神  は  ノ  イ  ズ  の  夢  か  ら  醒  め  る  か

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 鞄すら持たずに訪れた長門の部屋で、俺は彼女の第一声に目を瞠った。
「ごめんなさい。」
「な、んだよ・・・長門。一体どうしたんだ。」
「ごめんなさい。わたしは何も出来なかった。情報統合思念体の意志によりわたしが情報操作という手段でこの事態に干渉することは許されていないが、それでも出来ることはあったのに。わたしは一度の失敗を恐れて・・・そう、恐れて、ずっと何もせずにここまで来てしまった。でもわたしは今回の、過去の断片を所持しているあなたたちにもう一度賭けてみようと思った。だから全て話す。」
 ワケがわからない。一体どういうことなんだ、長門。
 何を話すって言うんだ。・・・・・・・・・まさか。
「あれを言うつもりか。」
「それも含めて。」
「あれ、とはどういうことですか。」
 長門は古泉に『神』が誰なのか教えようとしているのだ。
 でも"それも含めて"っていうのは何だ。他にも何かあるって言うのか。
「お願い、聞いて。これまでのことを。そして、決めて。これからどうするのかを。」


「この世界はもう何度も繰り返されている。」
 そんな台詞から始まった長門の言葉をまとめると、こうだ。
 今俺達がいる世界は21514回目の世界。これまで21513回創り直されてきた世界なんだそうだ。途方もない回数だが、長門はそれを全て覚えているのだと言う。
 世界がやり直されるのは、いつも五月の、古泉が転入してくるところから。それは時刻が毎回一致するのではなく、何が起こるかという部分に焦点が当てられていた。つまり、古泉の転入が一日遅れると世界が再スタートされる日も一日遅れるのだ。
 それでは何故、世界がそう何度も何度も繰り返されているのか。それは―――
「あなたが死んでしまうから。」
 凍り付いた瞳を此方に向けて長門は言った。隣に座る古泉が笑顔も忘れて絶句している。
 俺もまあ、こんな仕事してるからいつかは死ぬかもしれないと思ってたよ。しかしマジでか。俺が死んだら世界改変って。
 隣の元・ニヤケスマイル、現・驚愕プリンス(ネーミングセンスが無いというツッコミは現在受け付けておりません)の横顔を見る。こいつが?俺が、死んだら?呆れてしまうような、でも不謹慎ながらも嬉しいような。
 しかし三人の中で唯一重要なことを知らないこのイケメンは長門に向かってこう問いかけた。
「どうして彼が死ななければいけないんですか。涼宮さんが彼に害を及ぼす何かを望むはずありませんし、機関だって、あなたがただって、鍵である彼を守ろうとするはず・・・」
「その認識は誤り。」
「・・・どういうことですか。」
「・・・・・・。」
「俺はお前を信じるよ、長門。だから言いたいなら言ってくれ。」
 最後の確認とばかりにふいと向けられた視線を受けてそう返すと、長門は戸惑う古泉に瞳を向け直し、
「神的存在は涼宮ハルヒではなく、古泉一樹、つまりあなた。そして彼は一般人ではなく、あなたによって生み出された超能力者の一人。」
 と、ハッキリ言った。
「冗談は止してください。」
「冗談ではない。本当のこと。」
 すかさずそう返す長門に古泉は再び絶句する。信じられない、信じたくないと首を横に振るが、俺はそれを見て何かしようとは思わなかった。もうすぐ本日二回目の閉鎖空間が発生しそうだとは考えたけれど、それでも。この話はもっと重要だと感じていたからだ。
 古泉は顔を伏せ、そうして静かになる。混乱しながらも必死に教えられたことを整理しているのだろう。
 そして。
「長門さんの話が本当だとして、これまで彼が21513回も死んだのは・・・」
「21513回のうち3751回は事故・その他の事情による。しかし残りの17762回は閉鎖空間での神人退治が直接的・間接的原因になっている。」
 閉鎖空間発生、だな。しかも随分規模が大きい。
 だが生憎、携帯電話は電源オフの状態だ。
「古泉一樹、あなたは彼が死んだあとの世界を拒絶した。だから世界は21513回創り直された。でも、」
 長門のあとの言葉は俺が引き継いだ。
「この世界の俺は、まだ生きてる。五体満足で此処にいるんだ。だからこっちを向いて笑ってくれ、古泉。お前が笑ってくれないと俺は不安でしょうがないんだよ。」
「笑えません。だって僕は、あなたを―――!」
「それがどうした。お前に殺されたっていう記憶なんか俺には無いぞ。そんな無いものの所為でぐちぐちされたって迷惑なだけだ。」
「あ、あなたって人は・・・!」
「ようやくこっち向いたな。」
 そう言って笑いかけてやる。
 過去の俺がなんだ。消えてしまった記憶がなんだ。
 俺は今こうして俺として生きてる。それ以上に重要なことってあるのか?
 なあ、そうだろう?古泉。
「あなたは、本当に男前すぎます。」
 それはどうも。
 男前に本気で言われると嬉しいよ。まあこの場合、「男」というより「漢」なんだろうけどな。
「あなたは選ぶことが出来る。」
 長門がそう古泉に告げた。
 俺も古泉も長門の方に向き直って続きの台詞を待つ。
「あなたは己の力を自覚した。だからこのままその力を持ち続けるか、それとも失うか、どちらでも好きな方を選ぶことが出来る。・・・あなたは、どうするの。」
 長門の問いに古泉は微笑を浮かべ、それから俺を一瞥して言った。
「僕はもう暫らくこの力を持っていようと思います。僕の力が本物なら神人も閉鎖空間も望まなければいいだけですし、それに21513回のうち3751回の僕以外が原因である彼の死も、この力を自覚を持って使用すれば防げたはずですから・・・もしもの時のために、まだ捨てるわけにはいきません。」
「そう。」
「お前ってかなり慎重派なんだな。」
 字は汚いけど。
「慎重にもなりますよ。あなたに関係することですから。」
「・・・ッ!」
 誰もが見惚れるハンサムスマイルでそんなことを言われて赤面しない奴がいたら俺の所に来い!だからって俺の立場を譲ってやるわけじゃないけどな!!
「選択はなされた。あとはあなたたちの自由に。」
「長門?その言い方は、」
「わたしはあなたたちに干渉し過ぎた。教えるべきでないことを教え、選択可能な未来の数を大幅に減少させてしまった。これは情報統合思念体の意志にそぐわない。だからわたしは、これからもこの場にいられるとは限らなくなった。」
「そんな!」
「わたしが還る可能性は高い。でもわたしにはどうにも出来ない。」
 淡々と言い切られた台詞に今度は俺が絶句した。
 そんな、理不尽じゃないか。なんで俺達を助けてくれた長門が消えなきゃならない?そんなの許せるはずがねえ!
「そうですね。僕も許せません。」
 隣で浮かべられている微笑から、俺は確かに怒りを感じ取った。
「古泉?」
「僕もあなたと同じ意見です。僕達を助けることで長門さんを失うなんて、僕は嫌です。・・・そして、僕にはそれに対抗し得る力がある。そうですよね?」
「あ、お前・・・」
 ニコリと笑って古泉は長門を見る。
 その目は感謝と優しさに溢れていて、さっきまでの弱々しさが嘘のようだ。
 古泉、お前ホント調子良すぎだろ。・・・でもまあ、俺もそれはそれで良いと思っちまってるよ。
「長門さん、是非とも情報統合思念体にお伝えください。もし僕達から長門さんを奪おうものなら、僕は絶対に許しません。一瞬で消滅させてあげます、と。」
「・・・・・・・・・・・・わかった。」
 こくりと頷く長門の瞳が春の雪解け水くらいの温度だったのを俺はその時確かに見た。
 これにて一件落着ってところか。
 古泉が自覚したことでこれからちょっと忙しくなるかもしれないが、まあ何とかなるだろう。いつの間にか閉鎖空間も消えてるし。幸先いいじゃないか。
 さてさて、まずは切ってた携帯電話の電源でも入れて―――

