薄闇の異形、飛べない




 帝都に御禁制の生物(せいぶつ)が持ち込まれたらしいという噂をハクが聞いたのは、町並みが赤く染まる頃。
 これから白楼閣に帰ってルルティエが作ってくれた夕食に舌鼓を打とうと考えていたハクだったが、そんな話を耳にしてしまえばいくら面倒事が嫌いな性分であっても無視はできない。以前、闘蟲用に帝都へ持ち込まれた蟲や狂暴な生物を見て一時様子をおかしくしてしまった親友(とも)の顔を思い出せば尚更に。
 だが腕の立つ仲間達とは別行動をしていたハクである。まさかこれから賊退治に行くわけにもいかない。したがって「今日は偵察だけ」と己に言い聞かせ、ハクは軽い空腹を訴える腹を抱えながら噂の場所へと足を運んだ。


「――――っ、ぅ……」
 小さな呻き声を上げ、ハクは目を覚ました。後頭部にじくじくとした鈍い痛み。両腕は手首の辺りで拘束され、天井から吊り下げられている。かなり長い間そうしていたらしく肩に違和感があり、逆に腕から指の先までは感覚が妙に遠くなっていた。
(こ、こは……)
 まるで深酒をした翌朝のような気持ち悪さと低速度でしか働かない頭。それに顔をしかめつつ、床に座り込んだ状態のままハクは周囲に視線をやる。意識がなく長時間うつむいていたせいで首が痛みを訴えたが、状況把握の方が先だ。
 周囲には薄暗い空間が広がっており、格子がはまった大小さまざまな鉄製の箱――檻がいくつも転がっている。立ち上がればもっときちんと見渡せただろうが、足が痺れていてまだ立てそうにない。仕方なく注意深く見える範囲を観察すれば、ほとんどは空であることが判った。しかし一部の檻には獣らしき何かの気配があり、耳を澄ませば時折小さな唸り声が聞こえてくる。
 もし檻が一つでも開いていたならば……と、明らかな命の危機に身を震わせる。ハク一人、しかも拘束された状態では絶対に太刀打ちできない。ただしハクの皮膚が粟立ったのは何もそれだけが理由ではなかった。
(さむい)
 着込んでいたはずの濃赤の短い外套とその下の白い上着が脱がされている。腰から下の方は無事だったが、今ハクの上半身は一番内側に着ている薄手の茶色い服一枚のみ。腹の空き具合から今はすっかり夜も更けた頃合いらしく、屋内で風が吹かずとも十分に寒い。
 と、そこまで状況を把握して、ハクは何故己がこんなことになっているのか思い至った。
 御禁制の生物について隠密衆の雇い主であるオシュトルに事の次第を報告する前に少々調べにきたところ、噂はどうやら事実で、おまけにハクは品物――生物かどうかはその場で確認できなかった――を取り扱っていた者達に見つかって捕らわれてしまったのだ。
 後頭部の鈍痛は背後から近寄ってきた敵に殴られたため。そして上半身が剥かれているのは武器の類を持っていないか確認するためだろう。現にクオンから借りている鉄扇の姿がない。
(くそ、万事休すか)
 胸中で毒づいた。
 やはりらしくなく己一人で行動すべきではなかったのだと悔やむが、やってしまったことは仕方がない。顔役が帰って来ないことに気付いて仲間達が動き出してくれるのを期待しつつ、ハクもハクなりに現状打破のため頭を働かせ始める。
 だが、
 ――くいっ
「うん?」
 突然腕を引っ張られた。あまり大きな動作ではなかったため大した痛みはない。
 反射的に上を見上げたハクはそうして己の腕を拘束しているそれ≠目にして絶句する。
「ひ、いっ!」
 ちょうどポタリとハクの顔に粘液が滴った。透明なそれは真上からポタリポタリと落ちてくる。
 粘液をまとい仄暗い部屋の中でテラテラと光るそれは幾本もの肉色の触手をうごめかせ、生理的嫌悪感を湧き上がらせる。しかもその触手のうちの一本はハクの両腕を拘束するために使われていた。
(なん、だ、これは――!)
