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「なぁイヅルー。ちょっと出かけてきてもエエやろ?」 「ダメです!ご自分の目の前に有るものが一体何なのか、それぐらいわかっていらっしゃる筈でしょう!?」 「・・・今日中に提出せなあかん書類やろ。」 そう言ってギンは「はぁ〜」と深い溜息をついた。 「隊長、溜息つきたいのは僕の方なんですけど・・・とにかく!その書類全部片付けるまで外出禁止です!!」 きっぱりと言い切ったイヅル。 副官のいつになく強気な態度にギンは「えー」とか「うー」とか唸るばかり。 (今日は一護君にとって大事な日になるんだから、隊長を彼の元に行かせるわけには行かないんだ! あの人が行けば絶対ややこしい事になるんだから・・・!) ギンの唸り声をよそに、本日隊長に任命される一護のことを思ってイヅルは気合を入れる。 (頑張れ僕!一護君のために!!) やってることは副官の鏡と言えなくも無いが、その動機はかなり不純であった。 7 それまで隣を歩いていた浦原が急に一護の前に立った。 「浦原?」 ただならぬ様子の浦原。 一護は不思議そうにその名を呼ぶ。 「黒崎サン。目を閉じて耳を塞いで置いてくださいね。じゃないとそこが壊死しますよ。」 「は?なにを言って・・・」 そう言って体を横にずらし、浦原の向こう側を見ると――― 「あ。藍染隊長。お久しぶりです。」 黒縁眼鏡をかけた藍染惣右介がこちらに向かって歩いて来ていた。 浦原の後ろから顔を出した一護を認め、藍染が微笑む。 「やぁ、黒崎く「黙れ。黒崎サンの半径1km以内に近づくな、変態眼鏡。」 藍染の言葉を遮って、浦原が冷たく言い放つ。さらに次句をつがすまいと矢継ぎ早に口を開いた。 「それ以上近づくな。今すぐ瞬歩でアタシの目の届かない所に行け。 それと黒崎サンの名を呼ぶな。黒崎サンが穢れる。」 「お、おい!浦原!オマエなんちゅー失礼なことを・・・」 浦原の死覇装を引っ張って一護が非難を口にする。 すると浦原はそれまで絶対零度の無表情だったのをふわりとした微笑に変えて一護に向き直った。 「いいんですよ、黒崎サン。あの変態眼鏡・・・もとい藍染クンにはこれくらい言わないと。 いえ、これじゃ足らないぐら「ひどいなぁ浦原さんは。」 かけられた声に浦原の表情が笑みのまま固まる。 それからくるりとそちらを向いて再び抑揚の無い声で言った。 「アタシと黒崎サンの邪魔をするな。」 それでも「やだなぁそんな事無いですよ。」と言って微笑を崩さない藍染。 此処を去る気はなさそうだ。 (これ以上この空間に黒崎サンを置いとくわけにはいかないっスね。) 浦原は「ちっ」と舌打ちし、一護を抱え込んだ。 「う、うらはら!?」 一護が羞恥で真っ赤になる。 「黒崎サン、暴れないでくださいね。」 そう言って瞬歩を使い、浦原は一護をつれてその場から姿を消した。 8 「隊長に任命・つっても、特に何かするわけでもねぇんだな。コレ一枚もらうだけだし。」 そう言って一護は先ほど総隊長から賜った任命書を陽光に透かしてみせた。 横で浦原が苦笑する。 「そんなもんっスよ。・・・それじゃあ、もう少しドラマチックにやってみましょうか?」 「・・・?もう任命書はもらったぜ?」 「いいから。いいから。」 笑って、浦原は近くに植わっている桜の木の下に一護を引っ張って行った。 ++++++++++ 下に一護たちが居る桜はちょうど満開で、淡桃色の花弁が音も無く舞い降りていた。 「綺麗・・・だな。」 幻想的な光景に一護はただそれだけを述べる。ありきたりな言葉だが、それが一番相応しいように思われた。 「お気に召しました?」 一護と向かい合うように立ち、浦原が微笑む。 「ああ。・・・で、アンタは此処で何をするつもりなんだ?」 問うと、浦原はニコリと笑みを見せ、そして―――・・・ 一護の前に跪いた。 「ちょっ・・・浦原。アンタ一体何のつもり・・・」 突然膝をついて頭を垂れた浦原に一護は戸惑う。 すると頭は伏せたまま、浦原は普段の気の抜けた調子ではなく、朗々と澄んだ水のような声音で言葉を紡ぎだした。 「この度の隊長就任、心よりお祝い申し上げます。 そして、私を御身のお側に置いて下さった事、恐悦至極に存じます。 今この時より、御命あるまで片時も御身から離れず、また命を賭して貴方にお仕えいたしましょう。 ・・・この魂、一片も残さず全て貴方の思うがままに。」 言い切るのと同時、ひときは激しく風が吹き、桜の花弁が花吹雪となって一護の視界を覆った。 「・・・ッ!」 それに目を伏せた一護が再び目を開けると跪いていた男の姿はもう無く、そのかわり視界の端に月色の髪が見えた。 「う、ら・・・はら。」 抱きしめられ、ただただ一護はその名を口にする。 呼ばれた浦原はそれに応えるように両腕にさらに力を込めた。 「本当に、キミの側にいられて良かった・・・・・・手の届く距離にキミがいる。それだけで、アタシはこんなにも幸せだ。 ありがとうございます、黒崎サン。アタシがこの場にいることを許してくれて。」 それを聞き、一護は耳まで朱に染めて浦原の背に腕を回した。 「お、俺だって。アンタが側にいてくんねーと・・・! 浦原がこの距離にいて、手が届いて、声が聞けて・・・・・・今スッゲー幸せ。怖いくらい、幸せなんだ。」 ―――そして、見つめ合った二人の影が再び重なるのを満開の桜だけが静かに見守っていた。 |