壊れた世界に響く詩
が、もしもフィクションだったら・・・。
「カァートッ!!」
撮影現場に監督の声が響き渡る。テレビドラマ『涼宮ハルヒの憂鬱』のクランクアップだ。正確に言うとドラマ『涼宮ハルヒの憂鬱』のDVD特典であるifストーリー『壊れた世界に響く詩』の撮影であったわけだが・・・まあ、大体同じだろう。 役者もスタッフもホッと気が抜けたように表情を和らげ、口々に「お疲れ様でした」「ありがとうございました」等々、近くの人間に笑みを向けている。今回のドラマで主役を演じた俺も隣に立つ超能力者役の古泉一樹さん相手に似たようなことをしている最中だ。少し離れた所ではヒロイン役の涼宮ハルヒさんが朝比奈みくるさんと長門有希さんに囲まれて涙を流していた。 スタッフからクランクアップ祝いの花束が差し出され、慌ててそれを受け取る。くそ、格好悪いな俺。 今回のドラマの主役は一般の人間から選ばれている。つまり役者初仕事だった俺は今の状況に完全に不慣れなわけで、わたわたと花束を受け取る仕草を古泉さんに笑われることとなった。一方古泉さんは芸能暦も長く、他のドラマや映画ではバリバリ主役を張ってきた人なので花束を持って来た女性スタッフにふわりと微笑まで返している。ああ、慣れって凄いな。それとも古泉さんだからそんな余裕があるのだろうか。 ある意味唖然としながら古泉さんを見上げていると――彼は俺より十センチ近く背が高い。足も長い。まるでモデルのようだ――、こちらの視線に気付いたのか、古泉さんがにっこりと笑い掛けてきた。 「キョン君も本当にお疲れ様です。ドラマ本編も、今回の特典版も。特に特典版の方、初めての役者仕事なのにキツかったんじゃないですか?」 苦笑混じりでそう言われる原因は嫌と言うほど解っている。と言うか、それはベテランである古泉さんも同じ心境なのではなかろうか。 「そうですね・・・まさか初めての仕事で男女の恋愛どころか男同士の恋愛まで演じさせられるとは思ってもみませんでした。」 テレビドラマ『涼宮ハルヒの憂鬱』は俺と涼宮さんとの恋愛要素が含まれている。とは言っても、ラストにキスシーンっぽいもの――本当は触れてないんだよ。カメラのアングルでそう見えるだけ――が入るだけなのだが。 しかし特典の『壊れた世界に響く詩』は違った。監督その他スタッフの皆様の悪ノリで俺と古泉さんが恋愛するというストーリーになってしまったのだ。こっちは俺と涼宮さんのピュアすぎる恋愛模様に反し、思い切りぶっ飛んでいた。男同士の恋愛で、しかも監禁モノなのである。古泉さんが監禁する方、俺が監禁される方な。接触過多で思わず年齢制限を設けてしまいそうなシーンも少々。そしてとどめとばかりにバッドエンドだ。 いやぁ・・・監督及びスタッフさん、やり過ぎです。DVD特典に力入れ過ぎ。しかも好みが物凄く分かれるじゃないですか。・・・あ、確か女性同士の恋愛版もあるんでしたっけ?俺は生憎出演してませんけど。そうですか。SOS団友情モノと男同士の恋愛、女同士の恋愛の三種どれか好きなものを選べるんですね。はいはい。 「キョン君?どうしました。」 「え、あっ・・・いえ、なんでもないです。ちょっとぼうっとしてしまって・・・」 古泉さんの声で遠退いていた意識が戻って来る。全く何やってんだ俺。ベテラン俳優の古泉さんの前で何たる失態。思わず顔を伏せてしまいたい衝動に駆られながらそう答える。 大先輩である目の前の青年はそんな俺を見て僅かに眉尻を下げると、 「やっぱり疲れが堪っていらしたんですね。」 慈しむような微笑を浮かべた。 ああヤバイ。同じ男なのに見惚れてしまう。古泉さんに心配されるのが嬉しい、という要素もばっちり加わって顔に熱が集まってきている。 この役に抜擢された直後、共演者である古泉さんに関して俺はあまりいい噂を聞かなかった。見た目も演技力も凄いこの人はそれと反比例するかの如く性格が最悪だ、と。しかし現実はどうだ。緊張でガチガチだった俺に最初に声を掛けてくれたのは古泉さんだったし、結局こうして最後まで傍で労わってくれるのも古泉さんだった。ああもう、すっげぇいい人だよ。 「顔も赤くなってますね。熱があるのかもしれません。