断罪ト自傷ノ黒刀 2












「まずはお前からだ。」

声は巨体―――ヤミーの頭上から。
一護の足がヤミーの右肩に軽く触れたかと思うと、黒い刃の残像が走り、太い右腕が二の腕の辺りからばっさりと切り落とされて宙を舞った。

「な・・・なんだとオオオオオ!?」

痛みよりも先に己が鋼皮を凌駕した攻撃に目を見開き、ヤミーが声を上げる。

「腕の中に斬魄刀仕込んでたりはしねーか。」

先日の破面モドキを思い出しながら念のためにと刀身に霊力を多少過剰に注ぎ込んでいた一護は、あっさりと切り離された腕、それからヤミーが腰に差している刀を見やって呟いた。
ただしその動作は一瞬であり、次いで一護はふいと上体を逸らした。
それまで一護の頭が在った空間が繊手から繰り出される鋭い手刀によって貫かれている。
一護の攻撃と攻撃の間に生じる隙を狙って放たれたウルキオラの一撃だ。
しかし隙を狙ったはずのそれは、この場の戦いにおいて全神経を集中させている一護に感知されており、不意打ちにはなり得ない。
一護は口元だけで笑みを形作ると、未だ次の動作に移れずにいるヤミーを置いてウルキオラに左手を突き出した。

「邪魔だ。」

ぽつりと吐き出し、左の手の平がウルキオラの胸の中央部に触れる。

「ぐっ・・・!」

瞬間、ウルキオラの身体が文字通り吹っ飛んだ。
重い衝撃波が生まれ、一護よりもほんの少しだけ大きいウルキオラの体躯が冗談のように宙を舞う。
それを見届けるまでも無く、次いで一護は身体を捻らせて斬魄刀を一閃。
ようやく驚愕と後から自覚したらしい痛みより復帰し、代わりに怒りを顔面に張り付かせて残った左手でこちらを掴みに掛かるヤミーのそれへと天鎖斬月を撃ち込んだ。
黒い刃の横一線に合わせて赤い線が空中に描き出され、一部は一護の頬に赤黒い模様を描く。
その一護の口元にはっきりと嘲弄が浮かぶのを見て取ってヤミーは全身を怒りに染め上げながら呻いた。
こんな霊子の薄い所でなければ、と。
粗悪な魂しか吸収出来ていないから力が出せない、と。
直後。

「・・・へぇ。」

ヤミーの台詞を聞き、一護の口元から笑みが抜けた。
合わせて黒い残像が走ったのはヤミーの左太腿のちょうど真ん中辺り。
片方の支えを失った巨体が砂埃と共に地面へと倒れ伏す。

「これだけの人間を殺しておいて言う台詞がそれか。」
「うぐぁ!」

ザクリと黒い刀が脚を切り落とされた太腿に突き刺さる。
一護は致命傷を与えるためではなく相手に苦痛を齎すためにその攻撃を幾度も繰り返しながら、表情の消えた顔で赤い飛沫を生み出した。

相手をいたぶる様子はかつてグランドフィッシャーと言う名の因縁深い虚を相手にした時とよく似て、しかし何かが明確に違っている。
一護本人は何が違うのか、むしろ違っていることにすら気付かない。
しかし彼と共に在りながら第三者の視点を持つ白い彼には判ってしまったらしく、何事かを言うような気配を見せるが―――

「お早い復活で。」

ヤミーから斬魄刀を引き抜きざま、薄笑いを浮かべて一護が黒刀を横薙ぎに振るった。
峰打ちとして放たれたそれは、先刻一護が与えた掌底のダメージからようやく抜け出したウルキオラの腹部へと吸い込まれる。
攻撃が放たれたことが判っても、あまりの速さにウルキオラは追いつけない。

「っがは・・・!」

真横ではなくやや斜め下に向かって放たれた一撃はウルキオラの身体をすぐ傍の地面へと叩きつけ、無理やり肺から空気を絞り出させる。
そのまま腹部から剣が退かれると同時、代わりに草履を履いた足が鳩尾の辺りに押し付けられた。

「き、さま・・・!」

ウルキオラが呻く。
しかし一護はつまらなさそうな顔のまま、ウルキオラの声を無視して独りごちた。

「俺さ、お前らみたいな『破面』って奴の詳しい習性とか虚との違いとか知らねぇけど、」

完璧かそれに近い破面というのが最近生み出された存在であるため、白い彼が目の前の破面を始めとする者達の情報を持つことはない。
ゆえに一護も破面の詳しい事情(例えば、彼らが所持する斬魄刀の解放は死神と同じであるのかという疑問に対する答えや、各個体が破面化によって得たであろう能力等々)は知らない。
だがそれがどうしたと言わんばかりに、一護は口元に冷笑を浮かべて言った。

ゴミだな、お前。」

「っ!!」

ウルキオラが息を呑み、その様を嘲笑いながら一護は黒刀の切っ先を相手の首筋に宛がった。
そして頭を切り落とそうとしたその時。



『一護、もうやめろっ。』
―――今のお前が傷つけてんのは破面じゃねぇ。お前自身だ。



これ以上は耐えられない、と絞り出すような相棒の声が聞こえ、一護は悪夢から覚めたように息を呑んだ。
天鎖斬月の切っ先をウルキオラに向けたまま動きを止める。

許せないことを仕出かした破面を前に一護が見ていたのは、今もなお許すことが出来ない(おそらく一生、完全には許すことが出来ないであろう)過去の己だったのだ。
白い彼に指摘されることでようやくそれに気付き、一護の全身からピンと張り詰めていたものが余裕を取り戻す。
一護の変化にウルキオラが訝しげな表情を見せた。
しかしそれに構わず、むしろ助長させるように、続いて一護はウルキオラに突き付けていた刃を退いた。

「なんの、つもりだ・・・」
「退けよ。そして藍染に伝えろ。崩玉は渡さないし、これ以上俺達の平穏を揺るがすつもりなら容赦しねえってな。」
「メッセンジャーをさせるために俺を生かすというのか。」
「そう思うならそう思っとけ。」

わざわざ白い彼の言葉を明かすつもりもなく、一護はそう言って一歩退く。
こちらに攻撃の意志が無いと理解したのか、ウルキオラはよろよろと立ち上がった後、ほんの僅かに訝しげな表情を浮かべたまま何も無い空間を指先で叩いた。
途端、ガラガラと大きな音を立てて空間に亀裂が走る。
亀裂はあっと言う間に巨大化し、二体の破面が余裕で通り抜けられる大きさになった。
それを確認し、ウルキオラは己より深く傷ついたヤミーを細腕で半ば引き摺るように持ち上げて、一護に背を向けぬようにしながら黒く裂けた穴――黒腔――へと歩みを進める。

「この借りはいずれ必ず返す。」
「そうかい。」

投げ遣りとも聞こえる声で一護が答え、その声を聞きながらウルキオラ達は黒腔の奥へと消えて行った。
それからしばらく一護は二体の破面が消えた後を眺めていたが、やがて目を伏せると、例えすぐ傍に他人がいたとしても聞こえないくらいの音量で小さく呟いた。

「悪い。それから、助かった。」
『いんや。・・・それよりもほら、さっさと姫サン達の様子見に行かねーと。たぶん浦原商店にいるから。』
「ああ・・・そうだな。」

白い彼の声に答え、一護は卍解を解いて一歩踏み出す。
今度は相棒にも聞こえぬよう「ありがとう」と呟いて。






















自分の過去を見たままウルキオラ達を斬ってしまえば、それは自傷と同じ行為になってしまう。

そんな一護の姿を、今の白い彼は望まないので。












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