黒キ五人ノ来訪 2












「事前に朽木を派遣していたし、お前ももう色々と知っていることはあると思うが・・・一応、俺達がここに来た理由と現状の詳細を話しておく。」

黒崎家、一護の部屋にて、この五人の死神達+ルキアの代表である日番谷の第一声がそれだった。
恋次とルキアはベッドに腰掛け、一角と弓親は壁に背を預け、乱菊は床にどこからともなく持ち込んだクッションを敷いて座り、日番谷が窓枠に腰掛けるという思い思いの格好をしている中、一護は背凭れを正面にして椅子に座り、彼の話を聞く。

「俺達が現世に来た目的は『崩玉』と『黒崎一護』の守護だ。ただし崩玉はお前が魂魄体の状態で飲み込んじまっただろ?よって基本的にはお前を護ることになる。・・・が、何らかの理由で――考えたくは無いが藍染達がお前の腹を裂く、とかな――崩玉がお前の体外に排出された場合は、すまないが崩玉の守護を優先させてもらう。」
「それは構わねーよ。俺も優先順位は弁えてるつもりだ。」
『とか言いつつ、崩玉はお前の魂魄と同化しちまってるからなぁ。』
(藍染達がそれに気付いてる可能性は低いだろうけど、もし気付かれればこのままお持ち帰りされんだろうな、俺。)
『ま、そこまでやらせる気は無ェが。』
(ああ。)

日番谷の言葉に答えた後、一護は白い彼と言葉を交わし、態度に表わすことなく苦笑する。

先の尸魂界・双極の丘での戦いの折、一護は崩玉の封印を解き、そのまま飲み込んで白い彼と力を融合させてしまった。
しかも崩玉は余程親和性が良かったのか、それとも飲み込むと言う使い方が悪かったのか、一護の魂魄と完全に同化しており、今や一護の魂そのものが崩玉と言っても過言ではない状況だ。
一護の身体を定期的に検査している浦原や一心ならともかく、こちらに来たばかりの日番谷達がそれを知っているはずもない。
そして彼らに教える必要を感じられない、むしろ下手に明かせばまた何やかんやと煩くなるのは目に見えているため、一護に彼ら尸魂界の住人の考えを正そうと思う気は起こらず、微妙な勘違いをしたまま話は進んだ。

「ああ、最初にこれを言うべきなんだろうが・・・まぁお前も解ってるよな。」

朽木が最初に言っただろうし、と付け足して日番谷が一護を指差す。

「お前の中にある崩玉を狙っている者達―――筆頭は藍染惣右介だ。そして奴の下に藍染と同じく尸魂界から脱獄して虚圏へ渡った東仙要がいる。あとは仮面を脱ぎ捨て死神の力を手に入れようとする虚達がわんさか。」
「破面、だよな。今はまだあっちに崩玉が無い所為で“モドキ”ではあるんだろうが。」

一護の補足に日番谷が頷く。

「だが“モドキ”ではあるものの、先日お前の元に現れた二体の破面モドキは、こちらの観測だと“モドキ”を取っ払ってもいいくらいの力を持っていた。そりゃもう今までの破面化の進行速度なんか目じゃねぇくらいの急激な変化だ。尸魂界の上層部は皆、虚圏に渡った藍染が本格的に研究を始めやがったと考えている。」
「そんな状態で崩玉まで渡っちまったら手に負えないってことか。」
「そうだ。・・・あと俺達が気に掛けているのがもう一つ。」
「?」

疑問符を浮かべる一護。
そんな一護を前に日番谷は厳しい声で告げた。

「護廷の隊長格に相当するレベルの破面が生まれるかどうかってことだ。」
「あー・・・っと、それってつまり虚の、正確に言えば大虚の階級が問題になってくるやつか。」
「・・・、知っていたのか。」
「まぁな。それなりに知識量はあるつもり。ほら、俺の近くって結構“特殊な人間”がいるし。」

頷き、一護は日番谷の語りたかったであろう言葉を引き継いで続ける。
尚、勘違いされるような言い回しをするのは、詳細を知らない相手に一護の知識量の理由(知識を与えてくれる人間が誰なのか)を誤魔化すための手段だ。

「虚ってのは基本的に普通の虚と大虚って言われる虚に分類される。だが大虚と一括りにされる虚にも階級はあって、下からギリアン級、アジューカス級、ヴァストローデ級の三つがそれだ。・・・よな?」

