断罪ト自傷ノ黒刀 1












空の色が赤く染まる時間帯。
空座町の西端に出現した虚をちょうど斬り伏せたその時、一護は現在地からかなりの距離がある場所―――町の東側に新たな虚の気配を察知した。
特に気を張り巡らせていた訳でもないのに気付かされた霊圧はひどく強く、たった今まで相手をしていた虚とは桁違いの実力者であろうことがありありと判る。
しかも町の中心部に残っているはずの市丸の霊圧が何故か感じられない。
今のように一護がすぐさま駆けつけられない現場へ市丸が代わりに向かってくれる手筈になっており、本来ならば戦闘のために上昇した彼の霊圧を感じられる場面なのだが―――。

「・・・ちっ」

不安要素が募る状況に小さく舌打ちをして一護は地面を蹴りつけながら詳細を探るべく精神を集中させた。
場所は町の東部にある大きな公園。先日ルキアと再会したあの場所だ。
となると、あまり状況は良くない。
今はまだ中高生が部活動に勤しんでいる時間帯で、おそらくあの公園にも走り込みをしている運動部がいるはず。
人の多い所に虚が出るというのはあまりにも好ましくない状況である。

出現した虚は二体。
近付くに連れ、彼らの霊圧が生み出す空気の震えにチリチリと肌が焼けるような感覚を覚えた。
その震えに時折掻き消されながら一護に届いたのは―――

「チャド、それに井上・・・!?」

現れた二体の虚の近くに茶渡と織姫の霊圧を感じて一護は目を瞠った。
しかも友人二人の気配は虚から離れるどころかどんどん近付いていく。
戦うつもりなのだ。彼らは。

「無茶だっ!」

一護は二人の実力を知っている。
そして現れた二体の虚の実力を大まかではあるが察することが出来る。

―――彼らでは到底敵わない。

速く速くと頭の中で呟きを繰り返し、瞬歩をめいっぱい使おうにも、元が中々の広さを持つこの町。
しかも虚退治のため町の西端にいたのが災いし、一護は未だ到着出来ない現状に歯噛みして眉間の皺を深くした。
未だ市丸の霊圧が感知出来ないことも眉間の皺の一因になっているだろう。
距離を詰めるに従って敵の霊圧が肌を焼く感覚は大きくなり、茶渡と織姫の霊圧もはっきりと判るようになる。
やがて一護は目的地である公園にまで辿り着き、

「チャドっ!井上ぇ!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・たつ、き?」

目にしたのは、魂魄を失って死亡した柔道着姿の学生達、その中に混じって精神的にも肉体的にも危険値まで消耗し息も絶え絶えになっている幼馴染、そして右腕を根元から失った茶渡と、ぐにゃりと力の抜けた身体で地面に倒れ伏す織姫だった。

「ぁ・・・・・・あ、あ・・・」

惨劇の中心に立つのは一護が察した通り二体の虚。
否、その力と大きく割れた仮面は「モドキ」と表現するのが不相応なほどの力を備えた破面モドキだ。
大柄な体躯を持つ者と、細身の小柄な破面モドキ――もう『破面』とだけ称した方が適切だろうか――を視界に入れながら、一護は意味を成さない声を出す。
破面達もまたこの場に駆けつけた一護の姿を認め、その白い死覇装に僅かな驚きを感じる素振りを見せながらも、一方――大柄な破面――が口を開いた。

「なぁ、ウルキオラぁ。こいつがそうか?」
「そうだ。オレンジの髪と身の丈ほどもある大刀―――黒崎一護だ。」
「スエルテ!わざわざあっちから来てくれるたぁ、探す手間が省けたぜ!!」

大柄な破面が一護を見て舌なめずりし、その巨体で一歩踏み出す。

「ヤミー。」

だがその背をウルキオラと呼ばれた小柄な破面が呼び止めた。

「んだよウルキオラ。こいつが藍染様の言ってた目標なら、ここで殺しちまっても問題無ェだろうが。必要なのは『崩玉』であって、こいつの生死はどうでもいいんだろ?」
「気付けバカが。そのまま黒崎一護に精神を集中させていては“あいつら”に不意打ちを喰らうぞ。」
「あ?」

ウルキオラの言にヤミーが首を傾げた瞬間、つまりはウルキオラの忠告によってヤミーが他者の霊圧を探ろうとする前にバンッ!!と大きな衝撃音がその場に発生した。

「な゛っ・・・!?」
「だから、言っただろう?」
「ほう、気付いておったか。」

ヤミーの驚愕、ウルキオラの冷静な声、そして続いたのは妖艶さと奔放さを併せ持つ女性の感嘆だった。
トン、と軽く地面に着地して見せたのは艶のある黒髪を後ろでひと括りにした声の主。
浅黒い肌と黄金の眼を持つ女性―――四楓院夜一である。

