こほこほ、と母が空咳をする。彼女の手伝いで庭の掃除をしていたオシュトルは落ち葉を集めていた手を止めて「母上?」と心配そうにその顔を見上げた。
母のトリコリは他人よりもほんの少しばかり躰が弱い。オシュトルの知る限り大病を患ったことはないが、家族としてその健康に常日頃から気を配るのは当然のことだろう。だが母本人はオシュトルの心配顔を見下ろして、大事には及ばないと苦笑した。 「少し空気が乾燥しているせいかしら……。気持ちのいい季節だけど、風邪を引かないよう注意しなくてはね。ああ、そうだわ。ネコネにも一枚多く着せてあげなくては」 「では某が」 「お願いできる?」 「はい」 オシュトルは手早く掃除道具を片付けると、家の中で遊んでいるネコネのために上着を用意する。ついでに母の分の上着も行李から引っ張り出し、「母上!」と名を呼んでから庭に面した縁側に置いた。 「母上もお躰を冷やしませんよう」 「ええ、ありがとう」 母が頷くのを確認してから妹のいる部屋へ向かう。 少し前まで、以前土産として持って帰ってきた花がそこに飾られていたのだが、残念ながら枯れてしまって今はない。しかし薄紅色の花の一つをまだ綺麗なうちに母が押し花にして書冊を読む時に使う栞を作ってくれた。 そのおかげか、最近の妹の趣味はもっぱら読書となっている。とは言ってもまだ字をきちんと読むことはできないので、彼女がやっているのは挿絵を見る程度だ。しかしそう遠くないうちに栞も有効活用されることとなるだろう。 ネコネの誕生日はもう間もなくである。すでに両親は説得済みで、陽の高いうちに帰ってくることを条件に外出の許可をもらっていた。 なお二人の説得に際し、子供であればあの社へ辿り着くことができるという不思議な現象をどう説明したものかとオシュトルは頭を悩ませていたのだが、その辺りは驚くほどあっさりと納得されるに至った。 あの森はかつて『神様の森』と繋がっていると言われていたのだそうだ。だから神様に気に入られやすい子供だけで入ってはいけないと親は我が子に言い聞かせたのである。しかしこの世界において自分達を生み出したとされる『大いなる父』を信仰する者はいても、曖昧な『神様』という存在を信じる者はほとんどいない。子供が時折行方不明になるのも獣に襲われたり迷って帰って来られなくなったりしているのだというのが一般的な考えである。ゆえにいつしか『神様の森』という呼び名そのものが失われ、単に危ないから子供達だけで森に入ってはいけないということになっていたのだ。 しかしオシュトルの両親は今となっては御伽噺でしかない『神様の森』の話を知っており、なおかつオシュトルの言葉を信じた。その上でオシュトルが毎度無事に森から帰ってきた経験から、今回、ネコネを連れて森に入っても問題ないと判断したようである。 そうなるとますます『ハク』という存在について思うことが増えてくるのだが、オシュトルがそれを突き詰めて考えることはない。無論、ハク本人に尋ねることも。あのひとがあの社にいる。オシュトルにはそれだけで十分だったのだから。 ともあれ、今はまだ幼いネコネが風邪を引かないよう兄としての使命を果たす時。「ネコネ」と名を呼びながら、オシュトルは書冊から顔を上げて近寄ってきた妹の肩に薄い羽織を一枚かけてやった。 そして書冊と共に大事に扱われていることが判る薄紅色の花の栞を見つけ、目尻を下げる。もうすぐ彼女にあの花が視界いっぱいに咲いている光景を見せることができる。喜んでくれるといいなとオシュトルは思った。 ――それなのに。 「火事だ――!!」 夜中に警鐘が鳴り響き、ガンガンと大きな音で叩き起こされる。オシュトルが目を覚ました時にはすでに父は家を出て行く寸前。慌てて何事かと尋ねれば、森で火が出たとのことだった。 