ヒトミニヤミヲヤドスモノ 2











「僕を、止める?旅禍風情が、いきなり何を言うかと思えば・・・笑わせる。」
「何と言ってくれても結構。こっちは約束を果たすだけだ。」

告げた途端、瞬時にして一護の霊圧が膨れ上がった。
元々かなりの霊力を垂れ流している状態で更にそれを強めるのだから、傍にいる者、特に体が弱っているルキアには目に見えて負荷が掛かる。
しかしルキアは小さく呻いただけで、黒の双眸はしっかりと一護を捉え続けた。

「一護、これはどういう・・・?」
「なんでテメェが藍染隊長を知ってやがんだ。」

後ろからの疑問の声に一護は振り返ることなく告げる。

「ルキアにはさっき言ったろ?これが“そう”なんだよ。」

その台詞を聞いて、ルキアからはハッとする気配。
恋次が腕の中の少女を見下ろして「ルキア?」と眉根を寄せた。

「おい一護、俺にもわかるようにちゃんと説明・・・・・・、ッ!!」

その時、恋次の声が途切れた。
同時にルキアと一護もそれぞれピクリと反応する。
だが藍染達には変化が無い。
どうやらこの“声”は特定の人物の頭に直接届けられるものらしい。
と言うことは・・・。

鬼道の一つに思い当たるものがあって、一護は警戒を解かぬまま声が終わるのを待つ。
そして全ての話が終わった後、恋次達に視線をやって一護が口を開いた。

「・・・つまり、そう言うことだ。」
「マジ、かよ・・・」
「そんな。」

声の主、四番隊副隊長・虎徹勇音によって齎された“真実”に恋次とルキアはそろって愕然とする。

「日番谷隊長と雛森が・・・?」
「おや、今の霊圧の震えはやはり『天挺空羅』か。勇音くんだね。」

恋次の呟きから推測したのだろう。
藍染が不気味な微笑を湛えたままそう告げる。
天挺空羅によって齎された情報が真であると肯定するかのように。

「なんで!なんでアンタがそんな事するんだ!」
「俺があとで説明してやるよ。それに関してはこっちの事情も絡んでくるんでな。」
「え、」

恋次の叫びに応えたのは一護。
だが恋次がそうと認識する前に黒衣が藍染に斬りかかっていた。

「短気だね。もう少し阿散井くんと話しておきたかったんだが。」
「思ってもねぇこと口にすんなよ。」

キンッと音を立ててぶつかった刃と刃が再び離れる。

「やるね。誰かの一撃をきちんと刀で受け止めたのは初めてなんだ。」
「それはどーも。ちっとも嬉しくねぇけどな。」

言った次の瞬間、一護は何かに気付いたようにザッと大きく横に跳んだ。
そして黒い残像に白刃が突き刺さる。

「・・・要。」
「貴方様が歩む道に落ちたゴミが一つ。わざわざ御自身で掃除なさる必要も無いでしょう。」

静かに告げた東仙が見えぬ目で一護を捉え、後を追う。
しかし彼は盲目ゆえに相手の気配を敏感に感じ取れても、その表情を知ることは叶わない。
だから一護が小さく口元を歪ませたことにも気付けなかった。

『ちっ・・・』
「雑魚が。」

スッと双眸を細め、小さな声で低く低く呟く。
瞬歩を使って近づいて来る相手をしっかり目で捉えて一護は天鎖斬月の柄をぐっと握り直した。

(藍染が始解する前にケリつけてえって時に・・・!)

