天国へ臻る者
その日。
彼の“日常”はあっけなく崩れ去った。 目の前には赤、赤、赤。 千切れた手足、潰された顔。家族だったモノの中で、顔にもオレンジ色の髪にも赤い液体をべっとりとつけながら、彼はただ恐怖に怯えるしかなかった。 歯はカチカチと音を立てて鳴り止まず、目をこれでもかというくらい見開いて・・・しかしそれだけで。 のそり・・・ずるり・・・と腐乱した体を引きずって近づいてくるソレを前に彼はなす術もなく「死にたくない」と―――。 ソレは醜い大きな口をニタリと笑みの形に吊り上げ、濁った黄色い瞳で彼を見た。 唇とその間から覗く歯には赤い血肉がこびりつき、どう見てもパーツが足りない周囲のモノが一体何処に行ったのか嫌でも理解できる。 もう吐き気すらやってこない。 喉の奥からはヒューヒューと空気の漏れる音がした。 そして、衝撃と共に彼の世界は暗転し―――・・・ 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・ええ。この子、死んでませんね。」 「それでおぬしは如何するつもりじゃ?」 「さて・・・それはご本人に訊いてみないと。」 元は赤かったはずの液体で濡らされた一室。 その中で片膝をついて何かを調べていた男がおもむろにその“何か”を両手に抱えて立ち上がった。 持っていたのは所々が赤黒く固まってしまった橙色の球体―――否、人間の頭部だ。 「オレンジ色か・・・」 「そうっスね・・・しかもこれ、地毛みたいなんスよ。」 「ほぅ・・・」 男の答えに同じ部屋にいた女が返す。 浅黒い肌をしたその女は猫を思わせる金色の眼でその頭部を見つめ、「浦原」と男の名を呼んだ。 「おぬしが問うのか?」 「アラ。夜一サンたらこの子にご自分で質問されたいんスか?」 人間の頭部を手に持ったまま浦原はニコリと笑みを作る。 しかしそれが内心とは真逆であることを知っている夜一は、ただ「否」と答えて一歩後ろに下がった。 浦原が己の目の高さに頭部を持ち上げ、そして問う。 「どうです・・・?アナタはまだ生きたいですか?」 くすんだ金髪を人工の明かりの下で光らせて。 |