六ツノ狂気ノ来襲 2












「よろしくするつもりはねぇが、お前の相手は俺がするぜ。」

水浅葱の破面・グリムジョーの霊圧に圧されて固まるルキアを庇うように一護がそう言って前に出る。
直接的にグリムジョーからの霊圧が一護によって防がれたという訳ではないが、それでもルキアは幾分楽になったらしく、僅かに表情を緩めてこれから起こる戦いの邪魔にならないよう後退した。
ただし完全に戦線を離脱するのではなく、いつでも一護のサポートが行えるような位置取りで。
一護は背に庇ったルキアの様子を気配で察しながらしゅるりと刀身を覆う布を解いて斬月を構える。
戦う気概を霊圧で示せば、空中に立つ水浅葱の狂気がニヤリと口を歪めた。

「はっ上等ォ!じゃあ望み通りテメーから風穴開けてやるよ!!」

最後の呼気と同時にグリムジョーが一護に向けて急降下する。
一護はその鋭い手刀を斬月で受けたかと思うと、半歩引いて力に逆らわず相手を後方に流した。
着地点がずれ、代わりにグリムジョーの攻撃を受けた民家の塀がドコォ!と轟音を立てて瓦解する。
飛んで来た礫を左手で弾きながら一護は半眼になって呟いた。

「・・・今更かもしんねーけど、街壊して大丈夫なのか?」

あと地域の皆様が起きちまうだろ流石にっつか怪我人出るかも、と続けてもうもうと上がる粉塵を見つめる。
一護は“視える人”であるがゆえに死神と破面(または虚)の戦いが一般人からどのように見えるのか知らず、正確な所は何とも言えないのだが、それでも霊圧のぶつかりやそれによって生まれる衝撃などは一般人レベルでも違和感を覚えたり果ては閃光などが見えている可能性がある。
加えて今のように人間が大勢居る場所での物理的被害―――要は建物の一部が壊れるなどの事態が発生した場合、どんなに霊感が無い人間だろうと流石に気付くはずだ。

『ああ、それなら―――』

白い彼が一護の疑問に答えようとする。
だがその前に粉塵を切り裂いて影が飛び出して来た。
今度の一撃も最小限の体捌きで躱す。
僅かな足運びと手首の動きだけでそれを成しながら一護は「それなら?」と胸中で白い彼の言葉を促した。

『どうもさっき尸魂界側が何かやったみてぇだぜ。ま、たぶん空間凍結あたりだろうな。これで人的被害はゼロのはずだ。ついでに一般人が異変に気付くこともなくなる。』
(人的被害“は”ゼロ?だったら建造物の方はどうなるんだ。)
『そりゃあとで尸魂界が直すに決まってんだろ。ちなみに費用は戦闘してる死神持ちだったり護廷から支給されたり、状況による。』
(・・・・・・。とりあえず後者であることを願う。)
『どうせ前者でもお前以外の死神が払うことになると思うけどな。』
(はは・・・でもどっちにしろ、被害は少ない方がいいってことか。)

無残に砕けた民家の塀を一瞥して苦笑。
それから一護は三度目の攻撃に対し、今度は躱さずしっかりとその場で受け止めた。

「速度も力も十二分にあるが、それも直線ばっかじゃ無駄になっちまうぜ?」
「テメ・・・っ!」

力量の差を見せ付けるような一護の物言いにグリムジョーが怒りを露わにして霊圧を高める。
だが一護も同様に斬月に込める力を強くしたため拮抗状態は変わらない。
それどころかジャリと一護の足元で草鞋が砂を噛む音がしたかと思うと、次の瞬間には一護が斬月を片手で握ったまま勢いよく振り抜いていた。
力のぶつかり合いに負けたグリムジョーの体躯が上空へと飛ばされる。
その身が空中で体勢を整える前に一護もまた地面を蹴りつけ相手に肉薄する。

「地上で戦り合うよりは、こっちの方が被害も少なくなるだろ。」

他人に聞かせるつもりのない音量で囁き、超近距離で再び斬月を一閃。
まだ相手の霊圧硬度を貫くほどの霊圧を込めていなかったため、その一撃はグリムジョーの身体を真横に吹き飛ばすに留まる。
だがそれでも打撃の威力は相当だったらしく、飛ばされた先でようやく踏み止まったグリムジョーの体勢は片膝をつくという本人にとって屈辱的なものになっていた。
怒りと憎しみの篭った視線を受けるも、一護が怯むことはない。
その代わりという訳でもないが、自分からだいぶ距離が離れた場所で現世に来ている死神達の霊圧が急激に跳ね上がったのを感じて僅かに片眉を上げた。

(限定解除か。)
『さっきから他の破面モドキ共も本気になってたみてーだからな。』
(それと一角の野郎・・・この霊圧は卍解してやがんじゃねぇか?)