一応この場のトップである日番谷を窺い、間違いがないことを確認して次へ。

「んで、ちょくちょく現世に現れることもある“雑兵”のギリアン級ならまだしも、そいつらを率いるアジューカス級、そしてその更に上に立つヴァストローデ級が完璧かそれに近い破面になった場合、はっきり言って尸魂界はヤバい状況になる。・・・そいつらの実力はきっと護廷の隊長と同等かそれ以上になるから。・・・ん?いや違うか、一説では破面化してねぇ状況でも護廷の隊長よりヴァストローデの方が強いんだっけ?」
「ああ、その通りだ。困ったことにな。・・・まぁ、ヴァストローデ級なんてものは虚圏全域に数体しかいないと言われているが・・・それも尸魂界側での憶測でしかない。もしあちらにヴァストローデ級が十体以上いたら、尸魂界は終わりだ。」
「終わり、ねぇ・・・」

日番谷の厳しい表情を眺めながら一護は呟く。

「それは今のところ隊長が三人も減っちまった護廷だけを戦力として見た場合の話だよな。でも尸魂界には護廷以外にも戦える機関ってあるはずだろ?鬼道衆に隠密機動、それに王属特務とか。」
「それもそうなんだが、鬼道衆や隠密機動はともかく王属特務は戦力に数えない方がいい。あいつらは現世や魂魄を護る護廷と違って、基本的に王族を護るのが仕事だからな。滅多なことでは表に出て来ねぇんだ。」
「つまりコトがマジででかくなって、王族の危険ってのが明確になれば手を出してくるって訳か。」
「ああ。尸魂界の政治に口を出さない代わりに、戦力の提供も滅多にない。・・・それが支配層―――と言うよりは最早象徴たる王族及び彼らを護る王属特務と、政治を司る中央四十六室・護廷十三隊・他を分けて権力の集中・暴走を防ぐ構造ではあるんだがな。」
「ふーん、なるほど。」

三権分立とはまた違う構造なんだな、と付け足しながら、一護は「わかった。それで他は何かあるか?ルキアがこっちに来てから判ったこととか。」と日番谷からの次の説明を促す。

「敵が藍染ってことと、尸魂界の状況は理解したな?・・・それで次だが、お前が言う通り朽木が現世に渡った後で判明し、俺達がお前に話しておこうと思っている事柄がもう一つある。―――藍染が虚と手を組んでまでやろうとしていること、だ。しかもその『藍染がやろうとしていること』には黒崎、お前が住んでいるこの地にも充分関連してくる。」
「・・・どういう、ことだ?」

訝しげに問う一護に日番谷が短い問いで返した。

「藍染惣右介の目的は霊王殺害、と言えば、お前なら解るか?」
「・・・!ま、さか・・・だから空座町を!?」
「そうだ。これは市丸ギンの供述から藍染の当時の行動が一部明らかになり、そこから浮竹十三番隊長が中心となり調べて判明したものなんだが―――」

声が大きくなる一護に日番谷はそう答え、先を続ける。

「市丸の話から、お前達が尸魂界に来ていた当時、藍染惣右介が大霊書回廊で崩玉に関する文献以外も読んでいたことが判明している。正確に何を見ていたのか市丸にも判らなかったようだが、生憎大霊書回廊では閲覧の履歴が残る仕組みになっていてな。市丸が“藍染がどの辺を見ていたか”を覚えていたのを手がかりに浮竹が調べた。そうしたら、」
「『崩玉』に関する資料の他に、『王鍵』の創生方法でも調べてたってか?」
「・・・ああ、その通りだ。」

察しが良くて助かる。その知識量は驚愕を通り越して恐怖に近いもんでもあるがな。と日番谷が苦く笑った。

「俺達の頂点に立つ存在・霊王。霊王が住まうのは尸魂界の中の更に別の空間であり、そこへ入るために絶対必要なのが王鍵だ。そして王鍵ってのはその在処を書物に記すことはない。口伝だけで伝えられる。だから藍染は王鍵の在処ではなく、その創生方法を調べていた。」
「そして問題なのがその創生方法・・・ではなく、材料。空座町が含まれてるんだな、その材料に。」

