「なぜ私を連れて逃げるのだ、ボーイ!私は逃げるわけにはいかないと言っただろう!!」
襟を持たれ引きずられながら観音寺が叫んだ。 「はぁ!?何言ってんだよテメーは!」 一護が足を止めて観音寺を放り出す。 「いい加減にしろよ!!さっきからそればっかり! 何でテメーは逃げるわけにはいかねぇんだ?きちんと分かるように説明しろ!!」 かたくなに逃げるわけにはいかないと言い張る観音寺。 何故そんなにも戦おうとするのか。 もう誰かが傷つくのは見たくないのに・・・・・・ スイヨウビノダイメイワク 5
「それは私が・・・」
観音寺が逃げない理由。 それは―――・・・ 「私が、ヒーローだからだ!」 (殴ってやろうか・・・!) 思っても口に出すまい、手は出すまい。 こめかみに青筋を浮かび上がらせながら、一護は怒鳴りそうな衝動に耐える。 「ボーイは私の番組の視聴率がどれくらいあるか知ってるかい?」 「あァ!?」 そんな事知っている。 毎回「ぶら霊」が25%という高視聴率を獲得しているのは有名な話。 しかしそれを素直に答えるのはかなり嫌だ。 ・・・特にコイツの前では。 「答えたくねぇ・・・」 「その通り!25%!!!実に国民の4人に1人が観ているんだ!!」 「〜〜〜〜〜ッ」 勝手に話を進めていく性格。 ここで一発殴っておけば少しは改善されるのだろうか。 こぶしを握って力説する観音寺を見ながら、一護は僅かに殺意を覚えた。 しかし観音寺の言動がいきなりしんみりしたものへと変わる。 そして彼は語りだした。 その多くの視聴者は小さな子供であると。 彼らにとって自分はまさしくヒーローであり、悪霊に立ち向かう自分の姿を見て勇気の何たるかを知る。 だからこそ、テレビに映る自分は敵から逃げてはいけない。 勇敢なヒーローでなくてはならないのだ・・・と。 「・・・観音寺・・・・・・」 一護は落ち着いた声音で観音寺の名を呼ぶ。 自分の力を過信しているわけでもなく、また見栄を張っているわけでもなく。 幼い子供達のことを思って行動しているのか。 「さァっ!わかったら早く会場へ戻ってあの怪物と戦おう!!」 急に勢いを取り戻した観音寺が玄関に向けて歩き出す。 しかし一護はすぐさま彼のマントを掴んで引き止めた。 「何をする、ボーイ!!」 「バカヤロウ!そんなことしたら観客が巻き添え喰らうかもしれねぇだろ!!」 「・・・!」 「ファンを守るのもヒーローの務めじゃねぇのか!?」 「それは・・・」 観音寺が何かを言おうとするが、突然一護は舌打ちし、観音寺の体を抱えてその場から大きく飛びのく。 直後、一護が立っていた廊下が大きく盛り上がった。 床を突き破って出てきたものには目もくれず、一護はそのまま疾走する。 「な、何ごとだ!?」 体を抱えられたままの観音寺が驚いてその方向に目を向けた。 見えたのは、あの仮面を被った怪物。 「アイツは虚って言って、アンタや俺みたいな霊的濃度の高い魂を狙って喰うやつなんだ。」 一護は走りながら説明を続ける。 「だから、俺達がここにいれば観客に犠牲者が出ることは無い。」 「・・・ボーイ・・・・・・ユーはそんなことまで考えて・・・」 感心しながらも観音寺ははっとして気づく。 「それなら今この場所で戦っても良いのではないか!?」 その問いに一護は苦笑して答えた。 「何言ってんだよ。カメラの無い所で倒しても意味ないだろ? あんたはヒーローなんだからさ。みんなが見えるところにいねぇと。」 そう言って階段を駆け上がる。 「それに此処じゃあ天井が低すぎて剣が振りにくい。だから・・・な?」 一護が目の前の扉を蹴破った。 目の前に広がるのは病院の屋上、そしてライトとカメラをこちらに向けてくるヘリコプター。 「アイツは俺に任せて・・・うまくやれよ、ヒーロー。」 観音寺を投げ出し、一護は構えを取る。 それに僅かに遅れて虚が飛び出してきた。 「涎なんか垂らしてんじゃねぇよ・・・お前が食うモンなんて此処にはねぇんだから・・・」 虚が観音寺の方を向く前に一護は虚へと肉迫する。 「悪いな。オシマイだよ。」 告げて、斬月を上から垂直に下ろし、白い仮面を真っ二つにした。 怪物が倒れたのを見て、観音寺が歓声を上げる。 しかし一護は虚のほうを向いたままそこに佇んでいた。 「ボーイ!もっと喜んだらどうだ?モンスターを倒したんだぞ!?」 観音寺が駆け寄るが、一護は崩れ行く虚に目を向けたまま、視線を移そうとしない。 「モンスターじゃねぇよ・・・アイツは、鎖がちぎれて胸に穴が開いた霊だったんだ。」 一護の見つめる先で、虚だったものがあの男の霊になって・・・いや、戻っていく。 「そんな・・・」 それを見て、観音寺が膝をついた。 「それじゃあ・・・私が今までやってきたことは一体・・・・・・」 声が震えている。 呆然と見つめる先にはもう何も無い。 虚が消え、一護は観音寺に向き直る。 「今までのことを気にするなとは言わねぇよ。けど後悔したって何にもなんないぜ?」 「でも・・・私は、自分が不甲斐なくて・・・・・・」 悔し涙を流す観音寺に一護はため息をつき、そして聞こえてきた声に苦笑して見せた。 「おい・・・泣くのはその辺にしとけよ、ヒーロー。みんなが、手ェ振ってるぜ・・・」 此処は屋上。 フェンス越しに下を見やればそこには・・・ 歓声を上げる、彼のファン達。 「どうした?答えてやれよ。・・・それが、ヒーローの務めなんだろ?」 観音寺は立ち上がり、大きく息を吸った。 「ボハハハハ―――――ッ!!」 「「「ボハハハハ―――――ッ!!」」」 返ってくるのは大きな声と明るい笑顔。 観音寺はさっきとは別の涙を浮かべ、一護に告げる。 「ボーイ・・・ありがとう。見事な戦いだった。私は・・・ユーの勇気と機転、そして強さに敬意を表する。」 そう言って一護に手を差し出す。 「これからも・・・どうか私に力を貸してくれ。」 やはり大人にそう言われると照れるもので。 「まぁ時々なら・・・」と一護は躊躇いがちにその手を握った。 観音寺が微笑む。 「ユーは今日から私の一番弟子だ・・・!」 一護の顔が固まったのは言うまでもない。 ほらな、占いなんて当たりゃしねぇんだ。 そんなモン信じられるか。 後日、一護がそう相棒に語ったかどうかは不明である。 |