 ぐぅ〜×3

「・・・・・・、」
「・・・あ。」
「そう言えば、お昼まだでしたね。」
 長門は無表情のまま自身の腹を見下ろし、俺と古泉は照れたように笑う。
 どうやら携帯電話の電源を入れる前に、かなり遅めの昼食を摂る方が優先事項であるらしい。
「長門、キッチン借りるぞ。と言うか材料あるか?」
「無い。此処から500m先のスーパーで調達することを推奨する。」
「でも僕達の鞄も財布も学校ですよ?」
「俺の財布はポケットの中だ。」
「お金ならある。」
「・・・・・・・・・。じゃあ僕の分は後ほど・・・いえ、ちょっと待ってください。」
 何かを思いついたように古泉は右手を軽く前に出して手のひらを上に向ける。
 すると。
「・・・マジかよ。」
 一瞬後、そこには諭吉さんが三枚ご光臨なさっていた。
「僕の財布から取り寄せました。いやぁ便利ですねぇ。」
 嬉しそうに言うな、超能力者。いや、神様か。
 全く・・・。まあいい。
 それじゃあ三人一緒にスーパーへ行きますか。



















* * * 後日談 * * *





 あなたが好きです。愛しています。
 でも力で無理矢理あなたの意思を捻じ曲げるつもりはありません。
 ですがもしほんの少しでも僕のことを好きでいてくださるなら、あなたの意思で僕の我侭に付き合ってください。

 その言葉に、俺は首を縦に振った。






「これにします。」
「・・・おそろいかよ。」
 某街の某店にて。
 げんなりとする俺の視線の先には上機嫌の古泉、ではなくその手にあるドッグタグ。以前俺が古泉から貰ったやつと同じデザインのものだ。ただし隅に埋め込まれた石の色が緑じゃなくて青なんだけどな。
 でもって古泉は本日購入を決めたそれと、俺の首に今もかかっているものを一緒に店員へと渡し、プレートの裏面に文字を刻んでくれるよう頼むらしい。
 一体何を刻むのかって?それはご想像にお任せするよ。ただしヒントくらいは言っておこう。古泉曰く、これはデートなんだそうだ。以上!!








これで終了です。
キョンと古泉の関係は今後ゆっくり発展していくと思われます。
結局両思いなんだよこの二人。

ちょっとした補足
繰り返した回数は携帯電話のボタンの数字と文字の関係より。
消えないで→カ行・ア行・ナ行・ア行・タ行→21514
すまない→サ行・マ行・ナ行・ア行→3751

(2007.08.23up)