 ゾゾゾゾ! と激しい悪寒が全身を犯す。形はタタリによく似ており、つまりほぼ不定形。しかしあの不死の化け物のような赤い半透明の躰ではなく、本体と思しき部分も触手と同じ不透明な肌色や淡い赤色が混ざり合っていた。
 太さも長さもバラバラな数えきれないほどの触手からはあの透明な粘液が分泌されているらしく、ハクが起きたことに気付いたその化け物がまるで獲物をいたぶるためとでも言いたげに粘液の分泌量を増やす。ハクの身にポタポタと落ちる雫は更に増え、恐怖に引きつった顔にも降ってくるそれにハクは思わず目を瞑って逃げるように躰を捻った。
 しかし触手の化け物はか弱い獲物が逃げることを許さない。ハクが大きな動きをみせた瞬間、他の触手が一斉に襲い掛かって来た。
「――っ!」
 未だ腕を吊り下げられたままの四つん這いの状態で、最早ハクは声すら出せない。
 痺れて力の出ない脚にも、筋肉がつかず薄いままの腹にも粘液をまとった触手がぐるぐると巻き付いていく。到底知能があるようには見えないものの、そこが呼吸する生物にとって急所であることを知っているのか、首にきつく巻き付くことはしなかった。しかしその代りに成人男性の指を二、三本束ねた程度はあろうかという太さの触手がハクの衣服の内側に潜って直接腹や胸、背にその身を擦り付ける。
「ひ、ぃ、このっ、……やめ」
 渾身の力で振り切ろうとするが、化け物相手にハクの腕力など無いに等しかった。しかし抵抗を止めるわけにはいかない。もしこの化け物が肉食なら、このままだとハクはあっと言う間に常世行きだ。肉色の化け物の本体と思しき部分がパカッと横に割けてそこからギザギザとした歯が覗く……なんて様を想像してしまい、ハクは更にもがいた。
 しかし抵抗虚しく、触手は解けるどころかますますハクの躰に絡みつく。幾本もの触手が服の内側に入り込んできたことで薄手の茶色いそれが捲り上げられていった。やがてハクの白い肌にぬるぬるとその身を擦り付けていた触手の一本が奇妙な動きを見せ始める。
 必死に身を捩るハクの視界の外、腰に巻き付いて胸にまでその頭を伸ばしていた一本が鎌首をもたげる蛇のように身を起こす。するとその先端がパカリと十字に割け、花のように広がった。ただし触手の内側に覗くのは美しい色をした花弁などではない。外側よりも更に赤みの濃いそこにはびっしりと繊毛が生え、一本一本がうねうねと動いていた。
 そしてそれが外気に晒されたハクの胸に吸い付く。
「うあ!?」
 ハクには何が起こったのか判らなかった。慌てて違和感の元――自身の胸元に視線を落とせば、胸の頂にちゅうちゅうと吸い付いている触手の姿が目に入る。全身で感じる怖気はますます強くなり「やめ、やめろ!」と叫びながら身を捩る。しかしその触手はしっかりとハクの胸に吸い付いており、他の触手もこの獲物を逃がすまいと拘束を緩めることはない。
 それどころか同じ器官を備えた別の触手がもう片方の胸にも吸い付いてしまう。
「ふっぅ、う、やめ! くそ、くそっ! ……――――ぁ」
 瞬間、ピクンと小さくハクの躰が跳ねた。それは極々僅かな違い=B有り得るはずのないもの。
 ハクは信じられないとばかりに己の胸を見下ろす。だが小さかった感覚は瞬く間に大きくなり、ハクの顔を赤く染め上げた。
「う、そだ」
 頭を振るハク。しかし胸に吸い付く触手の内側、細かな繊毛が豆粒ほどの大きさの乳首をしっとりと包み込み、やわやわと強弱をつけて刺激している。おまけに頂点付近の繊毛は乳首の穴をほじくるような動きを見せ、そこからピリピリとした痛みとも痒みともつかぬ刺激がハクの全身に広がっていった。
「うそだ、そんな、っ……ぅ、ちがう」
