六ツノ狂気ノ来襲 1
日番谷達が現世に訪れた日の夜。
自室の窓の向こうに浮かぶ月を何とはなしに見上げた一護は、ふと違和感を覚えて視線を夜空に固定した。 (なんだ・・・?) 聞こえるはずのない音を聞いたような気分。 先日ウルキオラが目の前で開いてみせた黒腔の音がまだ耳に残っていたのだろうか。 『いや、一護。ちゃんと霊圧探ってみろ。』 (・・・?ああ、分かった。) 白い彼の言葉に頷いて一護は両目を閉じ、意識を集中させる。 すると―――。 (・・・・・・・・・虚・・・じゃねぇな、破面が一つ・・・・・・ん?今、増えたな。プラス五つだ。最初の一つが他と違う霊圧してんのは“モドキ”要素が薄いからか?) 『だぶんな。崩玉は無くとも藍染の研究がまた一歩進んで、この前の破面達よりもレベルアップした可能性はある。』 (あー、道理で霊圧が掴みにくいと思った。普通の虚とは違って、デカい霊圧を隠す方法も上手くなってるってわけだ。) だが例え相手が上手く霊圧を抑えていようとも、完璧に“消して”いない限りは見つけることが出来る。 尸魂界で崩玉を使って以来一護の探査能力は殊更精度が高くなっており(ただし自身の霊圧が高いため、やはりそれなりの集中が必要)、しかもこの近辺に散らばっているであろう死神や友人達の霊圧とは違い、今回探ったのは虚のそれだ。 ならば余計に違いがはっきりとして見つけやすくなっているというものだろう。 『で、どうする?』 (どうするも何も、あいつらすぐに仕掛けてくるだろ。しかもこんだけ数を揃えたってことは、この街で霊圧を持った人間には無差別で攻撃するつもりなんだと思う。) 『とすると、危ないのは井上織姫と茶渡泰虎だな。石田雨竜は霊圧ゼロの状態だし、破面共も他の“幽霊が見える”程度の人間に攻撃を仕掛けるくれーなら、先に死神を相手に選ぶだろ。』 (井上は確か乱菊さん達が近くに居るはずだから大丈夫だとして・・・。チャドがヤバいな。) おそらく一人で怪我の療養中であろう友人に思い至って一護は眉間の皺を深める。 今、彼が襲われても護ってくれる誰かはいない。 ましてや茶渡の身体は先の破面との戦いで負傷し、攻撃のための右腕が満足に使えない状況だ。 もう間も無く集まった破面達が各標的の所へと散開するだろう。 時間が無い。 一護はちょうどタイミングよくドアをノックしてきたルキアに事のあらましを告げると、付け足すように茶渡の所へ行くと言って死神化する。 そのままルキアのすぐに後を追うという言葉に頷き、白い死覇装姿で窓の外へ飛び出した。 集まった破面達がついに行動を開始したのは、その直後。 「チャド!!」 「一護か。この霊圧は・・・」 「ああ。この前の奴らと同類―――破面共が来やがった。」 破面よりも一足早く一護が茶渡の元に辿り着くと、ちょうど異変に気付いた彼が家の外に出て来たところだった。 「一体、こっちに近付いて来てる。」 「狙いは俺か。」 「この様子だと、十中八九な。」 告げながら既に戦うため形を変えた茶渡の右腕を見遣る。 一見して完全に修復されているようだったが、発揮出来る力までは元に戻っていないだろう。 「・・・・・・。」 織姫の治療が始まる前に見た無残な姿を思い出して一護の顔が僅かに顰められる。 それは微かな変化だったが、流石に中学から一緒だったためか、茶渡が気付いて宥めるように一護の名を呼んだ。 「この腕は一護の所為じゃない。俺の力不足が原因だ。・・・これじゃ、お前と並んで戦えないな。すまない。」 「・・・・・・、何言ってんだよ。」 茶渡が小さく頭を下げたのを見て一護は一瞬呆気に取られた後、苦笑を噛み殺すように破顔して茶渡の肩を叩いた。 「俺はチャドの手を借りるためにダチやってんじゃねえ。ダチだから手を貸して、手を借りてんだ。チャドだってそう思ってくれてんだろ?」 