おいおい、と呟く一護の顔には苦笑が滲む。
どうやら尸魂界で一護と戦ったこともある斑目一角には、あの時には見せなかった“とっておき”があったらしい。
何の理由があってかは知らないが、他人に自身が卍解可能であることを知られたくなかったのだろう。
そして今の状況ならば他の死神達も自分のことで手一杯で一角の卍解には気付かないと踏んだと見える。
生憎、隠していた一人である一護にはこうして知られることになってしまったが。

「そんじゃま・・・って訳でもないが、俺ももうちょい本気出してみますか。どうせ早く片付けた方がいいんだし。」

一角の霊圧に釣られたと言うほどでもなかったが、一護はうっすらと笑みを浮かべて斬月を正面に構えた。
破面の物とは異なる白い衣の裾が夜風にはためく。
だが一護が攻撃を仕掛ける前に声が聞こえた。

「っざけんな。」

発生源は前方、グリムジョーから。
二本の足で立ち上がった水浅葱の破面は全身から怒りの気配を漂わせて一護を睨み付ける。

「もうちょい本気出す、だぁ?ンな余裕ぶっこいてねぇでさっさと卍解ってやつをしやがれ!」
「その台詞は俺の一撃を受けても二本の足で立ってられるようになってから言ってくんねーかな。今の俺、別に前みてーに急いでる訳でもブチキレてる訳でもないんで。」

だから卍解する必要性を感じない、と一護は笑う。
途端、グリムジョーが宙を蹴って跳びかかってきた。
全力だろう突撃を刀身で受けると幾らか押されて後退する。
だがその距離もたかが数十センチ程度だ。

「確かにお前の方がこの前相手したウルキオラとヤミー・・・だっけ?そいつらより力があるのかも知んねぇ。残ってる仮面も少なく見えるし―――」
「うるせぇ!!」
「っと。」

一護の言葉を遮るようにグリムジョーが一閃。
手刀は胸の中心を狙って放たれる。
それを後方に跳ぶことで避けた一護は間髪置かず追随してくる水浅葱の破面に双眸を細めながら次の攻撃を斬月で弾き返した。
二人の間に数メートルの距離が開く。

「へぇ・・・なんだお前、もしかして前の奴らのどっちかに対抗意識でも持ってんのか?だからそいつと同じ状況になるよう俺に卍解しろって言ってくる、と。」
「うるせぇって言ってんだよ!」
「半分くらいは当たってそうだな。」

右の手刀、左の手刀、次にまた右手と見せかけて今度は左脚が頭部を狙って放たれる。
その攻撃一つ一つをしっかりと防ぎ、躱し、また体勢崩しを狙って弾き返しながら、一護は笑みを深める。
そして未だ抜かれていないグリムジョーの斬魄刀を一瞥すると、

「いいぜ、だったら卍解で相手してやる。」

囁くように告げ、斬月を両手で構えた。

「卍解。」

言葉が放たれると共に一護の霊圧が急上昇する。
先日のウルキオラとヤミーの件に関しては、一護が最初から卍解状態で相手に反撃の隙を与えなかったため、彼らが各々腰に差している斬魄刀を抜くことはなかった。
そして素手でも充分戦えるであろう彼らにとって斬魄刀を抜くというのは、おそらく死神における始解もしくは卍解に相当するのではないだろうか。

白い彼の知識が無くともそう予想しながら一護は内心で笑う。

ならばグリムジョーがなかなか斬魄刀を抜かないのにも納得がいく。
ウルキオラやヤミーが斬魄刀を抜かなかったのも理由だろうが、そもそもきっと破面(しかもおそらくはギリアンよりも上に位置する虚だった者)から見れば死神など取るに足らない存在であり、そんな相手に対して卍解級の霊圧上昇に至ることはプライドが許さないのだろう。
ゆえに対戦相手たる死神にも、己が斬魄刀を抜く前にその卍解を求める―――。