 片言で否定するも、それは明らかな快楽のともしび。胸だけの刺激でじわりと全身に熱がこもり始める。それを巻き付いている触手で感じたのか、拘束する要素が強かった他の触手も多量に分泌した粘液で更に自身やハクを濡らし、特定の意図をもってぬめぬめとその身を動かしだした。
「あ、ああっ」
 脇腹も臍のくぼみも腋下も絶妙の力加減で触手がくすぐっていく。徐々に下肢の一部が窮屈さを感じるようになってきたのを察してハクは絶望した。
「こんな、うそだ……いやだ」
 まだ触られてすらいない場所が兆しを見せ始めている。しかし捕らえられたまま頭を振っても、視界を逸らしても、残酷な事実は変わらない。それどころか――
「ひぅ!」
 ついに触手がハクの下半身にも興味を持ち始めた。
 足首に巻き付く拘束はそのままに、別のものがハクの下肢を護っていた野袴や前垂れを脱がしにかかる。ハクがどんなに暴れようとしても力でそれを押さえ付け、ずるりと一気に引き下ろした。褌にも容赦なく触手が絡み、剥がし、あっと言う間に下の服が全て取り払われる。
「やめっ」
 抗議の声は届かず。上半身への刺激で勃ち上がりかけていたそこに細めの触手がぬるぬると巻き付いた。
「っっっァ!」
 怖気と、快楽と。ぬめる躰で器用に裏筋を擦られれば、男であるハクがそれを感じないはずもなく。ビクリと全身が跳ね、足の指が丸まる。歯を食い縛って耐えようにも、その隙間からは小さな声と呼気が漏れた。
 むくむくと勃ち上がるそこに別の触手が近付く。今度のそれはもう少し太い。蜜を零し始めたハクの陰茎の先端に近付いた触手は、
「っ、ああ!」
 ばくりと広がり、そのままハクの先端を包み込むように吸い付いた。
 胸を弄り続けているそれと同じような内部をした触手がハクの一番敏感なところをきゅうきゅうと締め付ける。おぞましい光景だが、背骨を伝って脳に襲い来る刺激は容赦なく頭を真っ白にさせ恐怖も怖気も吹き飛ばす。鈴口を抉りながら奥へと進もうとする細かな毛。裏筋を刺激し続ける細い触手。緩急をつけて幹全体を扱かれ、更に別のものが玉袋までやわやわと刺激し始める。
「はぅ、あ、あ、あ、あ……!」
 背をしならせて、嫌だ嫌だと頭を振って。ハクの白い裸身が仄暗い空間で妖しげにくねる。
 胸元と脛辺りでわだかまる衣服以外は全て粘液と肉色の触手に覆われ、蜘蛛の巣に囚われた蝶のようにハクは全身を震わせた。
「やだ、やめろ……やめろ、このっ」
 怖気と快楽に指先まで侵され、吐き出す言葉にも力はない。しかし拒絶の言葉ばかりなのが気に食わなかったのか、ハクの眼前に太めの触手がぬっと降りてくる。
「っ!」
 しっかりと張ったエラにドクドクと脈打つ血管。その姿はあまりにも怒張した男根に酷似しており、ハクは顔を引きつらせた。化け物が何をしようとしているのか本能的に悟る。ぎゅっと口を噤むが、しかしこじ開けるようにしてそれがハクの口内に挿入された。
「んぐっ、ぅぅう!!」
 首を振って逃れようとしても他の触手が動きを制限して決してハクを逃そうとしない。むわりと口内に広がる青臭いにおいは男ならば誰もが覚えのあるものを連想させ、ハクは顔をしかめた。
 いっそこのまま噛み切ってやろうか。そうすれば多少なりとも化け物が怯むかもしれない。と考えるハクだったが――
「ぅぐっぇ!」
 ハクの企みを阻害するかの如く触手が喉の奥を突く。歯を立てればどうなるか判っているだろうな、という脅し。もしハクが危害を加えようとするならば、このまま喉を突き破って殺してしまえるのだと示していた。
「……っ、」
 ハクの顎から力が抜けた。しかし触手はそれだけで満足できないのか、口内でゆるゆると動きながらまだ何かを要求する。それはまるで口淫を求めるかの如く。まさかと思ってハクは最低限の動きで頭を振る。
 だが、
「ふ、んぐっ!」
 ハクの拒絶に対し、未だ陰茎に巻き付いていた触手がそこを強く締め上げた。痛みにハクはくぐもった悲鳴を上げる。
