死覇装姿に気づくや否や全力で絡んできたイノシシ原人こと岩鷲を殴り倒し、 しかしそれでも起き上がり当身を食らわせようとした彼を避け、勢いを殺せずに外に出てしまったその背を見送りながら、一護は降って湧いたこの災難に短く溜息をついた。












ニクシミノタイショウ 2











斬月を右手に下げ、飛び出た岩鷲を追うように一護が外に出る。

「一体何なんだっての・・・“自称ばっかり人間”め。」

(何が自称、西流魂街の真紅の弾丸・西流魂街のアニキと呼びたい人・西流魂街一の死神嫌いだ。)
『あの野郎が言ったこと全部覚えてたのか。』
(馬鹿馬鹿しく叫んでたからな。)
『ハハ・・・』

先程岩鷲が一護に取った態度に対して不機嫌さを滲ませながら呟く少年に白い相棒が苦笑する。
確かにあれだけあからさまにされるとコッチも流石に腹立つわな・と。




「・・・っ!死神なんぞこっからとっとと出て行きやがれってんだ!! 俺様の目の黒いうちはこの西流魂街に一歩たりとも入れやしね・・「うるせえよ。」

立ち上がり、自分の方に歩いてくる一護を指差す岩鷲。
それを視界の中央に捉えた一護が歩くために踏み出していた右足で強く地面を蹴り、 勢いに乗って岩鷲の顔面に左の足でガツンと一発見舞った。
ふらりと倒れた岩鷲へ、猪に乗った数人から心配気な「アニキ!!!」という声が上がる。

「いきなり全力でカラんできて、それに加えて今度は出て行けだぁ?・・・いい加減にしろよ。 つーか俺にはお前の言うこと聞く義理なんてこれっぽっちも無ぇことくらい理解出来てそういうこと言ってんのか?」

溜息交じりに零す一護。
それを聞いて起き上がった岩鷲が「はっ」と鼻で笑って一護を見据えた。

「ンこたぁこっちの知ったこっちゃねえよ!!ただ素直に出て行かねぇってんなら仕方ない! つまりは死神さんよ・・・どうやらテメーと俺様は戦う運命にあるらしいってことだ!!」

言って、岩鷲が腰の後ろに下げていた剣を抜く。

「や・・・やめるんじゃガンジュ!!その人は悪い死神ではないんじゃ!」

戸口から顔を出し、長老は岩鷲を止めようとするが「うるせぇ!!」の一言で跳ね返される。
しかし、チラリと長老を流し見る岩鷲の瞳は怒りではなく何か別のものに染まっていた。

(なんだ?)

その色に一護は内心僅かに首を傾げるが目の前の人物の名前が"ガンジュ"であることしか知らないことに気づき、 考えても答えが出るわけ無いと早々に諦める。
そんな一護の様子を察するはずもなく、岩鷲は僅かにトーンを落として唸るような響きを持った声で告げた。

「わかってんだろ長老!死神は死神・・・いいも悪いもねェんだよ!」
「・・・ガンジュ・・・」

彼の身に一体何があったのか知っている者としてだろう。長老が悲しげな顔をする。
しかしそれに構うことなく岩鷲は一護に向かって走り出した。

「いくぜ死神ィ!!!」
「だぁーもう!だから何だってんだ!」

ダッと駆け出した岩鷲が右手に持った肉厚な剣を撃ち付けてくるのを一護は斬月を縦に構えて受け止める。
ギュイィンと金属同士が擦れ合う嫌な音。
その余韻が消えぬうちに剣を撃ち合わせたまま岩鷲がニッと哂った。

「テメーの斬魄刀・・・随分とでけぇが、その剣のデカさだけで俺に勝てると思うなよ!!」
「・・・?何が・・・」

自分が特別優位に立っているわけでも無い状況でそう言った岩鷲に一護が訝しむ。
と、その時。
一護は斬月を突き立てた地面のすぐ傍で岩鷲の左足が円を描いたことに気づいた。

(まさか、コイツ・・・!)

岩鷲の足が描いた円の中央に打ち付けられる。
途端、グラリと安定を失う斬月。

「しまっ・・・!」
「沈めぇ!!!」

砂状化した地面へと一気に斬月が押し込まれた。

「ちっ!」

『石波か。』
(志波家の人間かよ!)
―――だからあんな目で死神おれを睨みつけていたのか!


岩盤のような硬い物質でも瞬時に砂と化す、志波家の人間が伝え持つ技。
それを操って見せたことから岩鷲が志波家の人間であったことを知り、一護が納得したとばかりに胸中で叫んだ。

その間にも頭の別の部分でほとんど全て砂に埋もれてしまった斬月は今から引っこ抜くわけにもいかない・と判断し、 素早く目の前の奴から距離を取るよう全身に信号を送る。
そのすぐ目の前を岩鷲の蹴りが掠め、一護の前髪を攫った。

ヒュッと呼気を漏らし、斬月を手放した一護は一気に後ろへ飛び退く。
それを追う様に岩鷲も地を蹴った。
岩鷲が続いて蹴りを放とうと右足を上げる。
しかし次に何が来るのか悟った一護はニィっと口角を上げ、タイミング良く腕をクロスさせた。

ドンッと一護の胸に吸い込まれるように入る岩鷲の右足。
決まったはずの右足は、しかしクロスした腕に妨げられ、それどころかズボンの裾をガッチリ掴まれ固定されていた。

岩鷲が目を見開くが、もう遅い。
交差させた腕を勢い良く開き、一護が岩鷲の左頬へと拳を送った。
それは空手の技の一つ。
鈍い音がして岩鷲が呻き、一護が「はっ」と笑う。

「どうだ?今のは効いたろ!」
「くそがぁっ!!」

パッとズボンから手を離され自由に動けるようになった岩鷲は一護に向かって剣を振りかぶる。
向かって来る岩鷲の腕の手首近くを頭上で受け止めてそのまま左手で右腕を掴み返し、一護は鋭く右拳を突き出した。
脳味噌が揺さぶられるような衝撃に襲われた岩鷲はタタッと何歩か後退する。
しかしただ後退しただけで倒れるわけでもなく、僅かにふらつきながらも両足を地につけている岩鷲に対し、 一護は「タフな奴だな・・・」と少々感心しつつ右手をヒラヒラさせた。

『何なら瞬閧状態で殴れば?』
(いやいやいや・・・それ、かなり危ないから。)
『いーじゃん別に。』
(お前、その発言はちょっと恐いぞ。)

「てめえ・・・!」

そう言って鼻血を拭いながら睨みつけてくる岩鷲を前にしたまま一護は白い彼がさらりと言った言葉に冷や汗を流す。

とそこで、岩鷲をアニキと呼んでいた一人に背負われていた巨大目覚まし時計がジリリリリリと午後九時を告げた。
すると岩鷲は急いで猪にまたがり、一護に対して「タンポポ頭」や「テメーとの決着はまた今度つけてやらァ!」、 さらには「綿毛みてーにフワフワ飛んで逃げんじゃねーぞ!!」とのたまって、仲間達と共に走り去ってしまう。

そんな巨大猪とそれにまたがる彼らを見送り、静かに、しかしこめかみにはっきりと青筋を立てて一護はこっそり呟いた。

「今度会ったらとりあえず一発殴っとく。」

―――どうせこちらは志波空鶴の家に向かうのだから。






















一護を愚弄したので白一護も岩鷲のことは野郎呼ばわりです。











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