自然発火なのか人為的なものかは不明だが、最近乾燥した日々が続いていたことも手伝ってかなりの勢いで燃え広がっているらしい。父はそれだけ説明して消火と近隣住民の避難のため足早に家を出て行った。 一方、父を見送った母はこの騒ぎで不安がっているネコネをあやしに家の中へ入り、残されたオシュトルは茫然と父が駆けて行った方を見遣る。 「………………ぁ」 真夜中であるはずなのに遠くの空が赤く染まっていた。 土神や風神の加護を受けた者が中心となって周囲の木々を切り倒し、延焼を防ぐ作業を行っているため、ここまで火が来ることはないだろう。だがあの森にはハクの社や花畑があった。実際にはそこには存在しない場所≠ゥもしれなかったが、万が一ということも考えられる。 「ハク殿……」 しかしまだ子供のオシュトルができることなど無いに等しい。今はただ震える唇を噛み締めて、早く鎮火してくれと祈るしかなかった。 森は三日三晩燃え続けた。 しかし不幸中の幸いとでも言うべきなのか。森の入り口から緑の社までの道のりは火の影響を受けておらず、完全に鎮火した後、オシュトルは久しぶりにハクがいるその場所を訪ねることができた。 「ハク殿!」 「おおー。どうした、そんなに血相変えて」 無事に緑の社まで辿り着けたオシュトルは、全く変わりないその場所とハクの様子を目にして安堵する。全身から力が抜けてへたり込めば、苦笑を浮かべたハクがオシュトルに歩み寄り、手前でしゃがんでみせた。 そしてオシュトルの頭にぽんと軽い感触。頭を撫でられると同時に「心配かけたな」と穏やかな声が降ってくる。 「あの程度じゃ自分もここも何ともならんさ。ただ――」 大人しくハクに頭を撫でられていたオシュトルが「ただ?」とオウム返しをしながら頭を上げる。見上げた先ではハクが眉尻を下げて微笑んでいた。 「ハク殿……?」 「お前が妹に見せたいって言ってた花畑のことなんだが」オシュトルの頭を撫でていた手がすっと退(しりぞ)く。「全部燃えてしまったんだ」 「……え」 無意識にハクの手を視線で追っていたオシュトルは再度琥珀色の双眸と目を合わせて唖然と呟いた。 「あそこが燃えた……?」 ハクが静かに頷く。薄紅色の花が満開を迎えているはずだったあの場所は全て燃やし尽くされ、今は何もない状態になってしまっているのだと言う。 妹も訪れるのを楽しみにしていた場所だ。そんな……とオシュトルは呟いて、いてもたってもいられずに走り出した。自分の目で見なければ納得できない。 ハクもそんなオシュトルの気持ちを理解しているようで、止めることなく、少年の後をゆっくりと追った。 「……………………そんな」 社の裏から伸びる小道を転がるように走り抜けた先、目の前に広がる光景にオシュトルは膝をつく。しばらくして追い付いたハクが誰に聞かせるでもなくぽつりと言った。 「自分の領域はここまでだから、な」 オシュトルが膝をついたその場所、ちょうど小道の終わりまでは以前訪れた時と全く何も変わっていない。しかしそこから一歩踏み出した先はあれだけあった花が全て焼け、黒く焦げた大地が広がっている。あの楽園のような光景は見る影もない。漂ってくる匂いも芳しい花の香りから強い焦げ臭さへと変わってしまっていた。 「この前の火事でこっちまで延焼しちまってなぁ……。自然発火だったし、誰を責めるってこともできん」 どうやら彼は今回の火事がどのように発生したかなどすでに承知しているらしい。だが火に気付いても止めることはなかった。明言しておらずとも、きっとこのひとならできたはずなのに。 そんな思いが顔に表れていたのか、オシュトルが首を捻ってハクを見上げれば、彼はまた眉尻を下げて笑みを零した。 「人為的なものはさておき、自然発火による山火事や森林火災は起こるべくして起こるものだ。そして自然の摂理を捻じ曲げ、ヒトの力じゃできないことを叶えるにはそれ相応の代償が必要となる。