一護の声に日番谷が小さく首を縦に動かす。

「ああ。王鍵創生に必要なのは十万の魂魄と半径一霊里に及ぶ重霊地。そして“材料に含まれてる”って所の話じゃねぇ・・・今の時代の重霊地はここ、空座町だ。もし藍染が文献通りに王鍵を創生した場合、空座町とそれに接する大地と人が全て世界から削り取られて消え失せる・・・と、尸魂界は推測している。」
「なるほどねぇ。」

呟き、一護は片手で自らの視線を覆った。

(ホント、厄介なことになりそうだぜ。)
『でもちゃんと“護って”見せるんだろ?』
(・・・ああ。それが『俺』だからな。)

交わす言葉は簡単に、しかしその言葉に込められた想いは並みの物ではない。
一護の仕草から彼があまりに大きな事態を目の前にして落ち込んでいるのだと判断した死神達が様子を窺っている。
その気配を察しながら、一護は目を覆っていた手を外し、事態の大きさに潰されていない自己を示すかの如くニッと笑った。

「その藍染の野望を阻止するために俺達は戦わなくちゃなんねーってことだな。」
「そうだ。そして、そのための護廷十三隊だ。」

一護の笑みに釣られるように、硬い面持ちだった日番谷の顔に不敵な笑みが浮かび始める。
それまで日番谷と一護のやり取りを聞いていた他の死神達も同様にだ。

「あ、そうだ。この話、ギンには?」
「俺達とは別に地獄蝶で伝令している。今頃はあちらでも事情の説明が終わってる頃だろう。」
「おーサンキュ。準備がいいな。」

一護の賛辞に対し、日番谷は肩を竦めることで答えた。
このやり取りで一度場の空気を和らげた後、一護はぱちんと両の手を打ち合わせる。
話題を変える合図だ。

「じゃあ、大体の事情は理解したところで・・・次はお前らが現世に滞在中どこで寝泊りするか考えねぇと。」
(ギンの家・・・は、やめとくか。俺が勝手に斡旋するもんでもねーし。)
『そうか?』
(そうだろ?)

ここにはいない人物を一瞬脳裏に過ぎらせながら一護がそう提案すると、まず乱菊が手を上げた。

「一護、あんたの家は?」
「一応この前からルキア預かってるからそのまま続行のつもりだけど・・・流石にこんな大人数は無理だって。」
「えーっ!」
「えーじゃねぇよ、っつかボタンを外さない!スカートたくし上げてもだめ!!あとルキアはそんな目で俺を見るな!!見るんだったらいっそお前も別の所に泊まれよ!!」
「何を言う一護。私はそんな目でお前を見たりしておらんぞ?」
「このっ・・・!」

ケロっとした顔で答えるルキアに拳を震わせつつ、一護はこれ以上何か言われない・言わないためにも彼女から視線を逸らして再び乱菊を見る。
すると乱菊は「わかってますって。」と年上らしい笑みを浮かべて片手をパタパタと振った。

「あたしは織姫んとこにでも行ってみるわ。あの子なら無碍に断ったりしないだろうし。・・・あ、隊長も来ます?」
「行くかボケ!」
「来ればいいのに〜。楽しいですよォv」
「お前がな。」

一見して纏まらない気配ではあるが、どうやら十番隊主従は決定のようだ。
乱菊と日番谷が言葉を交わしながら腰を上げる。

「じゃあね、一護。また来るわ。」
「おう。井上にもよろしく言っといてください。」
「おーけーv」

乱菊が手を振り、そのまま十番隊の二人は窓から外へと飛び出して行く。
次いで一護が視線を移した先は一角と弓親の二人。
彼らは自分達に視線が向けられたことを知ると、一角は無反応で、弓親は肩を竦めて答えた。