 このままでは下が捩じ切られる。恐怖に支配されたハクは仕方なくぎこちない動きで口内のそれに舌を絡ませ始めた。
「ふ、ん、んん、っ、ふ……」
 拙いながらも口淫という行為自体に悦を見出しているのか、満足そうに擬似的な男根がハクの口内をゆるく行き来する。下肢の方の触手も力を緩め、痛みで一旦萎えてしまったそこをまた愛撫し始めた。
 弱いところを強く擦られるたびに爪先から脳天までビリビリと鋭い刺激が走り、ハクの舌が痙攣するように震える。意図せず強く触手を擦ってしまった途端、その先端からは青臭い汁が噴き出した。
「ぐ、ごほっ、あ」
 喉の奥に叩きつけられたそれを反射的に飲み込んでしまい、ハクは大きく咳き込む。だが口の中の触手がそれを許さず、飲み込めと更に粘性のある汁をびゅるびゅる噴き出しながらハクの口の中で暴れる。
「んう、ぐっ……う」
 ごくり、と喉が動いてようやく触手がハクの口の中から退いた。
「う、あっ、げえっ、ぇ」
 下を向いてげえげえと吐き出そうとしても、僅かに口内に残っていた白濁したものが唇の端を伝って落ちるのみ。その色を見てハクはますます顔を歪めた。これではまさしく精液のようではないか。
(きもち、わる…………う?)
「はっ……」
 嫌悪の中、ドクリと心臓がひときわ強く鼓動を打つ。
 ドクドクとまるで全力疾走した後のような動きを見せる心臓にハクは戸惑いの表情を浮かべた。そして、
「っ、あァ!」
 下肢に与えられていた刺激が急に強く感じられるようになり、気付けば己もまた吐き出していた。ぴゅっと先端から飛んだ白濁がぱたぱたと床に落ちる……ことはない。先端に吸い付いていた触手がそれを全て取り込んでしまう。
「や、な、なに……ぁ、やゃァ!」
 管の中に残る分も全て欲するかのようにちゅうちゅうと吸引され、得も言われぬもどかしい感覚にハクの口の端から唾液が零れた。
 ぜいぜいと息を吐く。しかし一度吐き出して幾分冷静さが戻るかと思われた途端、心臓の異常に続いてカァッと腹の底が熱くなり、肌に触れるもの全ての感触が鮮明になる。それは今まで与えられていたものの比ではなく、拘束するために巻き付いている触手が擦れることさえハクにとっては酷い刺激となった。となれば、無論そちらの意図をもって触れられていれば尚更であり――。
「アッ、や、やぁ! やだやだやだぁ! やめ、むね、やめてっ! したもっ、やだ、いったばっかなの、にっ、ひい!!」
 小さな穴を抉るような刺激。乳首からも陰茎からもビリビリと痛みに似た快楽が迸り、背骨を伝って脳を犯す。強すぎる快楽から逃れるように胸を突き出す姿はむしろ更に強い刺激をねだっているかのよう。ハクは己がどんな格好をしているのかまで頭が回らない。ただ逃げたくてたまらなくて、いやだいやだと叫び続ける。
「やだっ、おねがいだから、やめっ! ヤ、ア、あ、ああっ、あ!」
 ちょろりとハクの陰茎から再び白濁が零れた。しかし先程達したばかりのそこからは僅かな量しか出ない。それさえちゅうちゅうと吸い出されたハクはたまったものではなかった。陰茎は中途半端に勃ち上がったままで、必要以上に敏感になってしまったそこからの刺激にハクの頭は真っ白になる。
「は、ァ、あああ……」
 ガクガクと膝が震え、体重を支えていられない。触手が全身に絡み付いていなければ今すぐ床に伏せてしまっていただろう。
 有り難くもない現実にハクはぼうっとした頭で唇を歪ませる。あの白濁を飲まされてから躰の感覚がおかしい。どんな成分が含まれていたのかくらいは、馬鹿になりかけている頭でも理解できた。
(まずい、このままじゃ……)
 ばくりと食われなくても、代わりに精を搾り取られて干からびて死ぬ。
