知っ 9






 鍵のかかった(はずの)屋上ってのは秘密の話をするのによく用いられていそうなスポットだが、校舎裏も中々によい場所ではなかろうか。学校によってはガラの悪い連中に占拠されている場合もあるが、幸いなことにこの中学ではそれもないし。
 すっきり晴れ渡った空を見上げながら今自分がいる場所について思考を迷走させる。だが、それを許してくれない人間がいた。そいつは俺をこんな所に連れ出した張本人であり、こちらも「まぁこうなるだろうなぁ」と思っていた人物。
「自分が何をしたか解っておいでですか。」
 同じクラスの超能力者がいつもの微笑を取り去り、苛立ちを前面に押し出した表情で言う。
 喋り方は丁寧、つまり機関の人間としてのものだ。そちらの方が俺にとって聞き慣れていると言えるのだが、丁寧な口調で話すイコールそれ相応の事態と言うわけで、古泉(と機関)の怒り具合を如実に現わしているこの場合ではあまり歓迎出来ない。
「まさかハルヒが長門と会ったくらいでああなるとは思っても見なかったんだ。」
「思っても見なかった?事態はそれで済まされることではありません。今回は小規模な閉鎖空間で済みましたが、涼宮ハルヒにあなたという特別な存在がいる以上、今後どうなるか予測が付かないのです。嫉妬を覚えた彼女が誰かを消し去ってしまうという可能性もゼロではないのですよ。」
 あーそうかい。でも言っておくが、ハルヒが誰かに嫉妬してそいつを世界から消しちまったなんてこと、今のところ一度も無いぞ。そりゃ、世界そのものを何度か作り直してはいるけどな。改変する時は一気に、過不足なく、誰に対しても平等に、だ。(俺とハルヒは例外だが)
 こちらが黙って突っ立っていると、相手は真面目に話を聞いてもらえていないと感じたらしく、「まったく、」と憤るように額に手を押し当てた。見た目が中学生の俺が言うのもなんだが、若いなぁ。まあこいつも色々大変なんだろうけどね。もしかしなくとも、上の方から嫌味の一つや二つや三つや四つやそれ以上言われたのかもしれん。
「あなたには自覚が足りない。もっとちゃんとしてください。」
「ちゃんと?それはつまり、俺にハルヒのご機嫌取りをしろってことでいいのか?」
「それ以外の何があるんです。この前とは違い、あなたも理解なさったはずですよ。涼宮ハルヒはあなたに近付く異性ができただけで世界を危機に落とし入れている。閉鎖空間を作って世界を入れ替えてしまうかもしれないのです。その事実を前に、あなたは平気な顔をするつもりですか。」
 だから世界平和のためにお前らの言うことを聞け、と?
 やなこった。
「言っただろ。俺は俺の意思で動くってな。指図は受けん。」
 キッパリ言い切った俺に、古泉は苛立ちを込めて睨み付けてきた。
「世界がどうなっても構わないと!?」
「構わないね。」
「なっ、」
 相手はまさに絶句。
 いやはや、お前のそんな表情が見られるなんてな。やっぱり中学からスタートして良かったよ。
「世界?そんなものどうだっていいさ。俺にとって重要なのは自分のいる世界が面白いか否かってことだけだ。面白いならそのまま続けばいいし、面白くないなら滅びるでも改変されるでも何でも、どうだっていい。」
「あ、あなたと言う人は・・・!」
 おや、ちょっと本音をぶちまけ過ぎたかね。
 激昂した古泉がらしくもなく――と言っても、俺が古泉の本質を知っているわけではないのだが――、こちらの胸倉を掴んで歯軋りをする。おいおい、折角の美形が台無しだぞ?
「最低な人間です。あなたは。」
「知ってるよ。」
「どうして彼女はあなたのような人を選んだのでしょうね。」
「さあ?・・・でも何、お前、ハルヒに選ばれたかったのか?」
「むしろ何も知らずに無関係でいたかった、というのが本音です。もしそうだったなら、今この時のように胸糞悪い思いもせずに済んだでしょうし。」
「嫌われたもんだな。」
「憎いんですよ。」
「そうか。」
