ニテイルモノタチ 2











チリン



「・・・っ!」

ガン、と刃が交わる。

動く度にチリンチリンと鳴る鈴は自分の位置をわざと相手に知らせるため。
その音をしっかりと捉えて反応する一護に、剣八は口端を吊り上げた。

振り返りざまの一護の一撃と後ろから襲い掛かった剣八の一撃がぶつかり合い、防がれ。
双方、足場を入れ替えて第二撃を放つ。
斬撃がぶつかり合うたびに生じた衝撃波が、弾け飛んだ霊圧が、 周囲の建物に亀裂を生み、そして轟音と共に瓦解させていった。

(今の状態でここまでとはね・・・)

目の前の人物が着けている眼帯には霊力を喰らうというオプションがついているらしい。
けれども、それにもかかわらず空気を震わすほどに大きな霊圧を纏っているとは・・・。

(外したら如何なるんだろ。)

胸の内に生まれるのは恐怖ではなく喜びだ。


剣八は上段から、一護は斜め上へと斬りかかる。
続いて剣八が真横に剣を薙ぎ、それを上から叩き折るようにして一護が斬月を振るった。



ドンッ



地面が割れ、土煙が舞う。

「・・・、」

突如、土煙の向こうから延びてきた切っ先。
真っ直ぐ頭部を狙った一撃に最小限の動作で対応し、加えて一歩踏み出しながら斬月を突き出す。
手に伝わるのは“斬った”感触。
そして相手から二撃目を繰り出されぬうちに素早く其処から退こうとするが―――

「ッ!チャドっ!?」

途切れた霊圧に足が止まった。

『一護っ!』
「・・・く!」

相棒の声にハッとした瞬間、脇腹に走った鋭い痛み。

『ンの馬鹿が!!』

未だ晴れぬ土煙の中から伸びた刃が見事に一護の体を刺し貫いていた。
熱と痛みが綯い交ぜになった感覚に短く舌打ちして、素早く真後ろへと飛び退く。
体からズルリと刀が引き抜かれ、全身を突き抜けるような痛みに襲われながらも、 体勢を立て直すために一護は出来るだけ大きく距離を取った。

ようやく土煙が晴れ、低い姿勢で斬魄刀を突き出した形のままの剣八が姿を現す。

「俺と殺り合ってる最中に余所見なんざァ随分と余裕じゃねえか!」

そう言った剣八に一護が向けたのはニヤリとした笑み。
額には痛みで脂汗が浮いているが、不敵そうに口元は弧を描いていた。
消えたと思ったチャドの霊圧は良く探ればまだ存続している。
弱ってしまっているのが気掛かりだが、確かに生きているのだ。
それなら大丈夫、と。

「悪かったな。ちょっとコトがコトだったんでね。」

傷口を左手で押さえ、片手で斬月を握る。

『一護、さっさと終わらせろよ。こんな怪我するくらいなら。』

些か憮然とした物言いは、やはり怒っている証拠だろうか。
しかし台詞と同時に傷口に満ちた柔らかな温度は何年ぶりかに施される彼の鬼道だ。
あっという間に痛みが消え、出血も治まる。
白い彼によって治癒された傷はきっと跡形も無く綺麗になっていることだろう。
今はまだ、拭えていない血で真っ赤に染まってはいるが。

剣八の方は一護が負わせた傷口から今も血を流している。
当然といえば当然か。
彼は確か鬼道が使えない(使わない?)はずだから。

己と比べて、少し後ろめたくもある。

『お前、何考えてんだよ。』

言葉にせずとも白い彼には分かったらしい。・・・あの世界の天候で判断したのかもしれない。
続けて、早くしろよ・と当初の目的――暇潰しだ――を放って急かす彼に、一護は内心で苦笑し、 それから「はいはい。」と短く返した。

剣八を見据え、一護は意識を切り替える。

「せっかく楽しくなって来たところ申し訳ねぇんだけど、そろそろ終わらせてもらうぜ。」
「あァ?何言ってやがる。楽しいモンは長引かせる方が良いに決まってンだろ?」
「それがそうもいかなくてな。俺の保護者殿がウルセーんだよ。」

