その日、俺は何の不安もなく、と言えば嘘になるかも知れないが、特筆するほど大きな不安もなく、大学の講義に出ていた。前日の夜はサークルの飲み会で少々羽目を外しすぎたような気もするのだが、こうして二日酔いにもならず平穏な一日を送れることのなんと素晴らしいことか。知人の谷口も別所で飲み会だったらしいが、あいつは本日、二日酔いが酷くて大学に来られない・・・ということを、谷口と同じ場所で飲んでいた国木田が一見邪気の無い笑顔で言っていた。
ちなみに国木田はどんなに飲んでも二日酔いになったことがないんだそうだ。あの苦しみを知らんとは、なんとも羨ましいことだね。 しかしその平穏な時間は帰宅と共に終わりを告げたのだった。 電 動 王 子 様 コ イ ズ ミ 高校まで実家で暮らしていた俺だが、大学生になってからは親元を離れ一人暮らしをしている。それなりにやる事も増えるが、一人暮らしってのは実に気楽だね。親元で暮らしていた時は親や妹が気になって友人を家に呼ぶことにも少々気が引けたが、今じゃそんなものを感じる必要もない。お隣さんや階下の住人に迷惑が掛からない程度であればいつだって部屋でワイワイ騒ぐことも可能だ。妹がノックもなしに突然部屋に入ってくるということもなく、あまり他人の目には触れて欲しくないことも・・・やっぱ言わないでおこう。まあ、解ってくれる人は解ってくれるものだと思う。 そんな俺のお気楽一人暮らしだが、帰宅してドアを開けようとした時、朝しっかり掛けたはずの鍵が何故かあいていた。まさか泥棒・・・?こんな一大学生の部屋に盗るようなものなんて無いだろう。どうせならこのマンションの隣に建ってる一戸建てを狙った方が効率良いんじゃないだろうか。もちろん冗談だけどな。 一応用心してそろそろと扉を開けると、狭い玄関に見慣れない靴があった。行儀よく揃えられているその靴は、俺の記憶が確かなら随分と値の張るやつではなかろうか。 男物の高そうな靴・・・。妹や母親であるわけがないし、今日も明日も平日だから父親の可能性も無しだ。谷口がこんなイイ靴を履くとは思えんし、国木田の足のサイズはたぶんもう少し小さいはず。と言うか、その二人がこの部屋の鍵を持っているはずが無いし、管理人さんに開けてもらうなり法律に引っかかる行為をするなりして俺に無断で入る必要性も見出せない。ああ、もしかしたら会長――高校時代に生徒会長をやっていた所為で、そのまま会長と呼んでいる一年上の先輩だ――かもしれない。あの人なら鍵が無くてもどうにかして侵入しそうだ。そして部屋に入ったらまるでそこが自分の場所であるかのように傲慢不遜な態度をとっているに違いない。違いない、と言うか、以前実際にそれをやられた過去がある。あの時はもう、不法侵入に対して怒る気力すら無かったね。 しかし会長だとしたら、今頃俺に一体何の用なのだろう。まあ、あの人なら特に用はないなんて言っても可笑しくないんだけどな。それに上手くすれば今日の晩飯代が浮くかもしれん。あの人、何で稼いでいるのか知らないが、結構良い店で食わしてくれるし。 ・・・と、そこまで考えながら入った俺は、実際そこにいた人物を目にして固まった。 「あ、おかえりなさい。」 すごい美形がそこにいた。しかし男だ。エロゲ展開など望めるはずもない。いやそうじゃないだろう俺!誰だこの優男は。俺の知り合いにこんな王子様フェイスなんかいないぞ。(ちなみに会長も美形だが、あれは王子様なんてキャラじゃない。) 「どうかしましたか?」 優男が心配そうな顔をして近づいてくる。 て言うかお前ホント誰だ。なぜ俺の部屋にいるんだ。 「僕は古泉と申します。そしてこの部屋にいるのは僕があなたの所有物だからです。」 優男は電波さんだった。しかも性質の悪いことに毒電波。 なんでこんな厄介な奴が俺の所に来るんだ! 「電波じゃありませんよ。事実です。」 「まだ言うか電波男。」 「だって昨夜、僕をお買いになったのはあなたじゃありませんか。」 どこでだよ。 「テレビショッピングで。・・・・・・覚えていらっしゃらないんですか?」 覚えてないぞっ!? マジでか。確かに昨夜は飲み過ぎて記憶の欠落が無きにしも非ずなのだが、しかしテレビショッピングで人身売買とか有り得んだろう。そんなことしたらすぐさま後ろに手が回るぞ。 「その点はご安心ください。僕、人間ではありませんので。」 