一護がそう言うと茶渡が顔を上げ、今度は彼が呆気に取られたような顔をする。 そんな友人の様子に一護が苦笑の度合いを高めると、茶渡の表情にも遅れて同じものが浮かび、ほっと肩の力を抜くように笑った。 「・・・ああ、そうだった。」 「おう。ってなわけで折角準備してくれてて悪ィとは思うけど、ここはひとまず俺に任せてくれよな。チャドは無理せずにその腕をしっかり治すこと。」 「いや、治すだけじゃない。もっと強くならないと。」 ―――でなきゃお前が力を借りたいと思った時、充分な力を貸してやれないからな。 最後は冗談混じりな口調で言うも、その声には確かな決意が宿っている。 二人が持つ力には大きな差があって物理的には隣に立つことも背中を守ることも出来ないが、せめて精神的には隣に立っていよう・という茶渡の心境を感じ取った一護は、友人にニッと勝気な笑みを返して彼に背を向けた。 視線を向けた先は破面が近付いて来る方向だ。 「そんじゃ、いざって時はしっかり助けてくれよな。期待してるぜ。」 「ああ。任せろ。」 背中越しの一護の言葉に茶渡が頷き、彼はそのまま走り出す。 向かう先は彼を強くしてくれるであろう人物がいる場所。 その茶渡と入れ違いで今度はルキアが一護の元に現れた。 「一護、茶渡は・・・」 「浦原さんとこに行った。ここは任せてくれるってさ。」 「そうか。」 一護の横に並ぶのは、当然ではあるが黒い死覇装姿のルキア。 久々に見たその姿に違和感を覚えてしまうのは、やはり出会ってから過ごした彼女の大部分が死覇装姿ではなかったからであろう。 「ん?なんだ?」 「いや、なんでも。・・・来るぜ。」 一護の微苦笑に気付いたルキアが頭上に疑問符を浮かべるもそれには答えず、再び前を見据えて斬月の柄を握り直す。 そして直後、二人の前に姿を現わしたのは―――。 「ははっ!待ち伏せかよ。まァ、死神が相手ってことは“アタリ”だからいいけどな。」 空中に立つ人物が一人。 ニヤリと笑うその口の中にはギザギザになった歯が並んでいる。 頭に被るような格好の大きな仮面。 更にその上から布を巻いて右目を隠した破面モドキは露出した左目で一護とルキアを見下ろしながら楽しそうに言った。 片目だけの視線を受けて最初に行動を起こしたのはルキア。 彼女は顔を片目の破面モドキに向けたまま一護に語りかけるため口を開く。 「なぁ一護。ここは私に任せて欲しいのだが。」 「お前に?」 「少しは復活した私の力を見せてやらねばと思ってな。」 かつて一護が見た死神・朽木ルキアの戦闘シーンはたった一度。 戦いと称するには相応しくなく、死神化していなかった一護を庇うという、ただそれだけ。 しかし席官という地位や白い彼の知識にあるルキアの斬魄刀の能力等を考えれば、今の彼女は決して力不足と言えないだろう。 一護はそう判断し、一歩後ろに退いた。 「了解。そんじゃ頼むぜ。」 ルキアは僅かに首を縦に振ることで答えとし、鯉口を切って斬魄刀を下段に構える。 相対する破面モドキは左目を眇めると嘲笑うように口の端を持ち上げた。 「話し合いは終わったか?」 「ああ。私が相手をしよう。」 嘲弄する口調とは正反対の落ち着いた声でルキアが告げる。 「オーケー。じゃあ行くぜ!!」 ドンッ・・・! 片目の破面モドキが叫びと共にルキアへと突っ込んだ。 あまりの衝撃の強さに空気がビリビリと振動する。 激突した二人は一護の横をすり抜けて後方へと勢いよく飛んで行き、同時に撒き上がった砂埃や力のぶつかり合いで生じる閃光の向こうに姿を消した。 閃光が消え、砂埃が粗方収まっても彼ら二人の姿は確認出来ない。 どうやらあの激突から更に別の場所へと移動したらしい。 そんなことをぼんやりと考えながら一護は精神世界の白い彼に問い掛けた。 「ルキアの斬魄刀・袖白雪・・・・・・確か氷雪系のやつだったよな。