不満げに片眉を上げた剣八へと、一護はニヤリと笑って更に告げた。

「ま、どうしても長引かせたいなら、そうせざるを得なくしちまえば?―――例えば、こうやってさ!!」


瞬歩。


一護の姿が掻き消える。
そして次の瞬間、間近に迫った一護の顔。
剣八の双眸が・・・見開かれた。

タン、と一護は剣八の横に着地し、左手に握っていた物を不要とばかりに投げ捨てる。
それは黒く薄い何か―――剣八の眼帯だった。

開けた視界に剣八が気づいたのと同時、激しく大気を揺るがせて彼の霊圧が跳ね上がった。



「くくっ・・・面白ぇ。」

ヒュンと風を切る音。そして轟音。

一護の居た位置からその後ろに聳え立つ建物までがたった一閃で破砕された。
斬撃を喰らう寸前にその場から退いていた一護は剣八の一撃に小さく口笛を吹き、楽しそうに笑う。

「サスガ。」

“剣八”を名乗る死神は違うね、と。

「てめえこそ・・・。元々この眼帯を外してまで戦うことなんざ滅多に無かったが、 自分からわざわざ外しに来る奴ってのは初めてだぜ。」

剣八にとって、なぜ眼帯のことを知っていたかになど興味は無い。
今はただ、この戦いを楽しむことに全身全霊をかけるのみ。

「お前となら全力で殺り合えそうだ!一護!!」
「そう言ってもらえるなんて光栄だね!――俺も全力で叩き込ませてもらうぜ!!」

同時に地を蹴る。
そして二人の霊圧が爆発した。
ぶつかり合った衝撃は周囲を巻き込み、白い建物が次々と崩壊していく。







そして、残ったのは―――。

「ホント、流石“剣八”だよ・・・強ェなぁ。」
「自分が負かした奴に、何・・言ってやがる。」

一護は二本の足でその場に立ち、剣八は血を流して地面に仰向けで倒れていた。



「剣ちゃーん!!」

声は上空から。

「やちるか・・・」

十一番隊の副官章をつけた小柄な人影が剣八の傍に降り立った。

「剣ちゃん、ダイジョーブ?」

やちる、と呼ばれた小さな少女は剣八の姿に顔を曇らせる。
剣八は荒く繰り返される呼吸の合間に「平気だ。」と呟くが、それでも少女の曇りが晴れることは無い。
困る剣八。

だが彼と同じかそれ以上に一護も困っていた。
現世にいる妹達と同じ年頃の(見た目をしている)少女が悲しげな顔を(しかも自分の所為で)しているのだから。

「えっと・・・やちるちゃん、だっけ?」
「なに?いっちー。」
(“いっちー”?・・・ま、いいや。)

そろりと近寄り、一護はやちるの傍で片膝をつく。

「剣八の怪我・・・俺でよければ治すけど・・・」

言った途端、やちるの顔がパァァと明るくなった。

「ホント!?剣ちゃん治せるの!?」
「あ、ああ。」

やったー!と両手を上げたやちるに、一護の眉間の皺も緩む。
そして早速剣八の傷口に手を翳すと、手のひらに力を集中させた。





「これでよし、と。」
「ありがと、いっちー!」
「どういたしまして。」

傷は塞がっても失った血液を全て取り戻せたわけではなく。
まだフラつきの残る剣八をその小さな体で支えて、やちるが笑みを零した。
後は四番隊に頼んで体を休ませるのだという。
そうか、と呟いて一護はやちるに手を振った。

「じゃあな。」
「バイバイ!また剣ちゃんと遊んであげてね!」
「考えとくよ。」

一護は苦笑し、建物の壁面を蹴って遠ざかって行く大小の影を見送る。





「・・・さて。次はどうしましょうか。」

僅かにふざけた物言いは、風に攫われ消えていった。






















夜一さんが来るまであと少し。











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