n o i s e - f r a g m e n t

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■キョンと家族(古泉転入後)



 家族。
 それは三年前に失って、そしてもう一度手に入れた俺の大切な物の一つ。
 三年前、欲しくもなかった能力を与えられて己の使命と思いの狭間で苦しみ、"違うもの"ゆえに周囲の人々からは疎まれ、それまで自分の世界の決して少なくはない部分を占めていた家族という存在さえ俺から離れていった。
 そう言えば彼らと最後に交した会話は何だっただろうか。俺はその頃、失語症に近い状態に陥っていて殆ど言葉を話さなかったから、ただ一方的に言葉を向けられていただけかも知れない。・・・ああ、思い出した。これで清々する、だ。よほど変わってしまった俺が気持ち悪かったらしい。そりゃそうだよな。誰だっていきなり不気味な空間に連れ込まれたら、その連れ込んだ人間に対して恐怖や不気味さを覚えるのは仕方がない。俺はただ、俺を知って、そして上辺だけでも良いから救いのための優しい言葉が欲しかったんだけどね。
 とにかく俺は自身を慰めて欲しいばっかりに、結局、家族から切り離されてしまった。
 血の繋がりも何も関係ない。皆と"違う"ことで俺は今まで俺を受け入れてくれていた集団から受け入れてもらえなくなったのだ。
 しかし世の中はこういう時に限って上手く出来ているのか、家族という集団から弾かれても今度は『組織』という集団が俺を拾い上げた。新しい名前を与え、新しい人間関係を与えてくれたのだ。俺と同じ境遇の同胞、普通の中学生ならまず関わり合いにならなかったであろう年齢の上司、その他、様々な職業・年齢・性格の人々と。
 その中でも同胞と、そしてもう一つは今でも俺の大きな心の支えになっている。前者はまさしく運命共同体とでもいうべき存在。・・・そして後者は「家族」と言った。
 少しヘタレで優しい父親、夫を尻に敷く頼もしい母親、齢の割りには幼さが目立つ妹。それが俺に与えられた二度目の家族だった。



* * *



「キョンくーん!」
 ぽすん。
 そんな擬音語がつきそうな体当たりと共に小柄な少女が後ろから抱きついてきた。
「ん?どうした。」
「えーっと、ちょっとねー。」
 そう言いながら、少女もとい俺の妹は背中にぐりぐりと頭を押し付けてくる。
 先日小学五年生になったと言うのに、相変わらずこの妹は甘えん坊らしい。ただ、懐いてくれるのは嬉しいが、もう少し年齢と行動について考えてみてはどうだ?クラスメイトのミヨキチなんて物凄いお姉さんっぷりを発揮してるじゃないか。
「ミヨキチのことは関係ないもーん。あたしはキョンくんの妹なんだよ?」
「俺の妹なら関係ないって何だそりゃ。」
「いーじゃんいーじゃん。それに今のうちしか"妹"にこんなことやってもらえないんだからね!キョンくんもかわいい妹をしっかり堪能しとかないと!」
「自分で可愛いとか言うんじゃありません。」
 てへっ☆、って誤魔化すな。
 確かに家族の贔屓目を差し置いても我が妹は可愛くないわけではないが、色々自重することも覚えておいた方がいいぞ。
「で、用件は何だ?ハサミなら机の引き出しにあるぞ。」
「ちがうもん。そんなに毎回毎回ハサミばっかり借りたりしないよ。今日は別のことだもん。」
「はいはい。それじゃあ手っ取り早く言ってくれ。」
「むう。」
 もともと丸い輪郭を、頬を膨らませることで余計に丸くして妹がこちらを睨み付ける。しかしくりくりっとした大きな目はとても楽しそうに輝いていて、なんとなく頭を撫でたくなってしまうような感覚に陥った。
「わきゃ!」
 で、実際撫でてみる。
 途端に妹は破顔して、頭を撫でる手にじゃれついてきた。まるで猫のようだ。
 ひとしきり撫で終えると、すっかり機嫌の良くなった表情で妹は再度こちらを見上げてくる。あのね、と瞳を輝かせて彼女が告げたのは要約するとこういうことだった。
 "次の土曜日、家族で遊園地に行こう。"
「・・・ああ、わかった。そんじゃ、次の土曜は市内探索無しってハルヒに言っとくよ。」
「絶対だよキョンくん!」
「わかってるって。」


 妹との約束もあり、翌日俺はハルヒに次の土曜は予定が埋まっていることを告げた。
 家族と遊園地に行くのだと説明すれば、しっかり妹ちゃんを楽しませてきなさい、と団長命令を受ける始末。しかしそう告げた時の瞳の輝きがいつものハルヒより弱く見えたのは気の所為だろうか。妹のキラキラを見た後だったしな。
 とにかくそんなわけで、俺は今度の週末をSOS団ではなく家族と共に過ごすことが決定した。


 でもな、現実ってのはそんなに甘くないわけだよ。
 なんたって俺の存在意義は家族と共に普通の生活を送ることじゃなく、閉鎖空間の中で暴れ回る神人を狩ることなのだから。


 土曜日。
 さあ遊園地に行こうかと支度を整えたその直後。
 俺は独特の感覚を捉えて顔を顰めた。ああ、ノイズが・・・。
「キョン、くん・・・?」
 不安そうに見上げてくる妹には、もうそれが何を意味するのか解ってしまったのだろう。両親でさえ程度の差こそあれ、俺の顔を見て残念そうに、また不安そうに気分を低空飛行へと切り替えてしまう。
「どーして?」
 本当にどうしてだろうね。土曜日の市内探索が無くなったことが神はそんなに嫌だったのだろうか。それならいっそ意中の相手オンリーを誘って出かけてしまえば良かったのに・・・と思ってしまうのは、俺も今日のことを楽しみにしていた所為なんだろうな。きっと。
 俺は決して『彼』のことが嫌いじゃない。むしろ良い奴だと思っている。高校生活を共に送るようになってからは、殊更そう思うようになっていた。しかしな。俺は今の家族が好きなんだ。血は繋がっていないけど、結局は仕事でしかないのだろうけど、それでも"繋がってる"って解るから。大切、なんだよ。なあ、神様。
「今日は取り止めね。」
 母親のその一言で妹はくしゃりと顔を歪めた。
「ごめん、な。・・・・・・それじゃあ、いってきます。」
「いってらっしゃい。気をつけてね。」
「はい。」
 荷物を置いて玄関へ向かい、履き慣れた靴を引っ掛ける。
 軽い足音でついて来たのはもちろん妹。
 扉を開けて出て行く前にそちらを振り返れば、決して泣くまいとしている女の子と視線がかち合った。どうしてこんな時だけ年相応以上であろうと頑張るんだよ、お前は。
「キョンくん・・・」
「ん?」
 しゃがんで、視線を合わせて。ポンポンと頭を撫でれば、エヘヘと今にも崩れそうな笑みが返ってきた。
「いってらっしゃい。」
「・・・うん。いってきます。」
 嫌いじゃないぜ、神様。俺はあんたのことが嫌いじゃない。むしろ好きだと言ってやっても良い。
 でもさ。でもな。
 今だけは、ちょっと酷いと思わせてくれ。








神様(古泉)が不機嫌なのは、キョンと会えるはずだった日に会えないからですよ。
・・・報われない神様。

(2007.07.14 up)