氷雪系“最強”は日番谷冬獅郎の氷輪丸だったけど、袖白雪は尸魂界で最も“美しい”斬魄刀だっけ?」 『一応はそういうことになってる。・・・ま、ンなもんは人の好みになるんだけどなー。』 純白の斬魄刀というのは確かに美しいだろう。 だが朽木白哉の千本桜は自身が攻撃対象にならなければ非常に見応えのあるものだし、尸魂界でたった二対しかない浮竹十四郎と京楽春水の斬魄刀も人目を惹くものがある。 また一護や白い彼は当事者であるため気にしていないが、天鎖斬月という漆黒の斬魄刀も他者の心を掴むには充分な要素を備えていた。 「あはは。でもまぁ見た目は脇に置いておくとして、正直あの氷結領域の広さには目を瞠るもんがあると思うぜ。円の半径がまだまだ小さいのがちと難点と言やァ難点だが、効果範囲が天まで届くって所は凄いもんじゃね?」 『ただし使い手より敵の霊圧の方が高かった場合、そのまま凍らせて終わりって流れにはなってくれないんだけどな。』 「・・・ああ、そうだった。でもあの破面モドキ程度なら大丈夫か。」 『おう。・・・とか言ってるうちに本当に『月白』が出たぞ。』 「あそこに浮かんでんのはあの破面モドキだな。氷柱の中でしっかり凍らされてやがる。ルキアお疲れー。」 『ここで言っても聞こえねぇって。』 天に向かって氷柱が伸び、それが敵を飲み込んで崩れ去る姿を眺めながら一護と白い彼は小さく笑い合う。 その笑い声が収まると、次いで一護はルキアがいるであろう地点から視線を逸らして独りごちた。 「ま、とにもかくにも一体撃破っと。他はどうなってんだろ。」 告げつつ、空座町に散らばっている死神達と破面達の霊圧を探る。 一体は浦原商店の近く、恋次と戦闘中。 もう一体はなんと啓吾が住んでいるマンションの近くで、一角が戦闘中。弓親も共にいるが、手を出していないらしい。 そして二体が織姫の所に。乱菊と日番谷がそれぞれ相手になっているようだった。 これで空座町で起きている戦闘は全部。 だがそれらを感知し終えた一護は「あれ・・・」と呟いた。 最初に一護が感知したのは六体。 しかしルキアが倒した奴を含めて戦っている(いた)のは五体。 では、最後の一体――しかも一護の勘違いでなければ、おそらくその六体の中で一番強い破面――はどこにいるのだろう。 慌てて更に意識を集中した一護は、その最後の一体が今どこにいて誰の元に向かっているのかを知り、息を呑んだ。 「まずい。ルキアの所に向かってやがる!」 『行くぞ一護!!嬢ちゃんにはキツ過ぎる相手だ!!』 白い彼の言葉に答える代わりに一護が地を蹴る。 一護の足ならば充分間に合う距離だが、それでもウルキオラ来襲時の光景が脳裏を掠めた。 「二度も同じ目にさせるかよっ・・・」 「おお、一護ではないか。」 (間に合ったか。) 破面が辿り着くよりも先にルキアと合流出来た一護は内心でほっと息をつきながら斬月に手を掛ける。 それを見たルキアが不思議そうに眉根を寄せるも、彼女がその疑問を口に出す前に変化は現れた。 「・・・っ、」 「お出ましか。」 押し潰すような霊圧。 一護とルキアに向けて上空から攻撃的な意識が一片の躊躇いもなく降り注ぐ。 そして間を置かず、先程の片目の破面モドキとは比較にならない“それ”が二人の前に姿を見せた。 「何だァ?ディ・ロイの奴は殺られちまったのかよ?仕方無ぇ。んじゃ俺が二人まとめてブッ殺すしか無ぇなァ!」 どうやら破面の衣装らしい、死覇装よりもやや硬めの印象を受ける白い衣。 水浅葱の髪と瞳。 そして右頬と口の半分を覆う形でしか残されていない仮面。 崩玉が無くとも藍染の研究が随分危ないところまで進んでいること、またこの目の前の破面が先日のウルキオラ達よりも強い存在であろうことを表すその姿に、一護の傍らでルキアが息を呑む。 そんな彼女を嘲笑しながら水浅葱の破面はニヤリと口を弧に歪めた。 「破面No.6 グリムジョーだ。よろしくな死神!」 |