を付けた。
「そうだね。この世界は自分達が生き残るために彼を殺した。」
 答える声もまた冷静そのもの。だがそこには確かに少女と似た感情も含まれていた。
 人殺しを禁忌と定められたこの世界は、しかしそれでも人殺しを止めなかった。システムがどんなものか知っていながら戦争を起こす施政者、自分だけのことしか考えない人間達。慈悲と警告のために設けられた『玄冬』を悪役に仕立て上げ、優しい彼を利用し、その生き血を啜って生き長らえた世界。こんなもの、彼女に見捨てられて当然だ。
(きみはずっとずっと、彼が好きだったからね。)
 黒鷹である青年はそのことを知っていた。否、それだけではない。青年には"国木田と言う名を持つキョンの友人"としての自覚があった。かつて目の前の彼女が自身のクラスメイトであったこと、奇天烈な振る舞いをしつつもやはりれっきとした少女であったこと、それなりに青春時代を謳歌していたらしいこと。そして、キョン本人には明かさずとも、彼を強く想っていたこと。それら全てが自分の記憶として存在している。『黒鷹』としてこの世界の管理者に据えられた―――否、彼女が狂った後、その創世の手伝いとしてまず最初に作られた時から。
 持ち得ないはずの記憶を持っている理由は知らない。おそらく少女本人にも自覚など無いだろう。しかしそれでも構わなかった。自分の背景がどうであれ、抱いた感情に嘘偽りは無いのだから。
 そしてそれ故に思う。
(きみも大概酷いよね、涼宮さん。)
 彼が『玄冬』―――殺される者。彼女が一番に死んで欲しくないと願った者。そして『玄冬』を殺すのは彼と親しかった彼。(『花白』の顔を初めて見た時は、『玄冬』との初対面よりも驚いたものだ。)
 この流れからするとこの世界のシステムのため新たに創造された『白梟』も"あの世界"で彼女(達)の近くにいた人間なのだろう。世界を試すため、彼女は無自覚のまま自分に関わりある人々を生贄にしたのだ。
(それとも、キョンに関わる人間なら何とかしてキョンを生き長らえさせてくれると思っていたのかな?)
 胸中で呟くが、疑問への解答は得られないと半ば確認にも似た感情を抱く。そしてまた、『管理者』としてこの世界に留められた自分にそれを知る意味など無いとも。
 だからこそ黒鷹はにこりと笑みを浮かべて早々にこの世界を去ろうとしている少女の背に言葉を投げた。
「今度こそ、上手くいくといいね。」
 ―――誰を犠牲にしても、『彼』だけは生きていける世界を。
(だってきみが欲しいのは優しい世界なんかじゃない。『彼』が理不尽に殺されない世界なのだから。)
 音にした言葉に同意したのか、それとも心の中で考えたことを察知したのか。少女は黒鷹を一瞥してフッと口の端を持ち上げた。
「そうね。」
 そして彼女の姿が消える。
 一人残った部屋の中、黒鷹は天井を仰いで「あーあ。」と呟いた。






















(2009.03.21up)















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