 今すぐ逃げなければならない。それは十分理解している。なのに。
「や、あ! ああっ、あっ! むね、ぇ、やだっ、ァ」
 刺激でピンと勃った乳首は未だ激しく嬲られ続けるまま。
「むね、やだっ、びりびり、す、ひやぁ!」
 今まで細かな毛で抉るような動きを見せていた触手が、急に勃ち上がった乳首を摘まむような動きに変わる。痛いほど摘み上げられるそこにハクは涙を浮かべ、引っ張られたりコリコリと芯を持ったそこをこねられたりするたびにビクビクと躰を震わせた。
 ぷちゅりと水音を立ててそこから触手が離れると、痛々しいほど真っ赤に腫れ上がった胸の頂が現れる。
「っ、ふぅ……」
 散々苛め抜かれたそこからは母乳の代わりに粘液がぽたりと垂れていた。その感触すら強い刺激となり、ハクは声を堪えるため唇を噛み締めるしかない。
「も、やめ、て……くれ」
 息も絶え絶えに呟く。胸と共に陰茎への刺激も一旦収まっていた。背中や腹の上でヌメヌメとのたくっていた触手も同じく。
 もしかしてやっと解放されるのかと思った矢先、
「ひっ!」
 外気にさらけ出されていた尻の合間にぬめったものが宛がわれ、その感触にハクは短く悲鳴を上げる。
 己の粘液を襞の一枚一枚に塗り込めるように双丘の合間で触手が身をくねらせ、足首や太腿に絡み付いていた他のものが足を閉じようとしたハクの動きを阻害する。それどころか尻を高く上げる恰好を取らせ、上向いた穴に細い一本がにゅるりと浅く頭を潜らせた。
「やっ、やめ、いやだ!!」
 暴れようにも満足に動くことすらできず、触手はハクの後孔を浅く何度も出入りしては、ちゅぱちゅぱと水音を立てている。太さは人差し指一本程度。ただし女子供ではなく成人男性の、という注釈がつく。ゆえに容易く中に潜り込むことはなく、その触手の動きは何度も挑戦し、襞を広げて孔を慣らしていっているようでもあった。
 しかし左程時間はかからない。もともと粘液のおかげで滑りの良かったそれがにゅるんとハクの中に入り込む。
「うっ、あ――!」
 まさに衝撃。
 指であるならば第一関節、否、第二関節くらいだろうか。その長さがハクの中に入り、くねくね、すりすりと内壁を探るように擦る。
「く、う……っ、やめ、ふっ」
 異物感が酷い。しかし先程飲まされた液体の効果なのか、痛みは全くと言ってよいほど無かった。それどころか違和感の向こう側に怖気の走る感覚が見え隠れしている。
 それを見たくないとハクは頭を振る。しかし呆気なくそれは訪れた。
「――っ、ァ!」
 ずるりと粘液をまとったそれが抜けていく感覚に鳥肌を立てる。排泄感というおぞましい快感。触手が抜き差しされるたびにゾクゾクとハクの背骨を伝って気持ち悪いほどの快感が脳に伝えられた。
「あ、あ、あ、っ、あく」
 抜き差ししながら触手が犯す部分がゆっくりと深くなっていることにハクは気付かない。ただ頭の中は「気持ち悪い」を叫びつつ、与えられる感覚を否定しようと躰を震わせるばかり。
 しかしそれも長くはない。触手の先端がある一点をかすめ、ハクは新たな感覚にひゅっと息を詰めた。
「な、っに」
 触手の先端が再びその箇所を突く。
「っやァあ、それは」
 ぐにぐにと擦られるたびにじわりと奥底から湧き出るような悦楽。微かなそれは見る間に大きさを増し、ハクの陰茎を緩く勃ち上がらせていく。
「あっ、はぁ……あ……ァ、あ、や、あわ」
 陰茎が勃ち上がるにつれ内部のそこが徐々にしこりとしてはっきりとした形を現し始めていた。触手はそこをひときわ強く擦り始め、ハクの腹がひくりと跳ねる。
 そこは前立腺と呼ばれる場所。男であれば、その本人の意図に関係なく前を勃たせてしまう箇所である。しかし普通、そこを刺激されてすぐに快楽を得ることは少ない。ハクもまた先程飲まされた催淫効果のある液体のせいでいくらか快感を受け取っていたが、決定打には至らなかった。
