「―――目標確認。」
空を翔けながら口元をニィと歪ませる。 三日間の修行を終わらせ、夜一から天踏絢を借り受けた一護は視界の中央に処刑台を収めて更に速度を増した。 風が耳の傍で甲高い音を立て、髪や着物を激しく弄ってゆく。 前方にはついに解放された双極。 刃を天に向けて突き立てられた巨大な矛が炎に包まれていた。 その矛が発する力のためか、極刑に立ち会う護廷の隊長達が接近してくる一護の霊圧に気づく様子は無い。 力は更に大きくなり、燃え上がる炎は姿を変え。 ひときわ紅蓮が激しくうねり、双極が真の姿を現わす。 バサリと羽ばたく灼熱の翼。 炎で出来た巨鳥、刑の最終執行者である燬鷇王が磔架に磔にされたルキアに向かって空を滑り出した。 「いくぜ。」 その様子を見ても笑みを崩さぬまま近づいてくる一護に気づけた者は、まだいない。 フタリノアニ 1
誰もがこれで終わったと思った。
巨大な磔架が炎に飲み込まれれば、その勢いは一人の死神が到底耐えられるものではない。 しかし燬鷇王の纏う炎の余波が薄れゆく中、突如としてルキアの前に現れたその人物は規格外の斬魄刀で燬鷇王の一撃を難なく受け止めながら不敵な笑みを浮かべた。 「よう。」 「・・・い、・・・・・・一護!」 目を見開き己を見つめるルキアに向かって一護はニッと口端を吊り上げる。 「約束通り、助けに来たぜ。」 「ッ莫迦者!それならもう少し早く助けに来ぬか!!」 本気で死を覚悟したのだぞ!と声を荒げる少女に一護はカラカラと笑い、詫びを入れる。 「お前の兄貴に勝つこと含めて色々片ァつけなきゃなんねーんでな。ギリギリまで修行させてもらってた。」 「色々片をつけるなど・・・随分と裏がありそうな物言いだな。」 「そうか?・・・ま、追々ルキアにも教えるさ。まずはコイツを・・・っと、」 “コイツ”こと燬鷇王が第二撃のために距離を取った。 後ろから押してくる力が消えて、一護は最終執行者たる巨鳥の方に向き直る。 「・・・コイツを、どうにかしねぇとな。」 ルキアを背に庇う形で斬月を構えた直後、その執行者が大きな羽ばたきと共に突っ込んで来た。 しかし。 ガシャンっ 燬鷇王を捕らえた暗色の拘束具。 その基は二人の男に繋がる。 四楓院の紋がついた宝具を手にし、護廷の隊長であるはずの浮竹十四郎と京楽春水が同時にそれへと霊力を込めた。 (・・・へぇ。護廷にもここまで無茶する奴がいたとは。) 『双極の破壊たァやるもんだな。』 二人の隊長の手元から急速に色を失っていく宝具に目を留めつつ、一護とその相棒はクスリと吐息を漏らす。 その視線の先、浮竹と京楽の力が燬鷇王に届くのと同時、鼓膜を破らんばかりの破裂音がして巨鳥は真っ二つに折れた矛となり、そのまま地面に墜落した。 飛び散った火の粉を片手で払いながら一護はヒュウと小さく口笛を吹く。 「そんじゃ、俺は俺で救出作業を続けさせてもらいますか。」 呟き、ルキアへと向き直った。 矛が破壊されたので、次にやるべきは一度此処からルキアを逃がすことだ。 それから、きっと藍染もしくはその部下が彼女を捕らえて崩玉を摘出しようとするはずだから、その時まで他の死神の相手をするなり何なりして時間を潰せば良い。 周囲の霊圧を探れば恋次が近付いてきているのを感知でき、一護は「ナイスタイミング。」と口の中で呟いた。 「一護?どうかしたのか。」 「いや。お前を助けたがってる奴がもう一人増えるなァ、と。」 「・・・?」 それが赤い髪の幼馴染のことだとは分からずに、ルキアは疑問符を浮かべる。 一護はそんな彼女にただ笑い返すだけで明確な答えを与えようとしなかった。 ・・・なにせ、言わずとももうすぐその目で見、理解するのだから。 一護は磔架の上に足を着け、斬月の柄を両手で握る。 刃先を足元の磔架にぴたりと定め、意識を集中させた。 霊圧が急激に上昇し、辺りの空気はその密度を増したかのように重くなる。 「一護!?まさか―――っ」 「いいから、黙って見てろ。」 此方を見て目を見開くルキアにそう告げ、一護は斬月を一気に磔架へと突き刺した。 ゴゥッ・・・ドン! 双極の矛が解放されたとき以上の衝撃が下にいる隊長達を襲う。 斬月から放たれたエネルギーは磔架を砕くだけに留まらず波のように周囲に広がり、更には迫り出した崖となっている真下の地面を貫通して大穴を開けてしまった。 燬鷇王の一撃をたった一本の斬魄刀で止め、破壊不可能と思われていた磔架を一瞬で壊した一護に、ルキアも、そして未だ一護の名前すら知らぬ死神達も目を見張り、息を呑む。 しかし唯一人、他とは違う感情を伴って視線を向けてくる存在に気付き、一護は磔架から解放されたルキアを小脇に抱えた体勢でそちらに顔を向けた。 漆黒の瞳で眉一つ動かさず此方を見上げてくるのは朽木白哉。 (つまるところ、この後は強制的にVS朽木白哉へ突入するワケだ?) 『だろうな。・・・じゃあお前にとっては現世での雪辱戦ってやつになるのかねぇ。』 (一応、見た目上は。) 白い相棒へ苦笑と共にそう返し、一護は続いてもうすぐそこまで来ている霊圧の持ち主へと視線を飛ばす。 姿はまだ見えないが、あと少し。 「・・・一護、これから如何するつもりだ?」 声は小脇に抱えたルキアから。 言外に――先刻、一護が「色々片ァつけなきゃなんねーんでな。」と言った所為だろうが――「ただ私を逃がすだけではないのだろう?」と述べる彼女に、一護はふっと笑みを浮かべる。 「ちょっと悪ィけど。ルキア、囮になってくんねぇか?」 「何をする気だ。」 「黒幕を燻り出す。」 簡潔かつ突然過ぎるその答えはルキアの眉間にくっきりと皺を刻ませた。 「黒幕、だと?・・・囮役は安全なのか?」 「微妙。」 「・・・ッ、ならば命の保障は?」 「ばっちり。」 先の質問でルキアは眉間の皺を更に深め、後の質問でそれを解く。 一護が視線を合わせて「やっぱ駄目か?」と囁けば、彼女はやがて観念したかのように一つ大きな溜息を吐き出した。 「布袋屋の最高級白玉あんみつで手を打とう。」 「恩に着る!」 (代金は浦原と親父持ちだけどな。) 口には出すことなく胸中でのみそう告げて一護は楽しそうな笑みを浮かべた。 |