この場所を火から護るとなれば、一体誰が何をどれだけ支払うことになっただろうな」 「……っ」 自然の流れに逆らって有り得ないことを起こす行為。妹の笑顔は大切だが、彼女を喜ばせるために誰かが何かを失くすなど、オシュトルだけでなくきっとネコネも望みはしないだろう。それが事実で真実で現実だ。しかしそれでも兄として、妹にあの美しい花畑を見せてやりたかった。 「また……花は咲くのでしょうか」 「そうだなぁ……。火事によって植物が燃え、その灰によって土壌が肥える。だから次の春にでも勝手に芽は出てくるだろう」 ならば来年、ネコネをここへ連れてくることができるのか。と、ほんの少しばかり希望を持ったオシュトルだったが、ハクは申し訳なさそうな声音で「だが」と続けた。 「ここに咲いていた花がもう一度辺り一面に広がって満開になるかどうかは判らん。ひょっとしたら他の植物が埋め尽くしてしまうかもしれない。そうやって森は生まれ変わっていくものだからな」 「……そう、ですか」 オシュトルはその場で項垂れる。 「ヒトの手で種を蒔けばもう一度あの光景を作り出せるかもしれんが、そんな大量の種なんて手元にないし、これから増やしていくとなると数年はかかるだろう」 言って、ハクは自身の懐をぽんと叩く。彼は花の種を少しだけそこに持っているのかもしれない。ひょっとしたらあの花畑を何年もかけて作っていたのが彼自身だったのかも。 「数年……。だとすると某は仕官のために都へと赴いているのでしょうね」 つまり自らネコネの手を引いてここへ連れて来ることはできない。またネコネ自身大きくなってしまい、緑の社がある空間へ足を踏み入れることができなくなっている可能性もある。それにどうやら例外であるらしいオシュトル自身もいつまでハクの元を訪ねることができるのか定かではない。 もしかしたら社の裏の小道を使わずに花畑まで辿り着く方法があるのかもしれないが、ここがどこなのか正確に判らない以上、あまりそちらに期待はできなかった。 「オシュトル……」 心配そうな、もしくは申し訳なさそうな、ハクの声。ハクは何も悪くないのにどうして彼がそんな声を出すのだろう。 オシュトルは苦笑して立ち上がる。 「申し訳ありませぬ。ネコネの誕生日を祝う品はまた別に考えようと思いまする」 告げた言葉は決して偽りではなかったし、声音自体もさほど沈んだものではなかったはずだ。しかしオシュトルが見上げた優しげな風貌は決して安堵したものではなかった。オシュトルの落胆を見透かしたハクはしばらく口ごもり、それからおもむろに口を開く。 「……妹にあの光景を見せてやりたいか?」 「ハク殿?」 いつの間にかハクの左手に奇妙なものが現れていた。 労働を知らない白い指が掴んでいたのは骨のような材質の白い仮面。顔の上半分を隠すそれは額の両端に小さな角が生えている。 それから右手側にも変化が。左手の仮面を顔につけたハクが右手を振るうと、何もなかったそこに鉄扇が握られていた。シャンッと金属特有の高い音を立てて鉄扇を開くと、ハクはそれで己の口元を隠してしまう。 「ハ、ク……どの」 空気に呑まれる、という現象をオシュトルは生まれて初めて経験した。 それまで陽だまりのようなやわらかさを保っていた空気が一瞬にして張り詰め、神聖で厳かなものへと変わる。 ごくりと唾を呑み込むオシュトルに再度ハクより問いかけがなされた。 「妹にあの光景を見せてやりたいか?」 まるで世界そのものが切り替わったかのように感じる。 ここで頷けばきっと願いは叶うだろう。本能的にそれを察し、オシュトルは身を強張らせる。 自然の摂理を捻じ曲げて願いを叶えるならば相応の代償が必要。ハク本人が言っていた。そう、この願いには代償が必要なのだ。 