 しかし。
 ――ぴゅる。ぴゅるるるるるるるうううううう。
「ひぃ、い! で、出て……!?」
 ハクの中でうごめいていたそれが中に入ったまま何かを吐き出した。とろみがあり、白いそれ。しかも量が多く、後孔の隙間から溢れ出て白い太腿を伝っていく。
「わっ、や、やだ、中にだすな、ださないで、ぇえ!!」
 懇願しても大して太くないそこからびゅるびゅると汁が吐き出される。仄暗い空間にむわりと広がる青臭いにおい。口に出されたものと同じだとハクが気付いた時にはもう遅く、
「ひ、んっ!」
 出しきった触手が中で軽く動いただけでハクの躰が大きく跳ねた。
「ああっ、ひぃあ、あ、ああああ!」
 前立腺をこねくり回されると頭の中が真っ白になり、背が弓のようにしなる。爪先はきゅっと丸まって内股が僅かに痙攣した。だがその動きは裸体に絡み付く触手のせいで酷く制限され、快楽を逃すこともできずにハクはただもがく。
「やめ、駄目、ヤメっ! やだ、むり、も、はっ、あ、あああ、アァあ!」
 いつの間にか後孔を犯す触手は二本に増えていた。それらが互いにばらばらの場所を刺激し、時には協力し合うように前立腺のしこりを挟み込む。そして三本目。たっぷりと粘液をまとったそれがぬぷぬぷと音を立ててハクの後ろを犯す。
「――はっ、く、ああ、ァ!」
 びゅるびゅるっとハクの陰茎から少し薄くなった精液が吐き出された。勢いよく出たそれが腹と床の両方を汚す。それを合図にしたかのように後ろを出入りしていた三本の触手がずるりと外へ出て行く。
「くっ――……っ、う」
 床についた両膝を震わせながら息を吐く。
 散々いたぶられ注ぎ込まれたそこは、栓を失い、くぱくぱと口を開いて赤い中を覗かせていた。そこから溢れ出した白が淫靡さを醸し出す。足を雫が伝う感覚でさえ今のハクには毒であり、ふるりと背筋を震わせた。
(も、おわった……?)
 力の抜けた躰からしゅるりしゅるりと触手が離れていく。腕もようやく解放され、ハクは両手を床についた。が、ガクンと力が抜けてその場に這いつくばってしまう。粘液や精液で汚れた床に頬がぴちゃりとついた。
「く、そ……」
 躰に全く力が入らない。しかもまだ躰に一部絡み付いている触手のせいで尻は高く上げられたままだ。これでは残りの触手を振り払って逃げることもままならない。
(いや、もう少し……這ってならなんとか)
 それでも全ての触手がこの身から離れれば何とかなるはず。飲み込まされた淫液の影響で未だ躰の中には熱がくすぶり、皮膚が床に触れているだけでもじわじわと快感を拾ってしまっていたが、あの触手に触れられているよりはずっとマシだ。
 その瞬間を待ってハクは息を潜める。
「っ、ぅ……」
 腹を擦りながら離れていく触手。その感覚に息を呑みながらも、心の中で「あと二本」と数を数える。暴力的な快楽の波から幾分遠ざかったおかげで琥珀色の双眸にも冷静さが戻って来ていた。

 ――グル、グルルル。

「!」
 その時、闇の中から聞こえたものにハクは目を瞠る。触手の化け物が音を発した様子はなかったから、あれは別の生物の声。檻の中にいるやつか、と希望を込めて推測したハクだったが、
「……っ、そ、んな」
 闇の中からぬっと白い毛に覆われた足が現れる。形はオルケに似ているが、青白く輝いているようにすら見える体毛に覆われた四本足の獣は、オルケよりも二回りほど大きい。
 イアラオルケ。
 オルケと同種だが、一般人でも追い払えるそれとは異なり、危険性は格段に高い。爪も牙もハクの躰など容易く切り裂いてしまえるだろう。
 暗がりから姿を現したイアラオルケは赤い血のような目で床に這いつくばっているハクを見下ろす。長く立派な尾がふさりと揺れた。イアラオルケは耳と尻尾の先端が青く、それ以外は純白であるのだが、現れた個体は耳と尻尾の先端が濃茶色に染まっている。