 しかし古泉よ、そういった感情は隠して生きるのが人生を上手に過ごす方法だと思うぞ。本音はどうだったか今じゃ知る由も無いが、高校生のお前は色んな物を全て笑顔の下に隠して生きていたようだしな。憎悪をそのままぶつけられるより気持ち悪いくらいの作り笑いでいてくれた方が楽だったというのは紛れもない事実である。
 言っておくが、なんせ俺も一般人だ。負の感情を直に向けられて何も感じないとか、ましてや嬉しいなんて思うはずもない。ぶっちゃけ、相当頭にキてる。胸倉を掴み上げられている所為で息も苦しくなってきたし、グチグチ言ってくる声も耳障りだ。元はと言えば俺が原因だって?それがどうした。
 ああ嫌だね。ホント、嫌だ。面倒臭いったらありゃしない。
 わざとらしく溜息を一つ吐いてから、こちらの胸倉を掴む古泉の手首に己の右手をかける。
「・・・お前、うるさいよ。」
 我ながら随分と冷たい声が出た。普段へらへらと過ごしている所為か、そのギャップに自分でも「おや」と思う。俺がそう感じるのだから古泉なんかは更にという具合で、こちらを掴み上げていた手を緩め、警戒するように一歩後ろに下がった。
 どうやらここまでのようだな。
 乱れた制服を直しながら携帯電話を手に取る。かける相手は勿論、
「ああ、ハルヒ?」
 俺の電話相手を知って古泉が身体を強張らせた。おそらく俺がこの電話でハルヒの機嫌を損ねるようなことを言うとでも思ったのだろう。しかし残念ながら不正解だ。最終的な結果を考えるならば、当たらずとも遠からずではあるけどな。
「突然悪いな。え?知ってる?なんだお前、俺達のこと見てたのか。」
 それなら話は早い。
「うん。そう。駄目だ。今回も面白くない。つーかうるさい。やっぱりある程度人間が出来上がってる奴の方が付き合いやすいな。」
 目の前で混乱するクラスメイトを眺めていると、少しは愉しいと感じられなくもない。だがそれだけだ。
 どうやらハルヒはこちらの感情の変化を感じていたらしく、これから俺が言おうとしていることも全て解っているようだった。そう言えばお前、自分だけじゃなく俺が嫌な思いをするってのも厭う奴だったよな。共犯者なんだからって。
 それなら。
「さっさと次行っちまおうぜ。」
 返事は即刻OK。次回の開始時期は再び高校の入学式から。
 俺の今の台詞で何がどうなっているのか悟ったらしい古泉はさっと顔を青褪めさせ、
「だから、ですか。だからあなたはそんな風に振舞っていられたのですね。・・・・・・そうか。所詮、世界は神の玩具でしかないのか。」
「そうさ。ハルヒが自分の力を自覚したその瞬間から、世界はあいつの玩具になった。俺は幸運にもそれに便乗させてもらえているってわけだ。残念だったな、古泉。お前の、お前達の努力なんて最初から無意味だったんだ。」
 そう言って、地面に膝をつく無力な少年に笑いかける。
 ああ、ハルヒも仕事が速いな。もう世界の改変が始まってやがる。
 それじゃまあ、最後に。
「さようならだ。古泉一樹。また新しい世界が出来上がったら、今度こそそっちのお前と仲良くしてやる・・・かもしれん。」
 あの五月の夜、最初のお前に言われた通り。



* * *



 高校生活初日。
 一年五組の教室で自分の後ろの席に座るエラく美人な少女と視線を合わせ、俺はニヤリと笑った。
「今回もよろしくな、ハルヒ。」
「まかせなさいっ!」
 自信たっぷりに少女が笑う。
 さてさて、今度の世界はどんな風に俺達を楽しませてくれるんだろうね。








ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
「神様は知っている」はこれで完結となります。
本当はまぁ色々と裏設定もあったのですが、下手をすると古キョンに流れて行きそうだったので自重。
今回の目的はハルキョンですし。
ちなみに、ここのキョンは繰り返す世界の中で出会った人々のことをきちんと覚えています。
キョン的にはずっと前に言われた古泉の台詞もその一つ。
何故なのかは、ここではあえて言わない、ということで(笑)

(2007.12.30up)



<<