ゲンセヘノキカン 1
ルキアの口から決意を聞いたその翌日。
一護は同じ現世へと帰還する三人、そして一匹と共に穿界門の前に立っていた。 見送りにはルキア、恋次、白哉を始め、護廷十三隊の隊長・副隊長のほぼ全員と、一護達と仲の良かった他の席官達が集まっている。 だだし一番隊の主従の姿は見えなかった。 なぜなら今日、市丸ギンへの判決が下される予定だからである。 そのことを考えると、一護は素直に現世への帰還を喜ぶことが出来ない。 今現在も自分達が立っているこの双極の丘で、ギンと最後にまみえたあの時、一護は彼に「現世で待っててやるからさ。」と告げた。 しかし口でそうは言ってみても、出来ることならこの地で待っていてやりたかったのだ。 心配、しているのだろう。 まだ四度しか顔を合わせていなかった人物にもかかわらず。 『こっちに残りたそうだな』 (そうか?まあ確かに、このまま現世に戻っても気持ちよく新学期が迎えられるとは思ってねーけど。) 瞼を伏せて白い相棒に答える。 例え抱えている感情が正確な言葉にはなっていなくても、内に潜む彼には一護の心情など簡単に把握してしまえているようだ。 ほんの少し苦笑したついでに、一護は懐の重みを意識した。 尸魂界へ来る前、正しくはつい先刻まで無かったその重みは、浮竹から渡された“代行証”によるものである。 正式名称は「死神代行戦闘許可証」という。 尸魂界にとって有益であると判断された死神代行に与えられるものらしいが、まさか自分がそれに該当するとは思ってもみなかったので、渡された時は少しばかり驚いてしまった。 何と言っても、一護は死神でありながら虚の力も持っている。 つまり尸魂界から見れば十分危険人物なのである。 それを浮竹に尋ねたところ、白髪の彼は笑って「だって君はこの世界を護ってくれたじゃないか。それに君が俺達に害なすなんて、君のここでの様子を見ていれば誰も思いやしないよ。」と本当に信頼されていると実感してしまう台詞を返してくれた。 加えて、一護の力についてそれほど詳しく調べなかったのもそのためだと聞かされ、一護は少し照れながら「そうですか。信用していただいてありがとうございます。」と代行証を受け取ったのだった。 またこの信頼と口の硬い女性二人――ルキアと夜一である――の協力により、一護が元々ルキアの力を借りずとも死神になれたことなどは知られずに済んだ。 知られていれば、おそらく今頃一護の体は技術開発局行きだっただろう。恐ろしいことに。 背筋に薄ら寒いものを感じつつ回想を終了し、開門作業中の穿界門を見上げる。 織姫、チャド、雨竜のことも考えて霊子変換機も組み込まれたそれは、大層立派な姿をしているが、ここをくぐり抜けて現世へと辿り着くまでの間、尸魂界へ来た時と同様に断界の中を走り抜けていかなくてはならないことを思うと、なんだか有り難味も半減してしまう。 安全に通り抜けたければ一人につき一匹の地獄蝶が必要なのだそうだ。白い彼によると。 しかし、地獄蝶を持てるのは死神だけであり、一護と夜一を除く残りの三人は死神ではない。 ゆえに皆揃って断界横断決定、というわけなのだ。 開門作業が進むにつれ、門の奥から洩れ出る光が強くなってくる。 もう間も無く、自分達はこの地に別れを告げることとなるだろう。 感慨深げに周囲を見渡せば、まず最初に清々しい表情のルキアが見えた。 その隣に立つ恋次もいい顔をしている。 他も同様。 それを眺め、一護は最後に空へと視線を移した。 見上げた先は青く晴れ渡り、名も知らぬ鳥が気持ち良さそうに旋回している。 (・・・・・・ま、今回は及第点かな。) 『そうだな。嬢ちゃんも元気になったし、崩玉も悪用されずに済んだし・・・。』 (崩玉は俺が取り込んじまったけどなぁ。) 尸魂界で起こった一連のことを思い、苦笑。 双極の丘にて大虚達を退散させる際に飲み込んだ崩玉は、実のところまだ一護の体内、もとい魂魄の中に存在していた。 どうやら封印を壊して使用した所為か、すでに魂との同化が始まっているらしく、取り出すことは困難なのだそうだ。 と言うことで、一護は正式な死神代行の他に、秘密裏に崩玉の保管庫という役割まで賜わってしまっていた。 ちなみに。崩玉が分離出来なかったということはつまり、白い彼の力を譲り受けたままの状態であるということであり、一護の死覇装も卍解時の衣も白いままである。 崩玉を封印されたそのままの形で浦原に返すということは出来なさそうだが、それ以外は悪くない結果に終わったと結論付けて、一護は薄く笑みを浮かべた。 「穿界門、準備整いました!」 その声を耳に入れ、門へと視線を向ける。 時間だ。 各々別れを告げ、現世組は門の方へと歩き出した。 一護も最後にルキアへと向き直り、口元を緩める。 「じゃあな、ルキア。」 「ああ。」 透き通るような気持ちのいい声だった。 ルキアの返答を聞きながら、一歩踏み出す。 そして、皆に見送られながら門の向こうへと―――。 「ちょう待ってや、一護ちゃん!!」 |