「僕らも君の世話にはならないよ。自分達の寝床くらい自分達で探すさ。」
「そっか。悪いな。」
「気遣いは無用だよ。・・・それじゃ。」

弓親が言って、一角と共に姿を消す。
日番谷と乱菊が出て行ったのと同じく、勿論窓からだ。

「・・・これ、親父が事情知らなかったらちょっと大変だったぞ。玄関から入って来た人間が窓から出て行きました、なんてことの言い訳。」

二組四人が出て行った自室の窓を眺めながら一護がポツリ。
だがその声はひどく小さかったため、聞き取れたのは頭の中で苦笑を漏らす白い彼くらいだっただろう。

「んで、恋次はどうすんだ?」

気を取り直して残った一人に声をかけると、恋次はチラリと一瞬だけルキアを見、それからなんでもない風を装って「そうだな、」と口を開く。

「とりあえず浦原さんて人のとこに行ってみる。お前らが“お世話になった”人らしいからな。」
「?・・・そっか。一応こっちから断り入れておくか?」

言って、一護が取り出したのは携帯電話。
人の良い織姫・ノリの良い乱菊の二人組ならともかく、何の接点も無い浦原の所へいきなり恋次が訪ねて行くのも大変だろうということで。
だが恋次は一護の携帯電話を一瞥してから首を横に振った。

「いいや、ちゃんと俺一人でやるさ。それにまぁ、あんま馴れ合うような気は元から無ェし。」

と、恋次がまたルキアを見る。
流石に一護も恋次の言いたいことを悟り、「ああ〜・・・」と納得したように呟いた。
その声を聞き、「どうしたのだ?」とルキアが瞬きを繰り返す。

「ん?要はアレだよ。崩玉とか崩玉とか義骸とか崩玉とか。」
「あ、こら一護!」
「・・・・・・・・・、おお!」

ぽんと両手を打ち鳴らしたかと思うと、「何言いやがる!」と焦る(照れる)恋次に向けてルキアがにこりと笑みを浮かべた。

「え、るきあ・・・?」
「心配するな恋次。あの一件はちゃんと私が片をつけておいたぞ!」
「は?」

イイ笑顔のルキアとは対照的に困惑顔の恋次。
一護は恋次の言いたいこともルキアの仕出かしたことも知っているため、ニヤニヤと楽しそう且つ人の悪そうな表情を作って先を待っている。
そんな一護の様子に気付く余裕も無い恋次に、ルキアが今日一番の笑顔を見せた。

「なにせ先日、私自らの手で彼奴に一発キメて来たからな!」
「・・・はあ?」
「ちなみにその一発ってのは、傍で“あの”四楓院夜一が指導してくれたって話だ。」
「へ、あ・・・マジ?」

一護の補足に口をあんぐりと開けて恋次が問う。
そのなんとも情けない顔に「マジマジ。」と返しながら一護はルキアにも同意を求めた。

「だよな、確か。」
「ああ。破面の襲来でちょっとばかり混乱もあったが、その前に一発、かなり出来のイイものを見舞ってきた。」
「ってなワケで、恋次はそんな色々背負わなくてもいいんだぜ。」

ニカリと歯を見せて一護が告げる。
勿論浦原がルキアの一撃を受けたのはそれなりに彼自身反省しているからであるし、またルキアの一撃程度が浦原の致命傷にはなり得ないことを知っているからだ。
しかしそれでも攻撃されれば痛いものは痛い。
尚且つ夜一の指導まで許容したのだから、事態の収拾としてはこれで十分ではないだろうか。
無論それにはルキアが浦原を然程恨んでいない(一発お見舞いするくらいでプラスマイナスゼロにしようと思える)という事実も重要にはなるが。

(っていう裏事情は話す必要もないんだろうけど。)
『だな。』

白い彼の短い同意を得つつ、一護は「ほら、」と恋次を促す。

「ま、とりあえず俺から浦原に一報入れとくから。お前も行けって。」
「だから一報は要らねぇって!」
「遠慮すんな。つーか浦原んちの迷惑のことも考えて俺は勝手に連絡させてもらうから。」
「・・・けっ、そーかよ。」

やや不貞腐れたように恋次が一言。
そして恋次もまた先の四人と同じように窓枠に手を掛けた。

「じゃーな、ルキア。あとついでに一護。」
「ついでは余計だ。・・・じゃーな、恋次。」
「では恋次、また明日だ。」
「おう。」

最後にルキアの声に答え、恋次も外へ飛び出す。
その背を見送って一護はほっと一息ついた。
だいぶ西に傾いた太陽を眺めながら。






















王属特務が出て来ない理由ってのは、このストーリー上で勝手に考えたものです。

原作がどういう意図で圧倒的な戦力を持つ(らしい)王属特務を出さないのか、今はまだ解りませんので。

あと『王鍵』の件ですが、市丸が護廷側(正確に言うと一護側)の人間なので、藍染の目的の発覚が原作より早めです。












<<