この感情がプログラミングされたものだとしても
偶然生じたバグだとしても
俺は別に構わなかった
痛みと幸せがあの人によって引き起こされる
ただそれだけが俺の真実だったから
























最初の記憶は冷たいコンクリートの壁と腕に食い込む鉄鎖の感触。
今にも下がりそうな瞼はけれども下がる事が無く、頭の奥で鈍く重い痛みが続いていた。

カツンと硬質な足音。

ふと顔を上げれば薄暗い部屋に人影が一つ。
その背後にはドアが半開きの状態であって、細い光の筋が差し込んで来ていた。


「…ディ・ロイ。」


その単語に体が反応する。
ディ・ロイ…?俺の名前なの?
そう思うが、解らない。
自分が誰なのか、此処は何処なのか、なぜこんな目にあっているのか。全て。

人影が近寄って来る。
すっと伸ばされた腕。
無意識に体が震えた。



パンッ



「…っ!」

乾いた音がして横顔を殴打された。
腕に巻かれた鎖が耳障りな音を立て床に倒れこむのを阻止する。
壁に縫い付けられたまま俺は目の前の人物を睨み付けた。

「っ、いきなり何を!」

頬が痛い。熱い。
訳が解らない。

混乱と怒りと屈辱と。
それらが綯い交ぜになって脳内を支配するが、ゾッとするほど冷たい声に一瞬にして抑え付けられた。

「ふーん…口答えだけで暴れたりはしない、か。お前は成功なのかな。」
「一体何を言って…」
「ん?」

知りたい?と声が続く。
知りたいと思う。
けれど頭の片隅では否定しろと声がする。

目の前には薄い笑み。酷薄なそれ。
気付けばただ操られる様に俺は首を縦に動かしていた。

「そう。いい子だね。」

満足そうなその声に、幸福感を得るのはなぜか。
人影はさらに近づき、やがて俺の腕を戒める鎖へと手を伸ばした。

「何…」
「外してあげる。どうせ『前』みたいに暴れられたら困るんでつけてただけだし。それにお前はいい子だから。」

ニコリと笑みが向けられ、この身を占める幸福感が一気に増す。
原因不明のそれに戸惑いながら、けれども満たされていくことにただ身をゆだねた。

「まぁこれからお前が何なのか話してあげてもいいんだけど…それはまた今度。」
「…?」

告げられた言葉に俺はただ疑問符を浮かべる。
しかし人影はそれに構う事無く踵を返し、こちらに背を向けた。

「まっ…」

待って!
名も知らぬ彼をそう呼べば、くるりと振り返る甘い笑み。

「ごめんね。イールが探してるみたいだから。」

聞き覚えの無い固有名詞はどこか幸せそうな響きがする。
そのまま俺が言葉を発っせないでいると、彼は今度こそ部屋から出ていってしまった。

この身を占めていた淡いものが消え去り、また暗い部屋に一人きり。
いつの間にか消えたと思っていた頭痛がまたぶり返す。


「…ッ痛。痛い、よ…」


何もないはずの胸からは刺すような痛みが生じ、俺は為す術もなくその場に蹲った。








生まれなきゃ良かった・・・て思うことはある?

(2006.07.17up)



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