・・・どうです、この後何もなければうちに寄って休んで行かれませんか?」 「・・・へ?」 って何間抜けな返答してんの俺!?つーかお宅訪問OKなんですか古泉さん!?優しすぎますよ貴方!!ただのこんな若造に・・・! 感動と羞恥で更に顔を赤くしながら慌てる俺を古泉さんはにこにこと笑顔を浮かべて見つめている。だからそうやって美形オーラを振り撒かないでください。つい先日まで一般人だった俺にそれはキツすぎますから! 「あの、いいんですか・・・?」 断れよ!と頭の中の俺が叫ぶけれども無視だ。憧れの古泉さん宅にお呼ばれなんだぞ。こんなチャンス、きっともう巡って来ないに決まってる。 無礼を承知で恐る恐る聞き返すと、古泉さんは笑みを深くして「ええ。キョン君なら大歓迎ですよ。」とまで。どれだけいい人なんですか、貴方は。 「あ・・・ありがとうございます!」 「いえいえ、こちらこそキョン君が来てくれると嬉しいですから。」 「そんな・・・」 「おーい!こっいずっみくーん!キョンくん独り占めにしないでよー!!」 「独り占めだなんて人聞きが悪い。僕達は共演者としてお話していただけですよ、長門さん。」 俺の声を遮ったのは女性三人で固まっていたうちの一人、長門有希さんだ。今回のドラマでは寡黙な宇宙人役を演じた彼女だが、本来の性格は180度逆の明るくさっぱりとした気持ちのいい方である。 古泉さんはそんな長門さんに振り返り、笑みを向けたようだった。・・・ん?でも長門さんの表情が些か引き攣ったような。気の所為だろうか。古泉さんの笑顔に顔を引き攣らせる要素なんてあるはずないしな。 「そ、そうだよね、古泉くん。・・・んと、キョンくんもお疲れさまー。また機会があったらお話してね!」 「はい。お疲れ様です。また機会がありましたら、こちらこそよろしくお願いします。」 女優と言うよりはアイドルと称した方がいい彼女はにこりと魅力的な笑みを浮かべて手を振った。そして涼宮さんと朝比奈さんの元へ戻って行く。つられるように視線を向けると、女性陣から微笑もしくは手を振って頂けた。眼福です。そしてお疲れ様でした。 「キョーンー!また仕事かぶったらよろしくね!!」 「はい!こちらこそよろしくお願いします!涼宮さん!」 「こらぁ!涼宮さんじゃなくてハルヒって呼んでって言ったでしょ!」 「す、すみません。涼み・・・ハルヒ、さん。」 「"さん"もいらなーい!」 涙を拭った涼宮さんは太陽のような笑顔でキラキラ笑っていた。その横でグラビアアイドルの朝比奈さんが「あたしも同じ番組に出た時はよろしくお願いしますね。」と微笑んでいる。 こんなに素敵な人達と係わり合うことが出来たなんて、俺はきっと幸せな人間なんだろうな。 「キョン君。」 「、はい!何でしょうか。」 「ふふ、僕も構ってくださいよ。」 「へ、・・・ええ!?や、そんな。構う、とか・・・っ、」 俺の方が構ってもらいまくりなんですけど・・・! こちらの肩に手を乗せて視線を己に戻させた古泉さんは悪戯が成功した子供のようにくすりと笑ってウインクまでつけてきた。それが似合っているからどうしようもない。 一度平熱に戻っていた顔面が再び熱くなるのを自覚していると、監督から集合するようにと声がかかった。撮影が終わってもやることはまだあるってことだ。そんなわけで、俺達も行きましょうか、と口を開こうとした瞬間、古泉さんがスッと顔を寄せて素早く囁いた。 「それじゃあ、あとでお迎えに上がりますので、待っていてくださいね。」 告げて古泉さんは歩き出す。歩き方さえ綺麗な古泉さんの背中を見つめ、俺は思わず手で口を覆ってしまっていた。 「反則ですよその声・・・」 大半の女性が腰砕けになりそうな声を頭の中でリフレインさせながら俺も遅れて歩き出す。少々駆け足気味に。 呟きは誰にも聞こえなかったはずだ。しかし先に監督の元へ辿り着いていた古泉さんは振り返って手を差し出し、それはそれは綺麗に笑った。 「キョン君、これから写真撮影だそうですよ。お隣よろしいですか?」 「古泉(恋愛)→←(憧れ)キョン」ですよ。 キョン逃げてー! 古泉は先輩じゃなくて狼なんだから!優しいのはキョンに対してだけなんだよ! (2007.10.27) |