「静雄さんの奥さんって帝人さんに似てますよね」
 ―――と言うか帝人さんを女性にしたらあんな感じになるんじゃないかと思います。
 そう続けた年下の友人に“竜ヶ峰帝人の妻”は控え目に苦笑を浮かべた。
「それ、平和島さん本人に言っちゃ駄目ですよ? きっとまだあの人は気付いていない事でしょうから」
 平和島静雄の妻がたまたま竜ヶ峰帝人に似ていたのか、それとも……。その答えを本人に出させてはいけないと告げる杏里に、茜は首を傾げる。だがややもしないうちに杏里の言葉を理解して「あー」と納得したような呆れたような、そんな声を上げた。
「……確か帝人さんって静雄さんにとっては『日常』や『平和』の象徴、だったんですよね」
「殆ど無意識だったみたいですけど。『日常』だから意識する必要すらなかったのかもしれません」
「そう言えば静雄さんの周りに居る人って、私を含めて一般人じゃない割合の方が多いですよねー。例外は静雄さんの奥さんと、それから帝人さんだけ、なのかな。まぁ帝人さんは今じゃ有名企業の社長さんで、ちょっと一般人の範囲からはズレちゃってますが」
 そこまで言い切り、茜はアイスティーに刺さったストローを口に咥える。グラスの底に溜まったシロップが喉を焼いて眉を顰めると、正面の席に座る杏里がくすくすと小さく笑った。
「甘すぎる……」
「そうですね。ちゃんとかき回しておかないと」
「でも杏里さんは全く甘くないですよね」
「え?」
 茜の言葉に杏里はキョトンと首を傾げる。眼鏡の奥の瞳が大きく見開かれ、茜を映し出していた。
「だって杏里さん、気付かせちゃ駄目だって言ったじゃないですか」
 氷が浮かぶアイスティーをストローでカラカラとかき回しながら茜は言う。
 杏里は先刻自分が告げた台詞を思い出し、「それは……」と少し恥ずかしそうな表情を見せた。だがすぐにその羞恥は茶目っ気を含む笑みへと変換され、杏里は内緒話をするように声を潜めて言葉を紡ぐ。
「だって、ほら。帝人君を盗られる訳にはいきませんから。ライバル足り得る人物にわざわざ塩を送る必要は無いでしょう?」
「臨也さんはいいんですか?」
 ひょっとしたら杏里よりも親密であろう人間の名前を挙げる茜。しかし少々一般から外れた関係とは言え長年帝人の友人そして妻を続けてきた女性は構わないのだと首を横に振った。
「あの人は一生あのポジションから動かないでしょうから、いいんです。帝人君が私に振り分けてくれる愛情の量が変わる訳じゃありませんし、それに折原さんを今の位置から動かそうものなら、帝人君が悲しみます」
 でも平和島さんは別、と杏里は続ける。
「これ以上他人を寄せ付けて帝人君がその人に手を伸ばす姿を、私は見たくない。私だって帝人君がずっとずっと好きだったんですから」
「杏里さん……」
 普段お淑やかな女性の中に潜む苛烈な一面を垣間見たようで、茜は言葉を失う。だが帝人の傍に居続けるにはこれくらいでないと不十分なのかもしれない。彼は癖のある者達にばかり好かれているようだから。
 と、そんな風に帝人の周りにいる者を思い浮かべていた茜に、杏里は「だから」と付け加えた。
「だから茜ちゃんも今の位置を保ってくださいね?」
「あんり、さん……?」
「だって茜ちゃんもまた、帝人君が大事にしたい人の一人で、尚且つ非日常でもあるんですから。……帝人君は非日常より他人と一緒に居る事を選びましたけど、それでも非日常が嫌いになった訳じゃないんですよ」
「わかって、ます」
 ずっと帝人を見てきた人間の言葉には重みがあった。きっと彼女が語る事は全て事実なのだろう。
 自身に与えられる不可視の圧力を感じながら茜はゆっくりと頷いた。







ダークレッドの淑女








杏里ちゃんは帝人以外何も要らないくらいに思ってますが、それを実行に移すと帝人が悲しむのでやってません。
それと罪歌は相変わらず博愛主義です。(でもひょっとしたら杏里の感情に引き摺られてるかも……?)