熱が冷めたあとに自分がやったことを見返せば、後悔とは後から悔いるということだ・と否応なしに実感させられるものだ。
それは此度の勉強会も例外ではなく。 「ほんっとーに、すみませんでしたっ!!」 そう言って戦った相手に頭を下げたのはオレンジ色の髪の少年―――黒崎一護だった。 センセイトセイト 3
左頬につけられた傷によってようやく本気になった浦原。
その彼と一護の戦いはかなりの激しさをもって、実に半日以上にも及んだ。 ボロボロになった地下の勉強部屋。 常に一定の光量を保っているせいか時間の判らぬまま続いたそれは、 荒野にぱっと鮮やかな赤色が舞うことで強制的に終了となった。 商店の店員達が見たのは深緑の衣がドス黒く染まるところ。 そして浦原の脇腹を深く刺し貫いた斬月を握り締めた少年の、未だ熱冷めやらぬ表情。 「店長っ!!」 そう声を上げたのは三人のうち誰だったのかも今や曖昧になってしまったが、 とにかく浦原を呼ぶ声にハッとした一護はそれからすぐに治療に当たったのだった。 一護の鬼道が凄かったのか、はたまた浦原製の義骸だったからなのか。 翌日にはケロッとして床から起き上がった浦原に、そうして一護は冒頭の通り頭を下げたのである。 「本当にすみません!つい熱くなっちまって・・・!」 土下座までしだす一護を前に、浦原は布団の上に腰を下ろした状態のまま困ったように頭を掻いた。 「いいですって。アタシが本気でやるって言ったんスから。それに・・・」 浦原の言葉に頭を上げた一護が一体何かと視線を合わす。 その様子に微笑んで、浦原は言葉を続けた。 「アタシも熱くなっちゃいましたし。本気で黒崎サンの首、取ろうとしてましたからね。」 ―――これじゃァ“センセイ”失格だ。 そうヘラリと笑った浦原を見て、一護は気まずそうに顔をしかめた。 (でも俺、ちゃんと冷静でいれば怪我なんかさせなかったはずなのに・・・) 目的を忘れ、戦うことをただ楽しむだけになっていた自分。 招く必要のなかった結果まで招いてしまったという事実に一護は少なくない負い目を感じてしまう。 「あ、そうだ。」 「・・・?」 突然声を出した浦原に一護が訝しげな視線を向ける。 浦原はニッコリと笑みを作りながらその視線を受け止め、「あのですね、」と口を開いた。 「黒崎サンってアタシのことセンセイって呼びますよね?」 「へ?・・・あ、ああ。」 先程の会話と全く繋がりが感じられない台詞に戸惑いつつも、一応はそうであるので頷く。 「でもね、実際に剣を交えてみると、どう考えてもキミの方が強くありません?・・・・・・違いますか?」 「それは・・・」 言ってしまえば確かにそうだが、それは本当に口に出すべきことなのだろうか・と、一護は口ごもる。 だが、ますます眉間の皺を深める一護とは逆に、そんな様子を見ていた浦原はふわりと優しく微笑んだ。 「正直に言ってくださって構いませんよ。 確かに、ずっと年下の人物よりも劣っているという現実は誰にとっても受け入れがたいものだ。 それでも、今のアタシの心境を言わせてもらうとすれば、 キミにならそれでも構わない・・・むしろキミの方が強いという事実を快く受け入れられるんです。」 「・・・・・・・・・変な、ヤツ。」 「そうっスね。自分でもそう思うっスよ。・・・・・・で、言いたいことはですね。 アタシのこと、センセイって呼ぶのやめていただけませんか? ホラ、アタシってばちっともセンセイじゃありませんから。・・・ね?」 その浦原の提案に、一護は「はい?」と声を上げた。 呼び方と自分の過失にどういう関係があるのだと。 一体何故、今こんな時にそういうことを言うのかと。 先刻とは別の意味で眉間に皺を増やした一護を見つめながら、浦原はなおも「ね?」と問うてくる。 「〜〜〜ッ!わかったよ!んじゃ、これからは勉強会中も浦原さんって呼べばいいのか?」 「ただの“喜助”で構いませんよ。」 「却下。」 「即答っスか・・・」 「んじゃ、これからは“浦原”で。」 そう言った一護に浦原はさらに笑みを深くする。 「なんだよ・・・なんか変な意味でもあんのか?」 ただ呼び方を変えただけの事で何をそんなに嬉しそうな顔をするのか・と表情で問う一護。 それに「だって」と満足そうに言葉を紡ぎだす浦原は、ぽんと一護の頭に手をやって一度だけゆるりと髪を梳いた。 「だって、もうアタシはキミのセンセイではないんスよ? だからキミとアタシが剣を交えたアレも勉強会ではなく、ただの手合わせ。 どっちも本気で戦うから片方が大怪我しても誰にも文句は言えない。そして、怪我は負った方が悪い。」 「む、無茶苦茶だ・・・」 そう。無茶苦茶だけれども、目の前の男はとにかく理由をつけて自分を許そうとしてくれている。 それに気づいた一護は、なんだか分からないもので胸がいっぱいになったような気がして、ぐっと唇を噛んだ。 「無茶苦茶もデタラメも結構結構。それが、今キミの目の前にいる浦原喜助っス。」 微笑む浦原を前に、一護は眉間に込めていた力を緩めて笑みを作る。 (やっぱり“大人”なんだな。アンタって人は。) 心の中でだけそう呟いたあと、一護は小さく「ありがとう。」と言葉を紡いだ。 |