「・・・は?」 どう見ても人間、しかも美形の口から出た言葉に思わず間抜けな声が出る。 古泉と名乗ったその男は如才ない笑みを浮かべてこう言った。 「僕はアンドロイドなんです。」 「寝言は寝て言え。」 「寝言じゃありません。証拠をお見せしましょうか?」 そう言って古泉は、 「ほら。」 「げっ。」 いとも簡単に手首の位置で左手を腕から切り離してみせた。その間に見えるのは無数のコード。 「ね?」 微笑むのはいいが、切り離したままの手の指をワキワキ動かすのは止めてくれ。アダ○スファミリーのハンドじゃないんだから。正直言って怖い。 「・・・とりあえずお前の話は信じてやるよ。信じたくないが。」 「光栄です。ではこれからよろしくお願いしま・・・」 「ちょっと待て。」 「はい?何かまだ問題でもありましたか?」 「大ありだ。お前には悪いが、俺にはお前を買った記憶が無い。加えてお前を所有するつもりも無い。よって返品だ。昨日買ったって言うんならクーリングオフ制度も有効だろう。」 「そんな!僕、ロボットですから人間とは違って食費もかかりませんし、太陽光からエネルギーが得られて環境に優しいですし、今日のようにあなたの留守を預かることも出来ますし、(おそらく)料理や炊事だって・・・。」 今こいつの台詞に何かが隠れていたような気がするのだが、気のせいか? 「ただ今一週間のおためしキャンペーン中なんです。その間だけでも構いません。ここに置いてくれませんか。炊事洗濯なんでもします!必要ならば夜のお相手も、」 「俺はノーマルだ!」 にしても、随分必死に見えるな。 何か理由があるのか? 「そ、それは・・・」 その理由によっては一週間だけ置いてやらんことも無いかもしれない。 「本当ですか!」 古泉は嬉しそうに瞳を輝かせて俺を見た。胸の前で両手を組むのは止めろ。ほんっと、気色悪いから。そういうのは可憐な女の子だけが許される動作だぞ。 「ほら、聞いてやるから早く言え。」 「はい。実は正式購入していただくどころか一週間のおためし期間ですらその家に置いていただけない場合、涼宮さん・・・僕の製作者に破棄されてしまう(と言いなさい!とのご命令を受けている)んです。」 「なっ!?マジかよ。」 「仕方ありません。一週間すら置いていただけない"製品"なんて、所詮は粗悪品だということなんです(と言いなさい!との以下略)。」 何故か古泉の台詞に何か大切なことが隠れているような気がしてならない。 しかしとにかく、もしこいつの言っていることが本当だとしたら・・・今すぐ出て行けなんて言えるはずないだろう。思いっきり無機物って感じのものならどうだか分からないが、ここまで生き物じみた奴に必要ないから壊されろと言えるほど、俺は非情になんてなれない。 「・・・わかった。とりあえず一週間だ。」 「はい!ありがとうございます。」 なんとも嬉しそうな笑顔だ。これが可愛い女の子なら、例え作りものであっても嬉しいんだけどね。しかしまあ、喜んでもらうってのは悪くないかな。 「それじゃ早速、夕飯作ってくれ。」 「わかりました。」 十分後――― 「なぜ料理を作って鍋が爆発するんだ!」 「さあ、どうしてでしょうか。」 煤けた顔で困ったような微笑を浮かべて古泉が答えた。 さあ、じゃないだろう。さあ、じゃ。お前は料理も出来るはずじゃなかったのか。 「同型のアンドロイドは料理上手だったんですけどねぇ。どうやら僕にはお料理機能がついていなかったみたいです。すみません。」 と言いつつ片付け始めた手が壊れた鍋を掴み、 「・・・あれ?」 「掃除もか。」 炭化物と化した何かを床にばら撒きやがった。被害拡大だ。 「もういい。お前はそこに座ってろ。いいか、くれぐれも何かしようとするなよ。」 「・・・・・・・・・はい。」 犬ならばきっと耳と尻尾が垂れ下がっているであろう様子でしょんぼりと、俺が指差した場所に座る古泉。当然、三角座りだ。あぐらなんぞかきやがったら即刻ここから追い出すぞ。 古泉から視線を外し、改めて惨劇を視界に入れる。知れず口から零れ落ちるのは大きな溜息だ。これを片付けてから自分の飯を作らなくてはならない。出前なんてもってのほか。コンビニやスーパーで出来合いのものを買うのも財布に優しくないので遠慮したい。 さて。それでは片付け開始・・・っと、その前に。 「ほら、これで顔拭いとけ。」 