「お、今日はずいぶん機嫌がいいようじゃの」

朝。
社長室に入ってきた浦原によく知る声がかけられた。
褐色の肌と金色の瞳を持つ友人・四楓院夜一である。

「珍しいっスね。夜一サンがこんな時間帯・こんな所に現れるなんて」
「誤魔化すでないぞ、喜助。儂にその嬉しそうな顔を見抜けぬとでも思うたか」

そう言う夜一に浦原は「あ、やっぱり分かります?」と言って、

「まぁ、昨夜ちょっとね・・・らしくないとは思うんスけど」

やはり何があったのか言わない浦原に、夜一は早々に諦める。
この古くからの友人は、はっきり言わないこと――つまり言いたくないことは絶対に口に出さないのだ。

「まぁ良い。ホレ、これが儂の来た理由だ」
「あ、どうも・・・」

浦原は夜一から出された資料の束に目をやる。

「コレ、ちょっと多すぎやしません?」
「だろうな。儂もそう思う。
・・・しかも、このプロジェクトはお主でも一月ほどかかるじゃろうな」

言われて、浦原がその紙の束に軽く目を通す。

「・・・うわ」

先刻までの上機嫌は何処へやら。
目に見えて機嫌が悪くなる浦原に夜一は同情の眼差しを向けた。

「ま、がんばれ。社長殿?」



とりあえず、浦原の上機嫌のもと"黒崎一護との逢瀬"は当分先のことになりそうだ。





満月からはじめよう(2)





「黒崎くん、オハヨー!」

出勤して来た一護に挨拶をするのは、彼の同期である井上織姫。

「ぇ、あぁ・・・オハヨ、井上」

いつもと違う一護の様子を見て、織姫は不審に思う。

(昨日・・・何かあったのかな・・・?)

彼が通り過ぎるのを見送って、織姫は首をかしげた。


それはさておき。


一護は自分のデスクに向かって仕事を片付け始めた。
書類をめくり、パソコンのキーボードに指を滑らせる。
しかし―――

(だ、ダメだ。落ち着かねぇ・・・!)

書類を片付けるスピードがいつもより少々落ちていた。
目は画面を見つめていても、頭が無意識に昨夜のことを考えてしまうからだ。

(緊張しまくってたよな、俺・・・)

今もただ思い出したというだけで、心臓が脈打つ回数を上げる。

(まさか残業終わったあとに社長からコーヒーを手渡されるなんて)

それだけでは無い。
平社員の自分にとっては雲の上の人物と言える社長と会話までしたのだ。

(浦原さんって、自分のこと"アタシ"って言うんだ・・・)

あと、喋り方も少し独特なものがあった。
一護は窓越しの月を背にした浦原を思い出し、

(―――不思議な、人・・・だった)

そう、彼の人物の感想を心の中で述べた。






















あの夜から約二週間が過ぎた。

今日もあの日と同じく一人残業中の一護は、キーを叩きペンを走らせながら
あと僅かになった書類を見る。
浦原と初めて会話した日の翌朝、一護はどうも調子が出なかったのだが、昼からはそんなことも言っていられなくなった。
なにやら上の方で新しいプロジェクトが動き出したらしく、仕事の量が一気に増えたためだ。

("また"なんて言ったけど、俺がこの位なんだから社長はもっとすごいんだろうな・・・)

だから今夜あの人が来るはずも無く・・・そう思った一護の眉間の皴が無意識に深くなる。

書類から目を離し窓の外を見ると、そこに広がるのはただの闇―――今宵は新月のようだ。
月色の髪を持つ浦原なら、新月の晩もきっと似合うのだろう。

闇夜を背にして立つ浦原を想像してから、一護は残りの書類を片付ける事に専念した。





















更に二週間近く大量の仕事に負われることになった一護だが、
それも何とか全て終わらせ、本日はきちんと終業時刻に帰ることが出来た・・・
―――はずなのだが、一護は独り海外事業部のオフィスに居た。