「……代わりに某は何を支払えばよろしいのですか」 尋ねれば、ちゃんと理解しているようだなとでも言いたげに鉄扇の向こう側で微かな笑みを浮かべる気配。 シャンッと甲高い音と共に鉄扇が閉じられ、ハクが答える。 「ここに少しばかりあの花の種がある。それを蒔き、育て、再び花を咲かせて実を結ばせ、何世代も重ねて見渡す限り一面に花を咲かせる……。それを一瞬で成し遂げようとするならば、お前の人生から本来花畑の再生に必要な年数と同じ時間をもらうくらいはせんとな」 ――妹の笑顔のために己の人生を数年とはいえ他人に捧げられるか? そう問われ、オシュトルは言葉に詰まった。 目の前の少年の反応に白い青年は仮面の奥で両目を細める。 そして、 「ま、人生を一部もらうなんて言っても、もらった方は好きにしていいってことだから、自分はお前の生き方に何ら文句を付けず好きにしろよーって放置するのは確実なんだが。ってか誰かの人生を一定期間とはいえこっちで決めるとか重過ぎ。無理。全くもって必要ない」 「…………は?」 厳かな空気が一瞬にして霧散し、いつものハクが戻って来る。しかも早口過ぎて理解が追い付かないのだが、どうにもこうにもハクはオシュトルの数年間をもらうつもりなど端から持ち合わせていないらしい。 「つまり、どういう……」 「お前の時間を代償としてここの花を再生してやるよって話。そんでもって契約の穴を突いて自分がお前に干渉することは一切ない。無論、これはお前がこっちの言葉を全面的に信用してくれなきゃ成立しないことではあるがな」 仮面の奥で深い琥珀色の目がにっこりと笑った。 「で、どうする? お前が一瞬本気で迷っちまうくらいなんだからちょいとズルして叶えてやろうと思ったんだが、やるか? それとも必要ないか?」 それで良いのかと思ったが、本人がそう言っているのだから良いのかもしれない。いやしかし、とオシュトルは思う。そんなことを本当にやってしまって良いのだろうか。 すでにハクが『願いを叶える力を持つ』ということに疑いなどなく、ただそこだけを心配した。答えを口にせずおろおろするオシュトルにハクはくすりと肩を揺らす。 「心配せんでも、昔……十年ちょい前か……一度、今回よりももっと大きな代償が必要な願い事があってな。その時は願いの代償としてある子供の一生をもらったんだ。だが、こちらがそいつに干渉したことなんぞ一度もない。勿論、自分の力も問題なく作用した」 そういやあの時の子供は今頃どこで何やってんのかねぇと呟くハク。本当に契約の穴を突いた何とも言えない方法で自らの権能を行使しているらしい。 本当の本当にそれで良いのか。無言で見上げるオシュトルにハクはニッコリと微笑み、頷く。 「オシュトル、お前はどうする?」 「某は――」 オシュトルにとってハクの言葉を信じないという選択肢はなかった。そんな考えは最初から持ってすらいない。ならば答えは決まっている。ハク本人が良いと言うのであれば、自分は。 「己の今後数年間を其方に捧げましょう。我が願いを叶えてくだされ」 「――承知した」 厳かな神の声が響く。そうしてハクはオシュトルの横を通り過ぎ、真っ黒な焦土と化した大地へ踏み出した。 どこからともなく、リィン、リィン、と清廉な鈴の音が響く。白い仮面を着け、鉄扇を片手に舞うのは、真白の神。くるりくるりと身をひるがえすたび白い上衣の裾がはためき、鉄扇を持つ手を返せば雪のように白い花弁が宙を舞った。 彼が、とん、とその足先を地面につければ、黒い地面から鮮やかな萌黄色の芽が顔を出し、あっと言う間に茎が伸び、葉を広げ、蕾が膨らむ。膨らんだ蕾を扇で仰ぐと、すぐ傍から新しい芽が出て同じように一瞬で成長する。その流れは連鎖となり、瞬く間に黒い大地を鮮やかな緑で埋め尽くした。 光差す緑の大地で舞う真白の神は瞬きを忘れるほどに美しい。まるで魂を抜かれでもしたかのような風体でオシュトルは目の前の光景に魅入っていた。