MASTER
& VALET - light -
■キョン+古泉+ハルヒ
一樹を拾ってから数年が経った頃、俺はあいつを同族に迎えた。ハルヒが転化したのと同じ年頃だ。 始祖の血を引く新たな直系の誕生にちょっとばかり同族が沸いたのは、きっと一樹にとって辟易するものだったに違いない。誰が言い出したのやら開かれたお披露目会の会場であいつはずっと微笑を浮かべていたけれど、同じ屋敷で暮らしその成長を見守ってきた者からすれば、古泉の表情が仮面であることくらい見抜けるものさ。 頻繁に一樹と口喧嘩を繰り広げていたハルヒもこの時ばかりは気の毒そうな顔をしていた。それは自分も過去に散々な目に合わされたことも理由の一つとしてあるのだろうが、やはり心のどこかで一樹を自分の同族として、更に言えば家族として認めているからだろう。 何だかんだ言いつつ、あの二人だって結構仲は良いのだ。今だって――― 「一樹っ!!あんたちょっと表に出なさい!!目上の者に対する礼儀ってモンを教えてあげるわ!!」 「いいでしょう。教えていただこうではありませんか。ただ、あなたがそんな高尚なものを他人に教えることが出来ればの話ですけどね。」 「・・・ッ!潰すっ!!」 「それはこちらの台詞ですよハルヒさん。」 うわ。 見た目十代後半、実年齢それ以上の二人が(その整った顔に似合わず)鼻息も荒く屋敷の外へ出て行った。屋外だがこの屋敷は深い森の中にあるので薄暗く、更に本日は曇りのおかげであいつらが日光を浴びてどうこうなるって事態は起こらないだろうけどさ。 人が「あいつら仲良いな」と思った途端にこれだ。毎度のことなので屋敷内に響く怒声にも既に慣れたが、溜息が出るのは仕方ないだろう。 「これもじゃれ合いってやつなのかね。」 呟くのと同時に、外から爆音。 おいちょっと待て。ハルヒのやつ、一樹が転化してから容赦が無くなってきてないか? 一樹がまだ人間だった時は口喧嘩が主だったはずなのだが(それ以上になったら俺が止めたからってのもあるが)、この頃は特に激しいな。相手が転化してある程度魔術を使えるようになったってことで、ようやく同族として認めたということなのだろうか。 まあ一樹本人も――魔術自体はハルヒに及ばずとも――身体能力の高さと達者な口で応戦しているし、結局は俺がどうこう口を挟む必要なんか無いってことかもしれん。 自然と浮かんでくる微笑をあえて抑えようとはせず、口元が緩むのに任せて吐息を零す。今度のそれが先刻の溜息とは180度逆の意味を持っているのは言わずとも解っていただけるだろう。 さて。それじゃあ、お子様二人が外で元気よくじゃれ合っているうちに俺は食事の用意でもしようかね。 本来、吸血鬼は人間の食物を摂る必要など無いが、転化したばかりでまだ人間としての癖が抜け切らない者や、単に人間の食物を嗜好品として口にする者は少なくなかったりする。けれど俺達の場合は、癖や嗜好品云々ではなく――改めて口に出されることは無いが――きっと"毎日決まった時間に皆揃って食事を摂る"という行為によって三人が共有する時間を明確に設けるために、この身体的には不要な行為を行っているんだと思う。 確かに、人間と同じ食事を摂るきっかけになったのは一樹が人間のままある程度成長するまでこの屋敷で養うという約束があったためだ。けれど人間である一樹の生命を保つための食事ならば俺やハルヒが同席する必要なんて最初から無かったのだし、つまりはそう言うことだろ。(ハルヒに関しては俺が一樹に同席すると言ったら不満を言いつつそれについて来たって感じなんだけども。まあ、それでも今は俺の付き添いではなく自主的に食事の席に着いているから同じことじゃないかね。) 屋敷の周囲に立つ巨木のうちの一本が倒れたらしい音が扉の向こうから聞こえてきて一瞬足がそちらへ向きそうになるが――当然、森の破壊まで始めた二人を叱るためだ――、まだ手出し・口出しをすべきではないだろうと思い直す。