「せっかく早く帰れるはずだったのに・・・」

そう呟きながら自分のデスクの上を漁る一護。
帰宅途中で忘れ物をしたことに気がついたのだ。

「確かココだったはず・・・・・・あ、あった」

家でやる予定だった書類を見つけ、それを鞄に入れる。
そして帰ろうとした一護に声がかけられた。

「おや?本日も残業っスか?黒崎サン」

一護が振り返った先にはグレーのスーツを着込んだ月色の髪の人物。

「しゃ、社長!?」
「社長・・・じゃナイっスよ。"浦原さん"でしょ?」

クスリと笑いながら浦原は一護に近寄る。

「お久しぶりです。約一月っスか?」
「あ、はい・・・じゃなくて、うん。久しぶり、浦原さん」

無意識だろう―――一護がはにかんだ様な笑顔をする。

「この一ヶ月大変だったでしょう?新しいプロジェクトが始まったから」
「え、まあ・・・でも、浦原さんの方がもっと大変だったんじゃ・・・
それに俺の仕事は今日で一応終わったし」

頭に手をやってうつむく一護を見て、浦原が微笑む。

「そうですか。それじゃ、とにかくお疲れサマ。
・・・黒崎サン、何か飲みます?そこの自販機のでいいなら買ってきますよ?」
「いや、そんな事させられませんよ!俺が買ってきますからっ!」

浦原の申し出に一護はパッと顔を上げた。

「遠慮はいらないっスよ?」

一護の反応がおもしろくて、浦原は口に軽く手を当てて笑う。

「いいですから!浦原さんは何にします?」
「そうっスねぇ・・・あ、どうせなら一緒に行きません?」
「え、あの・・・・・・はい」








浦原の提案によって、二人は自販機の前に来ていた。
ここは社員達の休憩用スペースの一つであり、閉塞感をなくすために大きな窓が取り付けられている。
今は既に日も暮れて、外の街頭の光のみが唯一の明りであるその場は、薄暗い空間となっていた。

「アタシはコーヒーで・・・黒崎サンは?」
「じゃあ、ココアを」

飲み物代くらい一護が払うと申し出たのだが、
結局、浦原が「年上の顔を立ててくださいな」と言って支払いをする事になったのだ。

コインを入れ、ボタンを押してしばらく待つと、
辺りにはコーヒーの香りとココアの甘い匂いが漂ってきた。

「はいどうぞ。熱いっスから、気をつけてくださいね」

そう言って浦原が一護にカップを手渡す。

「ありがとうございます」

受け取った一護は、浦原がコーヒーに口を付けるのを見届けてから、
自身のカップに口を付けた。

「・・・ッ!」

ココアが思いのほか熱く、一護はカップから口を離す。

「あら、熱かったみたいっスねぇ・・・ちょっと見せてくれます?」

そう言って浦原は一護のあごに手をかけた。

「う、浦原さん!?」

戸惑う一護に浦原はさらに顔を近づけ―――


「・・・ん」


―――口付けた。

一護の持っていたカップが軽い音を立てて落下。
それも気にせず、浦原は歯列を舌で突付き、出来た隙間から中に滑り込ませる。
一護の火傷を負った部分に優しく触れてから、その舌を絡め取った。

「ぅ・・・んっ・・・・・・ふぁ・・・はっ」

浦原が離れると、苦しさの為かそれとも別の何かの為か。
一護は目元を赤くして、潤んだ瞳で浦原を見上げる。

「な、にを・・・」

問う一護に浦原は少し間を置き、答えた。

「アタシが・・・アナタを好きだからですよ」
「・・・え?」

予想もしなかった答えは一護を混乱させる。
そんな彼に言い聞かせるように浦原は続けた。

「信じられないでしょうけど・・・ヒトメボレ、なんっスよ。あの日、アナタを見かけてからずっと・ね」


「・・・っあ」

あの夜と同じ。
ガラス越しの満月を背にする浦原を見て、一護の心臓が大きく脈打つ。

(そうか・・・俺は最初から―――)

一護は腕を浦原の首の後ろに回し、そのままギュっと抱きついた。

「く、黒崎サン!?」

一護のいきなりの行動に、今度は浦原が戸惑う。



「好き」

顔を浦原の胸に押し付けたまま一護が囁く。

「え?」
「俺もアンタが好き・・・ヒトメボレなんだ」

―――初めて言葉を交わしたあの時、俺は既にアンタに捕らわれていたんだ。

一護の囁きを聞き、浦原も彼の体に腕を回す。

「・・・はい」


窓の外の月だけがその様子を見ていた。















―――さあ、満月からはじめよう。二人の新しい関係を・・・








「A定食」の双間暁様に捧げます。

双間様、1234HIT&リクエストありがとうございます!
浦一サラリーマンもの・・・
リクに沿えているのでしょうか・・・ものすごく不安です(汗)
しかも長いし。
もちろんクーリングオフ(笑)OKですので!

今回は本当にありがとうございました!



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