きっと、人はそれをヒトメボレと言うのでしょう―――





満月からはじめよう(1)





面倒くさい・・・
それが今の彼の心境だった。

月色の髪と同色の瞳をもった男・浦原喜助は、現在、自社の様子を見て回っている途中である。

「社長、次は海外事業部でございます」

己の後を付いて来る部下の一人から声がかけられた。
正直言ってかなりかったるいのだが、これも社長である自分の務め。
嫌な顔一つ見せず、そこに足を踏み入れる。

「「「おはようございます」」」

オフィスに居た海外事業部全員から一斉に挨拶。
腰はピッタリ45度に曲げて、それから社員達の頭がほぼ同時に上がる。

「皆さんお構いなく。いつも通りに仕事を続けてください」

軽く手をあげて微笑む浦原に、女性達から熱い視線が送られてきた。
それを軽くいなして、通常どおりに戻りつつある課の様子を見て回る。

(こんな事に一体何の意味があるのやら・・・)

そう思いつつ、己の横に立つ部下からの説明を聞き流す。

浦原はこの会社のことで必要なものは全て把握している。
そうでなければ今の年齢で社長の椅子に座れるはずも無いのだ。
だからいちいち説明を受ける必要などただの欠片ほども無く―――

(誰が言い出したんでしょうねぇ・・・こんなこと)

このつまらない行事の発案者を見つけ出し、そいつを地球の裏側にでも飛ばしてやろうかとも思う。

(さて、とにかくさっさと終わらせますか)

顔には微笑を貼り付けたまま、浦原はオフィス内を見渡した。
・・・別にコレといった事は無い。

それならばもう引き返すか・と踵を返そうとしたとき、浦原は視界の端に鮮やかな色を捕らえた。

「・・・ねえ。彼、何て言うの?あのオレンジ頭の」

横に居た部下に問う。

「は、彼ですか?」

浦原に問われた部下は明るいオレンジ色の髪を目にすると、

「ああ、彼は黒崎一護と申しまして、入社三年目、
課内では有望株と噂されている青年です。・・・社長は彼に興味が御有りで?」
「いや・・・ただ珍しい色だと思ってね・・・」

そうして浦原は視線をそらし、今度こそ踵を返した。

















「お、終わったー!!!」

ただ一人残ったオフィス内。
一護はたった今残業を終えたところだ。
風景を大きく切り取った窓を見ると、外は真っ暗。
街頭の明かりが下方で煌めき、上方では――・・・

「―――満月、か・・・」

上方、雲一つ無い闇色の空に金とも銀ともつかぬ色の満月がひっそりと輝いていた。

「にしても、今日は疲れたなぁ」

一護がパソコンの電源を落とし、デスクの上に広げられた資料を整理していると、

「お疲れサマ。コーヒーでもどうぞ」

後ろから声が掛けられ、紙コップに入ったコーヒーが渡された。

「あ、サンキュぅ!?」

一護の声が裏返る。
己に飲み物を渡した人物を目にして。

「う、浦原社長!?あ・・・ぅ・・・ッ、す、すみません!!」

振り返った一護が見たのは、月色の髪の持ち主、顔に優しげな微笑を浮かべた浦原だった。
浦原はそんな一護の反応を見てクスリと笑い、

「そんなに畏まらなくて結構ですよ・・・さっき仕事は終わったんでしょう?
それならもう部下も上司もありませんって。ね、黒崎サン」
「あ、名前・・・知っていらっしゃったんですか?」

一護は驚きつつも言葉を紡ぐ。
自分のような平社員を社長が知っていたなんて・・・

「ええ、まぁ。ところで敬語も結構っスよ。私・・・いえ、アタシも素で話しますから」
「え、いや・・・・・・はい・・・じゃなくて、わかった」

律儀に言い直す一護に、浦原が再びクスリと笑う。

「あぁ、呼び方も"浦原"って呼んでくださって構いませんよ。こちらも"黒崎サン"とお呼びしますしね」
「いや、流石に呼び捨ては・・・・・・"浦原さん"でもいいかな・・・?」

上司部下は気にしなくて良いと言われても、やはり年上に対する礼儀というのは必要だろう。

「いいっスよ」

浦原がニコリと微笑む。
それを見て一護も自然と笑顔になる。


そうして、一護が口を開こうとしたとき、オフィス内に電子音が響き渡った。

「えっ、ぅわ!ちょ、スイマセン!」

そう言って一護が鞄から携帯を取り出し、ディスプレイを確認すると、

「あ、親父からだ―――早く帰って来い・・・?」

一緒に暮らしている家族からのメールだった。


「おや?今日はこれまでっスかね・・・それじゃ、黒崎サン。また逢いましょう?」
「は、はい。それじゃあ、また」

再度微笑み、オフィスから出て行く浦原。
そしてそれを見送る一護。



その様子を、ただ満月だけが見ていた―――








「A定食」の双間暁様に捧げます。

スイマセン。続きます(痛)
な、長い・・・!



 >>