あの二人にとってもう少し寛大な親でいてやろうということさ。喧嘩も子供の成長には大事だってね。 二人を子供扱いしていることは、そして俺が親としての生活を楽しんでいるなんてことは、勿論、口にはしないけどな。 ■古泉→キョン←ハルヒ 初めて顔を合わせた時からそいつのことは気に食わなかった。 一体何なのよ。いきなりあたしとキョンの間に入ってきちゃってさ。(もちろん負けるつもりなんて無いけどね!) 屋敷に連れられて来たそいつ―――古泉一樹はキョンのことをこれっぽっちも知らないくせに、その隣に並んで幸せそうな表情を浮かべてみせた。その目はキョンに好意を抱いている目。友愛や家族愛的なものじゃなくて、完全に恋する歪んだ色を宿していたわ。 元々鈍いキョンが気付くわけないって解ってるけど、あたしは別よ。同じ存在に同じ感情を抱いている者なら一発で嗅ぎ分けられる。一樹もそうだったようで、あたしの目を見て一気に態度を豹変させてきたわね。 ライバルだって認識した途端、それまでのビクついた弱々しい雰囲気ががらりと180度姿を変えた。腹が立つったらありゃしない。そしてその態度は一樹が成長し、キョンの血によって転化した後も継続中。むしろ吸血鬼としてあたしにまだ敵わない分、口で応戦することに磨きをかけているらしく、こちらの攻撃を躱しながら笑顔で猛毒を吐くくらい平気でやってみせる日々が続いていた。腹の中は真っ黒確実ね。 だから一樹が転化した今も、あたしはあいつが好きになれない。気に食わない奴だと心の底から思ってる。 でも流石に"こういう時"には「あんたやるじゃん。」くらい思ったりするわけよ。 その日、あたしと一樹は自分達とはまた別の一族の始祖『凍藍の王』が主催する夜会に、キョンの代理として出席していた。『凍藍の王』って言うのは吸血鬼の始祖それぞれに付けられた通り名(みたいなもの)の一つ。勿論キョンにも付いているわ。『黒森の王』って呼び名が。 どうしてそんなものが付いているのかと言うと、始祖の名前を軽々しく口にするのは失礼に当たるから・・・と言うことになっているんだけど、実際には、始祖の名前を始祖以外が上手く発音出来ないからだとあたしは思ってる。キョン本人も昔、あたしが言ったその仮説に同意してくれたしね。苦笑つきで。 まあそれはともかく、『黒森の王』代理であるあたしたちは既に『凍藍の王』の前でこの夜会に我が一族を招待してくれたことへの感謝等々お決まりの台詞を告げて一応の役目を果たしている。だからあとは時間になるまでこの場に留まり、"人間風"を意識した料理や酒の数々に舌鼓を打っていれば良かった。はず、なんだけどね。 「なんだ、『黒森の王』は来てねえのか。」 「らしいな。代理が二人だってよ。」 「へえ。」 その代理があたしたちだってことに気付かないのか、どこかの一族の吸血鬼が数名集まってそんな会話を交し始めた。普段なら気にも留めないような奴らだけど、それでもその下品な声が意識を揺さぶったのは奴らの会話に他ならぬキョンが出てきた所為。 隣でグラス片手に突っ立っていた一樹も気にしないフリをしつつそちらへと意識を向けている。本人は上手く隠しているようだけど――そして勿論、他人から見れば実際に上手く隠せているわけだけど――、品のない奴らの口から自分のマスターの話が出たことに苛立っているみたい。独占欲が強いったらありゃしないわ。・・・ま、あたしも他人のことを言えた義理ではないんだけど。 話題の『黒森の王』の代理が意識を向けているのにも気付かず、そいつらは真っ赤なワインを呷りながら下卑な笑みを浮かべる。 「確かその代理の奴らって転化してまだ五十年も経ってねえんだろ。」 「そうそう。まだ若造ってわけさ。」 この言い様からすると、あいつらは少なくとも転化して五十年以上経った者達のようね。それにしては威厳とかそういった齢を重ねた吸血鬼らしさってものが全く感じられないけど。 