胸中で毒づき、前に出る。
周りからは一瞬、一護の姿が消えたように見えただろう。
そうして血飛沫が舞い、一方が崩れ落ちた。

「・・・おや。」

その様を見て藍染が片眉を上げる。
血を流し地面に這いつくばっていたのは東仙。
一瞬の交錯で圧倒的勝利を収めたのは一護だった。

「これが卍解している者とそうでない者の差かな。」
「うっせぇよ。」

東仙を斬ったばかりの一護が今度は藍染のすぐ左手側に現れる。
下方から迫る黒刃。
だがその一撃は澄んだ音と共に再び防がれた。

(強いな。こっちの動作に全部対応できてやがる。)
『なんだァ?いきなり弱気か?』
(・・・まさか。)

相棒に答えながら刃を返してまた斬りかかる。
また防がれる。
しかし一護の声に衰えは無い。

(お前の方が断然強い。)
『ははっ!上等ォ!』

一護の返答を聞き、白い彼は楽しそうに笑った。

藍染が懐に隠し持っているであろう道具を誤って壊すことがあってはいけないので、一護も月牙天衝のような大技を使うことは出来ない。
ゆえに己の機動力を頼りに純粋な剣技での攻撃が主流になってしまう。
そして相手は一護の攻撃に全て対応できる藍染。
だがそんな状況でも一護には負ける気などこれっぽっちも無かった。
むしろ(不謹慎なことだが)気分が高揚してくる。

口元に薄らと笑みを刷き、一護は残像を生むほどのスピードで藍染の背後に回った。
突然上がったスピードについて来れなかったのか、相手は完全に一護に背を向ける格好となる。
そして一護は藍染が気付く前に、その右の肩に指先を押し付けた。

「破道の四、白雷。」

紡がれた言霊は瞬時に物理的な力となる。
ゼロ距離で放たれた一撃が真っ直ぐに藍染の肩を貫いた。

「・・・ッ!」

零れるのは呻き声。
初めて藍染が笑み以外の表情を見せた。
一護の方に振り向いた顔には驚愕と痛みが張り付いている。

「フェイントしたつもりはねーんだけど?」

ああ見えなかったのか、とわざとらしく呟いて一護は藍染に視線を向けたまま下段から天鎖斬月を閃かせた。
ぱっと空中に赤が散る。
白雷によって傷ついた肩に、更に追い討ちの如く赤い斜線が加わった。

これで右腕は使えない。

藍染は一護から距離を取るため瞬歩を使った。
同時に使えなくなった右よりはマシだろうと斬魄刀を左手に持ち替える。
もういつまでも始解すらせずに戦うわけにはいかなくなってきたと冷静に、しかし傷を負った事による激情を胸の内で渦巻かせて藍染は現状を認めた。
もはや予想外の一護の能力の高さに表情を取り繕うことすら忘れる。
藍染は左手で鏡花水月を握り直し、始解の構えをとった。
しかしそれは一護を相手にしたこの状況に置いてあまりにも遅すぎたのだ。

「させねぇよ。」
「・・・がはっ!」

かなりの距離があったにもかかわらず、一護はそれをいとも簡単に詰めて藍染の懐に潜り込んでいた。
胸の辺りで構えられた漆黒の刃は深々とその身を藍染の腹部に収めている。
相手に致命的な一撃を与えて一護は静かに呟いた。

「終わりだ、藍染。」

一護が離れると、つられて抜けた刀身が藍染との間に赤い糸を引く。
藍染は自分の身に起きたことが信じられないとでも言うように目を見開き、そのまま地面に崩れ落ちた。

それを見据える一護の手には今まで無かったものが一つ。
名前は知らない。もしかしたら最初から無いのかも知れない。
だが一護も、そして内に潜む白い彼もその道具の用途だけは知っている。

(目的物の奪取も成功したし、順調順調。)

浦原から教えられていた“魂魄を傷つけずに中の異物を取り除くもの”を左手で弄びながら一護は少しほっとしたように胸中でそう呟いた。






















藍染氏、戦闘不能。ただしまだ死んでません。

一護は、尸魂界の者はきちんと尸魂界の法で裁かれるべきだと考えているので。

(あくまでこれは自分勝手な行動であり、自分に裁く権利は無い、みたいな。)












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