「りゅうが、みね……?」
「しずおさん……?」
 父親が再婚する事になった。母親とは帝人が中学にあがる頃に死別しており、高校生になった自分が今更父親の再婚にどうこう文句を言うつもりは無い。たとえちょっとばかり年の離れた姉さん女房であってもだ。
 しかしこれは無いだろうと思う。まさか再婚相手とその子供達との初顔合わせが相手の名前すら知らされない状態で行われるなんて。加えてその相手が―――。
「なんだ帝人。お前、静雄君と知り合いだったのか」
「あら静雄。貴方、帝人君と知り合いだったのね。でももう貴方も『竜ヶ峰』なんだから、ちゃんと名前で呼んであげないと」
 帝人の父、そして“あの”喧嘩人形こと平和島静雄の母が朗らかに笑いながらそう告げる。
 いやいやこれはない。これはないよ。
 という心情は帝人だけでなく静雄も抱いたらしい。全く似通ったところのない、むしろ全てが正反対な二人だが、この時ばかりは見事にシンクロしてみせた。
「「先に説明しといてよ(しといてくれよ)!!」」
「仲が良いなぁ」
「そうですね、竜也さん」
 しかし息子二人――“元”平和島の幽は仕事のため不在――の叫びもさらりと流して親達は笑顔のまま。これには帝人どころか静雄も脱力するしかない。
 こういう性格の人物だからこそ他人とは違う膂力を持つ静雄を育てられたのだろうか、と新しく自分の母親になる女性を見つめて帝人は思う。とりあえず己の父親の事は脇に置いておいて。
(……あ)
 ふと親から視線を移動させれば静雄と目が合った。逸らせば食われるなどという事はないし、静雄の目つきが厳しい訳でもないのだが、何故か視線が動かせない。
 そうして二人はしばらく無言を保っていたが、
「……まあ、なんだ。幽共々よろしくな、……えっと、帝人」
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします。し、静雄さ……、静雄兄さん」
 反射的に返答するが、この人が自分の兄になるのだと思い出して「兄さん」と呼び直し、帝人はぺこりと頭を下げる。
 そんな息子達の様子を見守る両親の視線はどこかほっとしたものを滲ませていた。それは頭を下げて再び上げた時の帝人の表情が決して現状を厭うものではなかったからと、帝人を見つめ返す静雄の雰囲気が柔らかかったからに他ならない。
 これなら大丈夫だろうと親達は顔を見合わせて微笑む。
 そして、
「じゃあ、帝人。お前は今日から静雄君と一緒に暮らすように」
「……は?」
 父親に視線をやった状態で帝人の身体が固まった。
 今、この男は何と言った?
 ギギギ、と油切れした機械のような動作で帝人は静雄を見る。
(この人と僕が?)
 静雄もまた目を点にして、現在は思考停止状態にあるらしい。この停止が解けたらどうなるのだろうと心配してしまうのは、池袋に住まう人間として間違った事ではないはずだ。むしろ勝手に進められていく話の中、彼が一度もキレていないのは奇跡にも等しい。
 静雄から父親へと視線を戻し、帝人は口を開いた。
「……えっと。どうして僕と静雄さ……静雄兄さんが一緒に住まなきゃなんないのさ」
「帝人は静雄君が嫌いなのか?」
「そ、そんな事ないけど!」
 『池袋の自動喧嘩人形』を恐れての建前ではなく、この言葉は帝人の本心だ。不変や平穏を望む者ならともかく、非日常を求めるタイプの帝人が静雄のような存在を嫌うはずもない。
 だがそれと一緒に住む事とは話が別だろう。
 まず静雄の意思はどうなる。この様子からして、彼も全く聞かされていなかったに違いない。
「突然すぎるんだよ」
「だがなぁ」
 父親は言葉を濁らせ、じっと帝人を見た。そして妻となる女性と顔を見合わせると、今度は彼女が口を開く。
「あのね、帝人君」
「は、はい」
「ここに来る前、貴方が住んでるアパートを二人で見てきたの。竜也さんも住所は知ってたけど実際に訪ねた事はないからって」
「はあ」
 それがどうかしたのだろうか、と帝人は四畳半の我が城を思い出しつつ曖昧な相槌を打つ。
 すると帝人の母親となる女性は僅かに目を伏せ、躊躇う雰囲気を漂わせながらも言い切った。
「もっとちゃんとした所に住みましょう? ね?」
 彼女の優しそうな目は語っていた。あれはない、と。
 確かに現代の高校生が住むにはいささか、いやかなり、そりゃもう、ボロい。一般常識と照らし併せて帝人もそれは解っている。だがあれでも高校入学以来ずっと暮らしてきた部屋だ。今更さして引っ越したいと思ってもいなかったし、しかも移った先が静雄と一緒(加えて相手方に確認をとっていない)とは。
 ちらりと静雄を一瞥するが、まだ彼の動きはない。否、帝人の住まいが母親にこんな顔をさせる代物だと知ってその表情は若干だが物言いたげになっていた。
 静雄の様子を窺った帝人の隙を突いて母となる女性は更に続ける。
「それにあのアパートじゃ安全面でもすごく不安があるのよ。こう言っちゃうと帝人君には申し訳ないんだけど、静雄みたいな強い子ならともかく、貴方のような子があんなアパートで一人暮らしだなんて」
 偽善でも嫌味でもない、本心から帝人を案じる言葉だった。だからこそ帝人は何も言えない。加えて実際、高校入学後すぐに怪しい人間達――矢霧製薬配下の者達だが――の侵入を許し、かなり危ない目にも遭っているので、余計に言うべき台詞が見つからない。
「……一緒に住むってのは俺が今住んでる部屋でいいのか?」
 沈黙する帝人の代わりに声を発したのはこれまでずっと黙っていた静雄だった。その声は彼の名前の通り静かなもので、怒りの感情は欠片も含まれない。疑問系ではあるが、静雄の台詞は帝人と一緒に暮らす事を肯定している。
 それを聞いた母親はふわりと笑みを浮かべて「ええ」と答えた。
「本当は幽が持ってるマンションで兄弟三人で生活できればいいと思っていたんだけどね。でもほら、幽のマンションの周りは雑誌の記者さんなんかがよく見張っていたりするでしょう? だからせめて静雄と帝人君は一緒に暮らして仲良くなって欲しいの」
「そっか」
「しばらく一緒に暮らしてどうしても不都合が出てきたら……仲良くできないとか、生活リズムが違いすぎるとかね。そんな事が出てきたらまた私達も考えるけど」
 いいでしょ? と問う母親に静雄は一度だけ頷いた。
「ね、帝人君も」
 母親と静雄の二人分の視線が帝人に向く。
 なんだか物凄い事になってないかと思う帝人だったが、一番重要な静雄本人が頷いてしまったのだから、もう答えは一つしかないだろう。
 帝人は父親を一瞥し――すると彼に微笑まれた――、新しく家族となる二人に頭を下げた。
「えっと、よろしくお願いします」
「ん」
「よかった」











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