 ――グルル、グルルルル。
 獣の喉が獲物を前にして大きく鳴った。開いた口からは鋭い牙が覗き、赤い舌が垂れ下がってハァハァと荒い息を零している。
「っ!」
 その尖った鼻先がハクの顔に近付けられた。ふんふんと鼻息荒く匂いをかがれ、
「う、わぶ」
 長い舌でべろりと口や鼻の辺りを舐められた。
 獲物を吟味するかのようなその動作にハクは顔を青くして身じろぐが、残り二本の触手に拘束された躰は全く動かない。腕も未だ痺れたままで、獣を押し返すどころか這って後退することすらままならなかった。
 ただ身を竦めるしかできないハク。獣はじっとその姿を見つめ、やがてのそりと動き出す。
「ひ、ぃあ!?」
 突然の刺激に声が裏返った。
 獣はハクから距離を取ることなく、側面に回ると粘液にまみれた躰をぺろぺろと舐め始めてしまったのだ。
「やめ、や、あぁ」
 落ち着こうとしていた熱が一気に燃え盛る。火がついた躰は容易くその感触を悦として受け取り、ハクの身がくねる。グル、グルルと獣の喉は絶えず音を慣らし、ハクの背中や脇腹を美味そうに舐めた。やがてその舌が下肢にまで辿り着き――。
「あっ、うあ、そこは……!」
 尻の合間をべろりと舐め上げられ、ハクの躰が一瞬硬直する。だがイアラオルケの動きは止まらず、それどころかハクの真後ろに回った獣は触手に尻を上げさせられているハクの下半身にのっしりとのしかかってきた。
「っ、ひぃ」
 腰に獣の前足の感触。爪は立てられていないが、いつ切り裂かれてしまうか知れない恐怖に喉が引きつる。あまつさえ上半身を倒してきた獣の鼻先がハクのうなじに触れた。荒い息が首筋から耳裏にかけて吹き付けられ、ぞわぞわと鳥肌が立つ。
 そして、ぴとりと尻の合間に押し付けられた、熱くたぎる、それ。
「う、そ……やめ」
 反射的に身を引こうとしたハクを触手と獣の前足の両方がしっかりと押さえ込み、

「あああああああ――――――――!」

 ずぶり、と。たぎった獣のそれがハクの中に押し入った。
「あ、ああっ、ひぃ、や、ぃ、や、あっ、あっ、あっ」
 ――ずっ、ずぶ、ぐちゅ、ぱちゅ、ぶちゅ、じゅぶ、じゅぶぶ。
 ハクの躰を押さえ付け、高く上げられた尻に己の勃起した陰茎を押し付けて腰を揺らす白い獣。ハッ、ハッと荒い息が漏れ、滴った唾液がハクの背中を濡らす。
「あ、だめ、やぁっ、あ、あ! ゆるし、ゆるひて! ひ、あ、ああっい、ふか、ふかいぃぃぃ!!」
 触手は終ぞ触れなかったそこへ獣の長大なものの先端が届く。前立腺を越えて陰茎を包み込むような襞を抜けたそこ。ちゅう、と吸い付くように挿入されたものの先端を迎え入れ、獣がグルグルと大きく喉を鳴らした。ハクもまた己のナカがきゅうとそれに吸い付く感覚に目を剥く。
「ひ、い――――ッ!」
 逃げを打つ腰。しかし菊門の辺りで何かが引っかかり、抜け出せない。
「や、なに、や、ああ。やああああ!」
 ハクは酷く混乱し髪を振り乱す。触手に犯され、次は獣にまで。最早まともな精神ではいられない。己の躰を傷つけてでも逃げようとするハクだったが、しかしやはり菊門で何かが引っかかる。
 背後から犯されるハクには見えなかったが、中に挿入された獣の男根が形を変えていた。根元が膨らみ、無理に引き抜こうとすれば孔が裂けてしまう状態になっていたのだ。
 膨らんだ根元がハクの後孔のすぐ内側をごりごりと刺激し、ハクの膝が折れる。だが触手に支えられ続けているその躰は獣の下から逃げ出せぬまま。
「い、ひぃ、やっ、あああ、たす、たすけっ、やだ、あ、ら、やら、やらやらぁ!」
 ――ぐちゅ、ぶちゅ、ぐり、ぐりぃ、ごりごりごり、ぱちゅん、ぶちゅ、ぶちゅり、ぐりり!
