俺がアイツの異変に気付いたのはいつ頃だっただろうか。



破面が住まう城は、なにも居住区だけで構成されている訳ではない。
普段、皆が訪れない様な区域も此処には多々存在している。
そして今、俺が向かっている先もそんな場所の一つだった。

カツンと足音が石壁に反響する。
踏み入れたのは城の最下層。
存在すら知らぬ者もいるであろう、そんな空間の使い道は…。

「また派手にやったな。」

漂う血臭を嗅げば気付くかもしれない。
灯りが殆ど無い薄暗い巨大な部屋には所構わず赤い体液が付着し、そして原型を留めていない同胞やその成り損ないが何体も転がっていた。

…此処は処理場。
藍染様の命に背いた者や力無き者達が行き着く場所だ。
そんな屍しかない様な所に一つだけ動く影。
その小柄な人影に俺は躊躇いも無く近づいた。



「今日は随分と荒れている様だが…どうかしたのか?ディ・ロイ。」

そう声をかけるがディ・ロイは振り向かない。

ポタポタと雫の落ちる音が聞こえる。
それほど静かなこの部屋で俺の声が聞こえぬ筈ないのに。

いや、それ以前に彼が俺の霊圧に気付かない訳ないのだ。
なのに何故…。
一体どうしたのか。

内心で首を傾げながらも更に近づいて行く。

「ディ・ロイ?」

血溜りを踏み付ければぴちゃりと水音が立った。
すると今まで何の反応も返さなかった背が僅かに動き―――。





「…ッ!?」

顔の真横を掠める手刀。
突然襲い掛かってきたそれをなんとか躱し、俺はディ・ロイから離れる。
だが、一撃目を避けた途端、間を置かずに二撃目。
眼前に迫るディ・ロイの顔を見て俺は息を飲んだ。
そこにあったのは底無しの闇。
全くの無表情でただ眼球に外の景色を映しているだけだったのだから。

ピッと頬に痛みが走る。
だが攻撃をくらった訳ではない。

「俺に殺気を向けるか。」

頬に走った裂傷はこちらに向けられた殺気と霊圧の所為。
俺の鋼皮に傷を付ける程の霊圧の大きさに、背中を嫌な汗が流れた。

「全く、俺とゴミの見分けくらい付けろ。」

小さく舌打ちし、それまで後ろに下がって攻撃を躱していた俺はそこで初めて前に出た。
そして。

「ディ・ロイ!俺だっ!」
「…ッ」

ゴミ共の返り血で赤黒く染まった髪を鷲掴んで叫べば、ハッとする気配。
網膜に俺の姿を映すのではなく、ようやく俺と目が合ったディ・ロイが目を見開いて間抜け顔を晒した。

「目が覚めたか。」
「ウルキオラ…?え、あれ?」

何度も瞬きを繰り返し、混乱気味のディ・ロイ。
やっと正気に戻った彼に俺は溜息を零す。

「あれ?・じゃない。どう言うつもりだ、いきなり攻撃とは。」
「いや…えっと。ごめん。」
「…?やけに素直だな。何か悪い物でも食ったか?」
「うわ、ヒドッ」

そう言ってディ・ロイは笑う。
しかし顔の筋肉はいつもと同じように動いている筈なのに何故か違和感が拭えない。
何か必要な物が欠けている様な、そんな感じがする。

「ディ・ロイ、お前…」
「ん?」

なぁに?・とこちらを見る目に次の台詞が詰まる。
代わりにワンテンポ遅れて別の言葉を吐き出した。

「お前が此処に来るなんて久しぶりだな。俺の任務に付き添うだけじゃ殺し足りなかったか?」

わざとかと思えるほど大量の返り血を浴びた姿に上から下まで視線を走らせ、更に「酷い有様だぞ」と付け足す。

「あははー。ちょっとね、むしゃくしゃしてたモンで。」
「なんだ、またイールフォルトに邪険にされたか?」
「なッ!?そんな事ないってば!オレとイールはいつでもラヴラヴなんだから!」
「ハイハイ。それは結構な事で。」

からかったつもりが結局惚気を聞かされ、俺は苦笑を浮かべる。
だが同時にいつも通りのディ・ロイの態度に安堵も覚えていた。

…そう、愚かにも。








それはもう、「後悔」ですらなかった。

(2006.07.22up)



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