全ては穏やかに、密やかに。
そして、確実に。







wirepuller α (穏やかさに潜む躊躇いと不安)







「ねぇ、」
「ん?」
「・・・何でもない。」


水と木と風がある、いつもの場所。
珍しく口ごもる相手に、一護は訝しむように目を眇める。

どうしたのだろうか。
先日、大量に出現したギリアン級・アジューカス級大虚の討伐にあたったのだが、それと何か関係しているのか・・・。

以前顔を合わせた時から現在に至るまでの変化と言えばそれくらいしか思い当たらない。
しかし一護はすぐに「そんな馬鹿な。」と胸中で自分の考えを一蹴した。
ディ・ロイとの付き合いは決して長くないが短くもない。
それなりにどういう思考回路で動いているのかも見当がついたし、彼が「黒崎一護」という個体をどう認識しているのかも解っているつもりだからだ。

(俺のこと心配して・・・とか、天地がひっくり返っても有り得ねぇ。)

自分達はそんな間柄じゃない、と苦笑して、一護は腰を上げた。
それをディ・ロイが視線だけで追ってくるのがわかる。
一歩前へ出てディ・ロイを視界の外にやると、一護はスッと息を吸い込んだ。
木と土と水の匂いが胸に満ちる。

「なぁ、」
「なに?」

今度は一護が呼びかけた。

「仕事の話、しても構わねぇか?」
「・・・いーよ。別に。」

いきなり何だ、という気配の後、了承の言葉が返される。
二人で会う時に互いの存在としての対立、つまり死神と虚の対立と言うものは、今まで殆ど口にしたことが無かったのだが、それは単に偶然そうなっていただけで、特に忌避するようなものではないからであろう。双方にとって。

(今さら相手が「何」だって考えてもな。)

ディ・ロイはディ・ロイ。
虚である前に彼は彼であり、そしてきっとディ・ロイにとっても一護は死神である前に一護なのだ。
しかし今の一護はディ・ロイに“虚”として話を訊こうとしていた。
まるで自分が彼を裏切っているような、そんな気がして、一護は幾らか申し訳なさを感じながら「サンキュ。」と呟く。

「虚圏のことなんだけど、」
「コッチのこと?」
「ああ。そっちで何か変なこと起きてねぇか?最近メノスの出現率が異常なんだよ。」
「うん。確かに変なことはあったね。」

にっこりと。
ただし目だけは冷たくディ・ロイが笑った。
どうやら何か嫌なことを思い出してしまったようだ。
遠いどこか(おそらく虚圏)を見据えて「ふふっ・・・」と、聞いている此方の背筋が冷たくなるような吐息を漏らす。

「えっ・・・と。何があったか訊いても・・・?」

恐る恐る相手に顔を向けてそう言えば、ディ・ロイは冷たく綺麗な笑顔を消して少々拗ねた様子を見せる。
次いで「俺のお茶とお菓子を奪ってくれちゃったクズ共のことなんだけど、」と語り始めた彼に、一護は耳を傾けた。
ディ・ロイの話によって判ったのは、虚圏でギリアン達がおかしな行動(集団での行動)をしていたこと、そしてその集団を率いていた者がいること、その者の正体はディ・ロイも知らないということだった。

「ふむ・・・」
「こんなもんかな。それにしてもあの野郎・・・今度見かけたら絶対潰す。」

一護が情報を整理している横で、ディ・ロイが姿も知らぬ虚にぶっ潰し宣言を行う。
顔も名前も知らない奴をどうやって見るつけるんだとは思うが、ひょっとしたら霊圧を覚えているのかも知れない。
ご愁傷様、と心にも無いことを口の中で呟いて、一護は顎にやっていた手を退けた。
視線の先では当時の怒りを思い出してか――そんなにお茶とお菓子が欲しかったのか・・・とは口に出すまい(ちょっと嬉しく思ってしまうのは気のせいだ)――、ディ・ロイが舌打ちをしている。
そんな彼に笑いかけて一護はゆっくりと歩き出す。

「ほら、いつまでも引き摺ってんなよ。まだまだ時間はあるんだし。一回くらい良いじゃねーか。」
「わかってるよ。」
「なら良し。・・・ちょっと歩こうぜ。気分転換。」
「・・・しょうがないなぁ。」

クスリと笑ってディ・ロイも足を踏み出した。

「次のリクエストはねー・・・」
「あぁもう、またかよ・・・」


天気は良好。風は穏やか。
嫌そうな台詞であるにもかかわらず、酷く楽しそうな声が一護の口から零れ落ちた。










(それは最後の穏やかな日だった。)








一護+陛下なのかロイ一なのか一ロイなのか分からなくなってきた・・・。
とにかくバッドエンドに向かってまっしぐらです。

(2007.03.10up)