暗闇から浮き上がった俺が目にしたのは、見慣れた人の見たことが無い顔だった。
「・・・浦原。なんて顔してんだよ。」 「黒崎サン・・・?」 水分をたっぷり含んだ翡翠の目からポロリと雫が落ちる。 「鬼の目にも涙、か?」 微笑んで、俺は浦原に手を伸ばす。 後から後から零れてくる雫を拭ってやって、その手をぺろりと舐めた。 「ちゃんとしょっぱいんだなぁ、お前のも。」 差し込んできた朝日・・・かな? それが浦原の髪と涙に反射してキラキラと輝いている。 帽子は被ってないけれど、ああ記憶が戻ったんだなってことは分かった。 そう思った理由は、なんだろう?何となくかもしれない。 呼び方とか、顔つきとか、瞳の温度とか。 「記憶、戻ったんだ・・・?良かったな。」 「でも!アタシ、黒崎サンに・・・!」 浦原が言葉を切った。 ああ、後悔してるんだ。コイツ。 俺にしたこと、全部覚えてるんだな。 本当に不便な頭だよ。 後悔したくなるようなことは覚えてるなんて。 「浦原。」 「・・・は、い?」 俺に何を言われるのか、もしかして恐れているのだろうか。 「俺、言ったぜ?いいって。」 「っ、それは。」 「ちゃんと伝わったかどうかわかんねぇけど・・・アンタになら殺されたっていいって、そう言ったよ。」 「それでも!」 んー・・・意外と頑固なんだ、コイツ。 俺が無条件で許してるってことに納得してくれねぇのな。 床に頭こすり付けて土下座しろとか俺の足を舐めて詫びろとか、そういうことでも言えと?・・・冗談だけど。 あ、いいこと思いついた。 「なぁ浦原。」 「はい?」 「あれから何日たった?今日は何日だ?」 質問の意図が分からないのだろう。浦原の頭上には疑問符が浮かんでいる。 「何かあるんスか?」 「いいから。」 「・・・あれから27日経ちました。今日は8月15日っス。」 おお。何かちょうどいい感じ。 流石に寝すぎじゃねぇか、俺!って気はしないでもないけどな。 「じゃあさ、これやってくれたらアンタのこと許すよ。」 「へ?」 困惑してる。 凄いな。今日は俺の見たこと無い浦原の顔がオンパレードだ。 なんだか得したような気分になって俺は込み上がる笑いを何とか抑え、この頑固者に許すための条件を出した。 「祝え。」 「・・・は?」 「俺の誕生日、祝えよ。一ヶ月遅れだけど、アンタまだ言ってくれてないじゃん。おめでとうって。」 当日は来なかった。 次の日は既に記憶がなかった。 未だアンタは俺におめでとうの一言もなし。 「そんなこと・・・」 「“そんなこと”で悪かったな。でも俺にとちゃァ充分大切なことなんだよ。アンタからの言葉っつーのはな。」 あ、浦原が黙り込んだ。 しかも俯いてやがる。 「・・・いいんですか?」 「良いも悪いも、俺が言ってんだぜ?」 笑って返せば、浦原が顔を上げて困ったように微笑んだ。 「笑って言えよ。」 「了解っス。」 浦原が笑う。こちらが見惚れるくらいに綺麗な顔で。 「お誕生日、おめでとうございます。黒崎サン。」 生まれてきてくれてありがとう。出会ってくれてありがとう。 今ここにこうして生きていてくれて、本当にありがとう。 END |