「ひぃああああ――――ッ!」
 永遠に続くかのような責め苦。
 涙と言わず鼻水と言わず唾液と言わず、ありとあらゆる液体がハクの顔を汚す。勃ち上がった陰茎は幾度か白濁を吐き出したものの、終いにはほぼ無色となり、それすら少量を吐き出すのみとなってしまった。
 この種には普通のことであったが、オルケやそれに類する獣の交尾は長い。確実にメスを孕ませようと濃く大量の種を植え付けるために。
「ああっ、あうぅ、う、ん、ふうん、ん、あっ、ああっ、んんっ!」
 触手の化け物に摂取させられた淫液は未だ効果を失わず、勃ち上がった乳首が粘液で汚れた床に擦れるとハクの腰が揺れる。すると中で感じる刺激が更に強くなり、また胸が床に押し付けられる。
 ――べろり。
「ひにゃ、ああっ!」
 イアラオルケが長い舌でハクの首筋を舐め上げた。次いでぱかりと大きな口を開け、舐め上げた箇所にゆっくりと牙を押し当てる。
 そして、

 ――ぐんっ。びゅるっ、びゅるるるるるうううううう!!!

「あ、は、あ、ああああああああ…………でて、でてりゅ、ひにゃあああああ!」
 ハクのうなじを少し強めに甘噛みすると同時に、ひときわ強く腰を押し当てた獣が己のメスとなったものの体内に大量の種をまき散らした。










「――――――ッ!!!!」
 ばさりと上掛けを蹴飛ばしてハクは布団から飛び起きた。強迫観念にでも捕らわれたかのように執拗に周囲を見回し、己のいるそこが見慣れた白楼閣の自室であることを確認すると、ようやく胸を撫で下ろす。
「よかった……夢か……」
 布団の上に両膝を突いて、「はあああああ」と大きな溜息を一つ。心底ほっとしましたとばかりに全身から力を抜いた。
「にしてもなんつー夢を見ちまったんだ」
 思い出したくもないが、夢の残像が勝手に脳裏をチラつく。じり、と中に熱が生まれたような気がしてハクはそれを散らすように頭を振った。
 とんでもない夢の記憶を奥底へ沈めるように呼吸を整え、その場でじっとする。そうして激しかった動悸が収まり始めた頃、ドタドタとわざとらしい足音が近付いてきた。
「いようアンちゃん! もう起きてっか?」
 スパーンとふすまを開けて登場したのは親友であり上司でもある男。浅葱色の外套を肩に引っかけた偉丈夫が布団の上でじっとしているハクを見て「んお? どうしたんでぇ、アンちゃん」と声をかける。
「いや、ちと夢見がな……」
「へぇそりゃ災難だったなぁ」
 ま、そんな時は美味い酒と料理で忘れるのが一番だ!
 そう言って朝っぱらからウコンが持って来た大徳利を掲げる。途端、ハクの両目が輝いた。
「流石ウコン様! もうホント今日は夢見が悪くてなぁ!」
「なんでぇアンちゃん、そんなにか?」
 入室したウコンがハクの前にどっかと腰を下ろす。少し心配そうな気配を滲ませる蘇芳色にハクは頭を掻いた。
「ん、まぁな。相手が最悪と言うか……いや、状況も完全に駄目なやつだったけど」
 沈めたはずのそれが容易く脳裏によみがえってハクの中に熱を生む。頬が染まり出した頃、ウコンがのっそりと布団に手をついて顔を寄せてきた。
「ん? ウ、コン……?」
「なぁアンちゃん」
 赤い赤い、血のような目。光の加減でそう見えたウコンの双眸がにんまりと笑みの形に細められる。


「やっぱり化け物や獣より、俺相手の方が良かったかぃ?」


「………………え?」
 薄く開いたウコンの口の中は赤く、その中に並ぶ白い歯がやけに尖って見え。
 噛まれたことのないはずのうなじがジワリと痛みと熱を持った。







2016.07.28 Privatterにて初出