「何だあれ・・・」

場所は虚圏。
ディ・ロイはどこまでも続く乾いた砂地の上で蠢く点に目を留めた。
星の無い夜空に唯一つ浮かぶ月の明かりによって確認出来る姿は多数。
影が重なり合って正確な数までは掴めない。
ただその、のそりのそりと動く大きな影がギリアンであることだけは判った。

「ギリアンの群れだなんて・・・。どっかのバカが集めてんのかねぇ。」

下位の虚は上位の虚に従う。
ならば、このように奇妙なギリアン達の行動もどこかのアジューカスかヴァストローデによるものかも知れない。
ただ探査神経を使ってまでギリアンを率いる何者かを特定する気も起きず、ディ・ロイはすぐに興味を失ってそこから視線を逸らした。


それが、二日前の話。







wirepuller α (The nightmare will come.)







黒崎特務長を含む王属特務の数人が大虚討伐のため、現在、現世に赴いているらしい。
再び尸魂界に訪れ、その話を耳にした(盗み聞きとも言う)ディ・ロイは、「もしかして・・・」という呟きと共に虚圏で見た光景を思い出していた。
今、現世で跋扈しているのはあの時のギリアン達かも知れないのだ。

王属特務のトップが出向くほどなのだから、当然その数も一体や二体ではなかろう。
しかしギリアンが現世にてそんなに大勢で行動するなど、普通なら有り得ない。
つまりは、誰かがギリアンを動かしている、ということ。

己が虚圏で見たギリアンを動かす誰か。
その者の正体を探らなかった自身に対し、ディ・ロイは小さな舌打ちをして不満を漏らす。


「・・・ったく。どっかの誰かの所為で今日は無駄足じゃん。」
―――話し相手もお茶もお菓子も無い。

ディ・ロイは、そのお茶やお菓子の提供者でもある話し相手を心配する様子など無く――だって「彼」の実力ならば心配する必要が無い――しかし、何か嫌な予感を覚えて僅かに眉根を寄せた。
今ではないが、決して遠くない未来。
此処にある自分の日常の一部が変わってしまうような、無くなってしまうような感覚だった。


「そんなこと、あるはずが無い。」

無意識にそう呟き、声の弱さにハッとなって頭を振る。
俺らしくないなァと苦笑しながら零して、ディ・ロイは遠くに見える「彼」の普段の仕事場を見つめた。
今は「彼」の居ない其処を。
巨大で壮麗な建物は変化を知らぬが如く聳え立っている。
それはきっと、これから何十年、何百年、何千年と存在し続けるのだろう。

ディ・ロイは“先”へと思いを馳せるように目を細めて、じっとその建物を眺め続けた。
その脳裏をスッと明るい橙色が掠め、深緑の瞳が瞼の裏に隠される。

「・・・・・・・・・変わらない、よね。」



祈りにも似た呟きは、風に運ばれて誰にも届くことなく消え去った。








誰も居ない所だと少し脆い部分が出てしまう陛下。
(wirepuller 0「小さく、けれど確かな予兆」と同時期。)

(2006.11.27up)