巨体を標的として放った彼女の一撃は残念ながらウルキオラに防がれ、ダメージを与えた様子は皆無。
一護と同じく破面の出現を察知して駆けつけたはいいが、初撃に失敗してしまったらしい。
だがそんな結果も半ば予想していたのか、夜一は余裕の表情を崩すこともなく、けれども自分が訪れるまでに作り上げられてしまった惨劇に眉をひそめた。
先刻までは浦原商店で、店主の浦原と現世を訪れた朽木ルキアのコント(崩玉の件で一発入れるとか何とか)に腹を抱えて笑っていたというのに、一転してこの状況だ。
浦原とルキアも『瞬神』夜一からは少し遅れてこの場にやって来るはずだが、きっと夜一と同じ顔をするに違いない。

「まずは生存者のことか・・・――― 一護!こやつらの相手、任せてもよいか!?」

夜一は先に辿り着いていた一護に向かって声を投げかけた。
自分が戦っても構わないのだが、状況から今回は攻撃よりも怪我人の手当てを担当すべきだと判断してのことだ。
が、そう呼びかけながら夜一が視線を向けた先には、もう一護の姿など見当たらなかった。
一護が存在したのは彼女の視界の外。
大きく跳躍したまま卍解の体勢を取って二体の破面に狙いを定めていた。

「ここまでやっといて、ただで帰れると思うなよ。」

低く低く、独白のような小ささの声。
だが一護の声はまるで耳元で囁かれたかのようにはっきりとその場にいる者達に届いた。

怒りというものは、ある一線を超えると氷のような冷たさの『冷静』に変わると言う。
今の一護の状態がまさにそれだった。
この状況を作り出した二体の破面が許せない。
そしてまた、破面達の台詞から察するに、彼らの出現理由は藍染の命令であり、目標は『黒崎一護』であるらしい―――つまり一護は、虚と手を組んで尸魂界から逃げた藍染惣右介に怒りを覚え、狙われることを予想しながら何も対処してこなかった自分にも怒りを感じていた。

その怒りを発散するかのように一護は細身の黒刀へと姿を変えた斬魄刀に霊圧を込める。
刀身にどれだけの力が宿っているのか察したらしいウルキオラが、一護の攻撃態勢を見ていきり立つヤミーを押して前に出た。

「ウルキ・・・!」
「この場で多少『エサ』を喰ったとは言え、“今の”お前は俺より弱い。黙って庇われていろ。」
「・・・くっ」

ヤミーが絞るような声を上げたのはウルキオラに庇われた屈辱からではない。
ウルキオラが前に出ると同時に卍解後の一護が上から斬りつけ、生まれた衝撃の大きさに圧倒されたからだ。

「―――これくらいなら防げるのか。」
「まぁな。」

一護が冷たい声で問いかけ、ウルキオラが淡々と答える。
また同時に天鎖斬月を腕で受け止められた一護はその反動を利用して距離を取る。
脳内で響くのはこの状況から一護が到着する前に起こったことを推測する白い彼の声。

『魂魄が抜けた身体・・・そういや、虚の中には人間の魂を『魂吸』って技で吸い尽くす輩がいたはずだ。』
(ってことは、竜貴を苦しめ、部員達を殺したのはあのヤミーって奴だよな。『エサ』を喰ったって言ったし。)
『ついでにあの性格ならチャドと姫さんを傷つけたのも奴だろうよ。・・・仇を討つ気か?』

「退かせる」でもなく、「昇華する」でもなく、「退治する」でもなく。
白い彼ははっきりと「仇を討つ」かと問い掛けた。
琥珀色の双眸はウルキオラを通り越し後ろに庇われている巨体へ。
そのままスッと細められる。

「・・・夜一さん。」

相棒の問いに答える代わりとして、視線を二体の破面に向けたまま一護は夜一の名を呼んだ。

「夜一さんは・・・ああ、もうすぐ浦原とルキアも来るな。そんじゃ三人でこの辺の生きてる人間全員、安全な場所に避難させてくれ。なるべく早く、なるべく遠くに。今からちょっと本気出すからさ。」

一護の声には苦笑の色が混じっていたが、対照的に双眸の温度は極限にまで下がっている。
ヂリ・・・ッと、破面達の高い霊圧を凌駕して一護の中から溢れ出す霊力が周囲の者達の皮膚を焼いた。
夜一は「わかった」と小さく頷いた後、早速行動に移る。

「・・・さて。」

一護の呟き。
ヤミーは己の鋼皮を炙る感覚にギリと奥歯を鳴らし、ウルキオラは攻撃に備えるように全身の神経を研ぎ澄ませた。

「人の魂を求めんのは虚の本能だって知ってる。でもさ、今回みてーに藍染たにんの命令でここに来て、しかも無関係の人間をたくさん殺したとあっちゃァ・・・」
『・・・・・・・・・。』

普段は本人も周りも意識していないが、黒崎一護の母親は虚に殺されている。
しかも幼かった一護を庇う形で、だ。
―――自分の所為で大切な人間が殺される。
トラウマと言ってもいい血と雨の感覚を思い出しながら一護は喉を鳴らして笑った。

「自制は出来るつもりだったんだがな。」

そして、地面を蹴ると同時に一護の姿が掻き消えた。






















市丸の詳細はまた後程。











 >>