優雅に、艶やかに、それでいて自由奔放に舞い踊るかみさま。オシュトルの願いを叶えるために奏される舞は、それだけで己の一生を捧げるに値するものだとさえ思えた。 しかしやがてその舞も終わる。辺り一面が緑で満たされ、僅かに薄紅色を覗かせる蕾がふっくらと膨らんでいた。 ハクがオシュトルを見る。そのまま視線を逸らすことなく彼は開いたままの扇を天に向け、 「さあ。汝の願い、今こそ叶えよう」 シャァンッ! と、ひときわ甲高い音を立て鉄扇が閉じられた。 「――っ!」 変化は一瞬。ハクが扇を開じると同時に蕾が一斉にほころび、花開いた。鮮やかな緑の大地が美しい薄紅色へと染まり、そよ風に乗って無数の花弁が空を舞う。 芳しい花の香りを肺一杯に吸い込んで、オシュトルは嗚呼と感嘆の吐息を零した。 「すごい……」 そうとしか言えない。この光景を目の前にして、着飾った言葉など何の意味も持たないだろう。 ただ、美しい。ただ、素晴らしい。薄紅色の花の中に真白のひとが佇む情景の清廉さと美しさには、この世のどこを探しても――それどころか、常世(コトゥアハムル)を含めたとしても、敵うものなどありはしないと思えた。 その花の間を通ってハクがオシュトルの元へ戻って来る。願いの対価を支払う時間だ。 オシュトルは姿勢を正し、正面に立つハクを見上げた。ハクは閉じたままの鉄扇の先端をオシュトルの胸の中央に軽く押しつけて―― 「……………………あれ?」 不思議そうに小首を傾げた。 「ハク殿?」 「あれ? ちょっと待てよ……んん? なんだこれ」 「あの、ハク殿?」 何がどうなっているのかさっぱり判らないこちらを置き去りにして首を捻るハク。流石にオシュトルも不安になってくる。だがそれでもやはりハクはうんうんと唸って、「何だ」「どういうことだ」と独り言を繰り返した。 だがしばらく後、ふいにオシュトルの顔をまじまじと見つめ始め、「まさか」と呟く。 「もしかしてお前の母親の名前、『トリコリ』さんじゃないか?」 「確かに母上の名はトリコリと申しますが……」 それが何かと尋ねる前にハクが「あーだからか。なるほどなぁ」と、大層すっきりした表情で頷いた。 「ハ、ク――」 「オシュトルすまん。諸事情によりお前の人生は数年どころか、すでに全部自分のものになってるんだ」 「は?」 「だから今回の代償として改めて数年もらうってことはできない。代わりに別の物をもらう必要がある」 「はあ?」 「いやいや、なるほど。そういうことか。だからオシュトルだけがこの齢で神域に入って来られたのかぁ。あー納得。すっきりした。そりゃ一応形式上とはいえ神のものになってるんだから、年齢がいくつだろうと、本人に自覚があろうと無かろうと、神域への出入りも可能になるだろうよ。うんうん。関わる気なんてこれっぽっちも無かったから、その辺すっかり失念してた」 あっはっは、とハクが笑う。疑問が解決して非常に気分が良いらしいのだが、オシュトルの方はさっぱりだ。全くわけが判らない。なんとか理解できたのは、『オシュトルの人生のうち数年間』では願いの代償になり得ない、ということだけである。 おまけに願いはすでに叶えられているため、ハクから何を代償として要求されてもオシュトルはそれに応えねばならない。……ということに関しては、相手がハクなので心配要らないと思ってしまっているのだけれども。 「ハク殿、詳しく説明してくれませぬか」 「ん? ああ、そうだな。何せ一番お前に関わってくることだもんなぁ」 ようやくオシュトルのことを思い出してくれたハクがすまなかったと言って笑う。 さて、オシュトルの人生がすでにハクのものとなっている、とは一体どういうことなのか。陽だまりのような真白の神はその瞳に懐かしそうな色を乗せて語り出した。 2016.11.16 pixivにて初出 |