「わっ。あ、ありがとうございます。」 古泉にタオルを放り投げると、落ち込んでいた顔が一瞬キョトンとなり、それから嬉しそうな笑みを浮かべた。 はいはい、解ったから笑ってばかりいないで早く顔を拭きなさい。 「あと、お前。飯は食えるのか?」 「はい。主なエネルギー源は太陽光ですが、くもりや雨が長く続くような時のために食物からのエネルギー吸収も可能です。おまけに味覚もありますよ。」 「そうか。」 それじゃあ片付けが済み次第、調理にとりかかろうかね。二人前の夕飯の、な。 出来上がったのはチャーハンとスープ、それから健康のことを考えて野菜サラダ。それぞれ二人前。チャーハンは裏技として溶き卵の中にご飯を入れ、よくかき混ぜてから炒めるという手法を使っている。この方法、少し前まではあまり知られていなかったんだが、最近は結構いろんな人がやってるよな。ちなみに俺が初めてこの方法を知ったのは夏休み中にちらりと見たおもいっ○りテレビだったりする。そのあと伊○家の食卓でまさしく"チャ−ハンのご飯をパラパラにする裏技"として紹介されていた。ついこの前だとS○AP×SM○Pで木村○哉もこの方法でチャーハンを作ってたな。確か。 俺の視聴番組の可笑しさはさておき、出来上がった料理を古泉のすぐ傍にあるテーブルに運ぶ。ここでもあいつに手伝いなんてさせられない。万が一皿を引っ繰り返すようなことがあったら目も当てられないからだ。 皿の底とテーブルがぶつかる音で古泉が顔を上げる。男らしい料理――なにせ俺がまともに自炊するようになったのは大学生になってからだ――を前にして珍しそうに目を丸くしている。お前、チャーハン見たことないのか? 「食物を摂取できることは確かなんですが、こうして出来上がったばかりの手料理を見るのは初めてで・・・」 「ふーん、そうか。ま、味は保障せんが食ってくれ。箸とかスプーンは使えるだろう?」 「はい。食事マナーは学習済みです。・・・では、いただきます。」 チャーハンをスプーンで掬ってパクリと一口。他人の食事シーンをじっと見守る趣味はないので俺も自分の皿に手をつける。だがもぐもぐと口を動かしていると(まぁこんなもんだろ)、先程チャーハンを口にした古泉がそれ以降何も口にせず俯いているのに気付いた。 そんなに俺の料理が不味かったのだろうか。谷口や国木田に食わせた時はまぁそれなりの評価を貰ったんだけどね。会長には鼻で笑われたが、あの人は特別舌が肥えてるから気にしない。 「古泉、不味かったら残してくれていいぞ。」 と言ったら、奴は思い切り勢いよく顔を上げた。 「そんなことありません!これ、すごく美味しいです!」 無理はしなくていい。どうせエネルギー補給なら太陽光だけで十分なんだろ?幸い明日は晴れるとニュースでも言ってるし、今ここで無理にものを食う必要はなかろう。 「違うんです!美味しくないから食べなかったのではなく・・・!」 「お、おいっ!?」 慌てる古泉の目から突然水が溢れ出した。なんだこの機能。こんな所まで人間にそっくりなのかよ。 とりあえず目の前で自分と同じ年頃の男がボロボロ泣くのはご勘弁願いたい。 「す、みませ・・・ん。こんなに美味しい食事、食べたことがなくて。」 そんな大袈裟な。 「研究所だと物を食べるなんてこと殆どありませんでしたし、食べた時も冷たくて単調な味のものばかりだったんです。だけどこんなに温かくてやさしい味のする食事は・・・これが"おいしい"ということなんですね。」 ことなんですね、と言われても俺はそんな体験したことないので解るはずもない。 泣きながら微笑むな。「おいしいです」を連呼しながら飯を食うな。顔がいいなら何でも許されると思うなよ。ほら、俺の腕、鳥肌立ってるじゃないか。・・・とは、言わないでおいてやるか。こいつはロボットだがこんなに人間くさい奴なら『心』なんてものも持っていそうな気がしないでもないし。いや、俺が単にこいつのうっとおしい顔を見たくないだけか? まあ、どちらでもいい。どうせ一週間なんだ。これも人助け(アンドロイド助け?)だと思って、みっともない泣き顔も料理中に爆発物を作る腕前も我慢してやろうじゃないか。 亜月亮「電動王子様タカハシ」パロです。 そして連載としてアップしていたものを大きく修正して再掲載。 修正前のモノはこっち。最初の部分は同じですよ。→● |