勉強会二日目の朝。
浦原は目の前に座っている少年からなにやら酷く疲れきっているような印象を受けた。 「寝てないんスか?」 「・・・・・・寝てたよ。」 覇気無く返す少年――黒崎一護の様子に釈然としないものを感じながらも、 しかし浦原は特に追求することもなく「無理はしないでくださいね。」とだけ言っておくことにした。 まだほんの少ししか生活を共にしていないが、それでも一護の答えられそうな疑問とそうでないものが 浦原にも――何となくではあるが――わかってきた為だ。 「んー。サンキュ。」 そう言って笑みを浮かべた一護の顔は、やはりどこか力無いものだった。 センセイトセイト 1
黒崎一護は疲れていた。
昨日の戦闘のためでも、またその後の治療やテッサイの手伝いのためではない。 と言うよりも一護の疲労は肉体的なものではなかった。 それは精神的なもの。 一護は昨日の浦原との戦闘中に相棒が「覚悟しとけ」と宣言した通り、見事に扱かれてしまったのだ。 夢の中――と言うよりも精神世界――で延々とあの白い相棒に攻撃を仕掛けられたゆえの精神的疲労が 目覚めたあとに肉体にまで影響を及ぼしてしまったようで、今朝の寝起きは最悪。 しかも精神世界ゆえに流れる時間も自由に変えられることが仇になって、 一晩ではなく丸一日ほど凶器を持った相棒に追い掛け回されることになった記憶は一護の新たなトラウマになるほどのものだった。 (死ぬかと思った。いや、むしろあれは死んだ。) 昨晩の経験について率直にそう思う。 自身の斬魄刀も面白半分で付き合ったようで、相棒の手には斬月がしっかりと握られていたのを一護は見ており、 まさにナマハゲにでも追いかけられた気分というところだろうか。 「もう少し今日の勉強会のこととか考えてくれてもいいだろうが。」 『・・・クク。どうせお前が本気出すわけじゃねーんだから構わないだろ?』 ポツリと放った文句は、しかし相棒に彼自身の過失を認めさせるには不十分だった様だ。 確かに、少しくらい疲れていようがヒト相手に大敗するとも思えず、またもし負けたとしても 浦原喜助のレベルなら危ない所で寸止めくらいしてくれるだろうとも思えないわけではないが。 それでも――― 「万が一って事もあるだろ?」 溜息交じりに不平をもらして一護はその話をお開きとした。 「センセー、今日は本気出してくれよ。」 「わかってますよン。アタシだって怪我したいワケじゃありませんしね。」 朝食を済ませた後、さっそく地下の勉強部屋に移った一護と浦原は 三人の店員達に見守られながらお互いを見据え、剣を構えた。 人工の明かりに照らされて斬月は鈍く、紅姫はどこか艶やかさを含んで煌めいている。 その様子を視界に捉えながら、一護はどうしても頭がいつもより鈍っているように感じていた。 (ま、大丈夫かな?) 鈍っているように感じるが特にそれほどでもないし、また何かあれば相棒がゴチャゴチャ言ってくるだろうと 大して気にすることもなく、一護は戦うことだけに集中して思考を切り替えた。 両の手で斬月の柄を握ったまま真っ直ぐに相手を見る。 「行くぜ。」 「いつでもどうぞ。」 そう返した浦原の声を耳に入れ、一護は大地を蹴った。 一護が立っていた場所は衝撃で砂塵が舞い、そしてその一瞬後には金属同士を打ち鳴らす高い音。 真正面からぶつかり合った二人は、そうして剣撃を受けた方――浦原が紅姫を振り下ろし、 剣撃を与えた方―― 一護が浦原の動きにあわせて斬月の切っ先を地面に向けながら体を捻って 軽業師のように浦原の上を飛び越えた。 「あら、身軽ですねぇ。」 ヒュウと口笛を吹きつつ浦原が素早く後方に剣を振るう。 その口笛よりも高く鋭い音が空気との摩擦によって起こり、紅姫が目標に触れようとするが――― 「まだまだ・・・っと。」 一瞬にして距離をとった一護が空振りに終わった攻撃を見てニヤリと口元に笑みを刻む。 (今の一撃、めちゃくちゃ速かった。) 『だけど避けられねぇわけでもない。』 むしろあれくらいのモン喰らいやがったら今晩もみっちり扱いてやるからな・とたっぷりの脅しを含んだ相棒の声に 一護は内心冷や汗をたらし、ゆるく弧を描いていた口元もスッと一直線に引き結ばれた。 「黒崎サンって瞬歩も使えたんスか。」 「一応な。」 先程の浦原の一撃を瞬歩でもって避けた一護が「そういや言ってなかったか。」と付け足す。 「それじゃァ瞬歩使って戦いましょうかね。」 「戦ってる間ずっと使い続けるってことか?」 それはかなり疲れるなぁ・と一護は浦原の提案に苦笑を返すが、発する言葉とは逆に楽しそうな雰囲気を纏っている。 (ヒトと瞬歩有りで戦うっての初めてかも。) 瞬歩を使ってきたヒト――朽木白哉のことだ――はいたが、双方共に瞬歩を使ったことは経験にないため、 これは尸魂界に行く前にいい機会だと、一護は「んじゃ、そうする。」と承諾の意を返した。 「あらためて、それでは。」 「おう。」 一護と浦原が同時に地を蹴る。 今度は一瞬の間を空けることもなく金属音が響き渡った。 |