それに比べてキョンは・・・と、自分の『王』に思いを馳せていたあたしの耳に、突然、その台詞が入ってきた。 「あんな厄介な血族、どうしてなりたがるんだろうねえ。」 「あの血族って『王』が死んだら全員オシマイってやつだろ?オレなら絶対ゴメンだね。死ぬなら勝手に死にやがれ、だ。」 「言えてる。・・・ああそれとも、『黒森の王』が無理やり血族に加えたのかもよ?なんせあそこの血族は美形ばっかりって話だし。『王』の好みで選んでるって噂も本当だったりしてな。」 「うえ。なんだそれ。『凍藍の王』に招待されたのに代理二人を出して自分は引き篭もり。それに加えてハーレム主義ってか?同じ吸血鬼としての恥だな。」 「ヤだねー。俺達の品位を下げるような奴が始祖だなんて。」 隣からピシリ、とグラスに罅の入る音がする(吸血鬼用に作られた特殊硬化ガラスなのに)。自分より高い位置にある顔を見上げると、微笑を浮かべたそいつの額にはあからさまな青筋を発見。あたし?言うまでも無く、あたしだってきっと同じような顔してるんじゃないかしら。 「・・・万死に値しますね。」 「ええ。」 あいつらはあたしたちの一族を、何よりもキョンを貶める発言をした。何も知らないくせに。 キョンが今夜、夜会に顔を出せなかったのは他に大切な用事があったため。招待してくれた『凍藍の王』にだって事前にそのことは伝わっている。そして、あたしたちがキョンの血族に加わったのは、嘘偽り無く完全にあたしたち自身の意思。キョンはいつでもあたしたちの方に選択肢を与えてくれた。判断するのに必要な材料と時間を存分に用意して。 「自分達の『王』の名が穢されたんです。勿論、あちらに非がありますよね。」 その言葉にあたしが同意を示すよりも早く、一樹の手の中でグラスが砕け散る。 甲高い音がしてそいつらもようやくこちらの存在に気付いたらしく、目を丸くした。何かを言おうとして口を開くけど、もう遅い。 一樹の後に続きながらあたしは手の平に魔力を集めた。 あっと言う間に齢五十年以上の吸血鬼達を昏倒させたあたしたちに周囲から視線が注がれる。戸惑いや驚きを含んでいたそれらは、けれどあたしたちが『黒森の王』の血族だと知ると「ああ、なるほど。」という顔をした。彼らも品の無い同族の話は聞こえていたようだし、それに加えて吸血鬼の中でも高い能力を宿す『黒森の王』、その直系の二人が導き出したこの結果は当然だと考えたんでしょうね。 周りがぐちぐち言ってこないことを確認すると、あたしは先刻よりもずっとさっぱりした顔の一樹へと視線をやった。 「あんたも随分やるじゃない。身体のキレがよかったわよ。」 「それはどうも。あなたこそ、絶妙な手加減ではありませんか。」 そりゃあね。下手に殺しちゃったらキョンに迷惑がかかるじゃない。だからギリギリの所で制裁を加えてあげたの。 「あとこれはオマケよ。」 そう言ってあたしは昏倒した奴の髪を掴んで顔を上げさせる。次いで意識のない相手の瞼を無理やりこじ開け、濁った瞳を覗きこんだ。 「夢を見せてあげる。とびっきりの悪夢を。」 言葉には魔力を乗せて。 掴んでいた相手の身体がビクリと跳ねた。それを眺めていた一樹が「なるほど。」と納得し、あたしと同じように別の吸血鬼の瞳を覗き込んで相手の意識に介入する。 これでキョンを貶めたこの無礼者達の精神はズタボロね。でも運が良ければ回復するんじゃない?まあ精々頑張って。身体の損傷はそこまで酷くないんだから。 他の血族の『王』を貶めたのだから、これくらいは当然のこと。こいつらの『王』だってそれは解っているはずよ。 「それじゃあもう帰りましょうか。」 「同感です。」 いつも争ってばかりだけど、こういう時ばかりは意見も一致する。 そんなわけで、あたしたちは同族達の間を縫って(モーゼの十戒みたいね)夜会の会場である屋敷を後にした。早くキョンに会いたいわ。 比較的明るい雰囲気の話。 |