果たして、一護の予想は正解らしく、視線の先でグリムジョーの顔が満足げに歪められた。
その左手は腰の鞘に添えられ、右手が柄に掛かっている。
やがて半分仮面に覆われた口が開き、

「軋れ―――「そこまでだ。」
『悪い、一護。ちゃんと霊圧察知できてなかった。』
(いや、いい。周りがデカい霊圧ばっかだったし、相手も結構しっかり隠してやがる。仕方ねーよ。)

グリムジョーの斬魄刀が抜かれることはなく、彼の背後に一つの影。
かつて一度だけ見たことがある人物の登場に白い彼は低く呻き、一護もまた返す言葉に苦笑を滲ませた。
戦いを止めた者―――尸魂界の反逆者・東仙要が白い衣装に身を包んだ姿でグリムジョーの左肩に手を置き、光を映さない瞳で瞼越しにグリムジョーを見る。

「刀を納めろ、グリムジョー。」
「東仙・・・!なんでてめぇがここに居んだよ!?」
「“何故”か・・・だと?解らないか、本当に?」

怒るでもなく嘲るでもなく、東仙の声が淡々と闇に響く。
同じ側に属するはずのこの二人、どうにも友好的とは言えないようだ。
友好的ではない・・・が、上下関係はあるらしい。
東仙の発した藍染と言う名が利いているのかも知れないが、グリムジョーの態度は従順でなくとも決して反抗的ではない。
刀を納めろと言われれば斬魄刀に掛かっていた手を脇に下ろし、東仙の言葉に耳を傾けている。
グリムジョーの来襲が藍染の意思ではないこと、共に現世に来た他の破面モドキ達が死神の手によって屠られたこと、それらを東仙の口から聞きながら――後者に関しては、確かに破面モドキ達の霊圧が消えているので嘘ではないのだろう―― 一護はそう感じた。
さて、それはともかく破面側の人間が一人増えた訳であるが、このまま二人とも敵として倒してしまうべきだろうか(一護にはそれが可能だ)。
逡巡するも、東仙の態度はグリムジョーに戦いを止めさせるものであって、決して一護に何かしようというものではない。
やがて一護が次の行動を取る前に東仙とグリムジョーが揃ってこちらに背を向けた。

「虚圏に帰んのか。」

一護の問い掛けに返答は無い。
轟音と共に黒腔が開くと、まずは東仙がその中へ。
そしてグリムジョーが続く。
確かに彼らが退くことでこれから起こるかもしれない現世での被害は無くなるだろうが、それでも勝手に攻めて来て大暴れしてくれたことに関して黙っているのも気が済まない。
一護はその背に向かって僅かに殺気を送った。
すると呼応するようにグリムジョーが振り返る。

「次は解放状態で戦ってやる。・・・覚悟しとけよ、死神!」

解放状態―――おそらくは斬魄刀を抜いた状態で、ということ。
黒腔が閉まる直前に聞こえたグリムジョーの声に次の戦いを予感しながら一護は斬月を背中に戻した。

「次、だってさ。」
『次、ねぇ・・・」

たった一言で言いたいことを察してくれたらしい白い彼が考えるように呟く。
その思考から答えを導けるよう一護は言葉を続けた。

「グリムジョーの仮面、この前のウルキオラって奴より剥がれてたよな。ってことは、崩玉が無くとも藍染がそれなりにやってるってことだろ。」
『だから今後現世にやって来る破面は更に完成度を上げている可能性がある、と?』
「って考えも頭に入れとかねーと。そんでそれが本当だった時の対策も。」
『あの破面が多少強くなったくれーじゃ、まだ今のお前に敵うとは思えねーけどな。』
「でもさ、あいつ、No.6って言ってただろ?もしそれが破面の中での強さを表してたとしたら・・・」
『・・・・・・ふむ。用心するに越したことはねーか。』

もし藍染がより完成度が高くより強い破面を現世に送ってきた場合。
それを考えると、一護も決して楽観視して良い立場ではいられなくなる。
各個体の強さ、数、現世に攻め入ってくる時の戦術―――それらがどんな状態であっても一護は確実に対応し、現世を護らなくてはならないのだ。
ならば、一護が備えとしてやるべきことは・・・。

『それじゃまぁ、お前も次の段階に進んでみるか。』

白い彼がやはりまだ余裕を滲ませたまま、幾らか楽しそうに告げた。






















「俺の一護があんなヘボ共に負けるわけねーじゃん(意訳)」とか言ってる白一護は相当の親バカです(笑)











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