「特に化粧もしてないし、よく見りゃ顔は同じだから、ウコンとオシュトルが同一人物だってのは判るんだが……やっぱり雰囲気とか全然違うよな」
適当に点けていただけのテレビにオシュトルが出演する三十秒CMが流れた途端、じっくりとそれを眺めたハクが、CM終了後にぽつりと呟いた。 ハクと同じリビングのソファに腰かけてドラマの台本を読んでいたウコンが「んお?」と顔を上げる。 「じゃあ実際に見てみっか?」 「何をだ?」 「『ウコン』が『オシュトル』になるところ」 台本をローテーブルの上に置き、ウコンがフェイクの顎髭を撫でる。 ウコンの正体が明かされてから数日が過ぎたものの、ハクは未だこの家の中で『オシュトル』を見たことがない。オシュトルが一般人の家から出る姿を他人に目撃されては困るため、仕事に行く際もウコンの姿のままだからだ。 (いやでも風呂上りとか髭外しててもいいはずなのに、完璧に『ウコン』だったよな……) これまでの様子を思い返し、胸中で呟く。おそらくいきなり姿を変えてハクを驚かさないようウコンが配慮してくれたのだろうが、だからこそこの家で『オシュトル』を見られるかもしれないと思えば少しわくわくしてしまった。 元々芸能人に興味のないハクなので、その期待はきっと相手がウコンであるからなのだろう。 「いいのか?」 「おう。じゃあ道具取ってくるな」 ウコンはニッと笑い、ソファから立ち上がって自室へと向かう。使用頻度が高いためかすぐに道具を取って戻って来て、ハクの前のテーブルにそれらを広げてみせた。 再びソファに腰かけたウコンはまず粘着力を弱める液を綿棒に染み込ませて髭と皮膚の間を湿らせ、それをぺりぺりと剥がしていく。あっと言う間に先程CMで見たのと全く同じつるりとした綺麗な顎が現れた。それだけでも大分雰囲気が変わる。 次いで髪紐を解き、自由に跳ねている蓬髪を、整髪料をつけてから梳り始めた。見る間に跳ね具合が大人しくなり、ストレートに近くなる。 「ウコンの髪質って本当はオシュトル寄りなのか?」 「おう。ウコンを名乗ってる時はわざと跳ねさせてんだ。ま、オシュトルん時は普段よりきっちり梳いてっから、髪質的には中間……か、ちぃっとだけオシュトル寄りかね」 「へえ……」 どんどん姿を変えていく相手にハクは興味津々。一方ウコンは変装を解く手を止めないままだが、その尻尾が上機嫌に揺れている。 隠すつもりのないそれを視界の端に捉えたハクは少し恥ずかしくなって視線を逸らした。 「アンちゃーん、俺を見ろー。ホレホレ、もう終わるぜ」 ふさふさの毛に覆われたウコンの尻尾がハクの太腿をぺしりと叩く。かまって、とじゃれつく小動物のようだ。実物は立派な成人男性であるけれども。 ともあれ催促されてハクが視線を戻せば、 「……すごいな」 そこにいたのはウコンが着ていたラフな服装のままのオシュトルだった。 「ふっ、其方にこうもまじまじと見つめられると、カメラやヒトの目に慣れた某でも少々気恥ずかしいな。……これも相手がハクであるからこそ、か」 「っ!」 言葉使いまでガラリと変わる。 ソファの隣に座っていたせいで二人の距離は二十センチもない。それを更に詰めて、オシュトルはハクの頬に片手を添えた。 「ハク、こちらの某は如何(いかが)か?」 「も、お前というやつ、は……!」 自分の顔が最高レベルに整っていることを自覚している者が魅力をフルに発揮してくる。その威力は推して知るべし。しかも相手は己が惚れた相手であるからして、効果は二倍どころか二乗だ。 すぐ傍に美しい顔。しかし女性的ではなくしっかりとオトコのもので、ハクの心臓は激しく脈を打ち始める。義姉も非常に美しい人だったことから、おそらく自分は面食いの類なのだろうとそこで初めて自覚した。 ウコンの時には上手く誤魔化されていたオーラとでも言うべきものがぐいぐいとハクを煽ってくるせいで最早顔は真っ赤だ。見ているのも見られているのも恥ずかしくてハクはぎゅっと目を瞑る。するとオシュトルの小さく笑う気配がし、空いていた方の手で肩を抱き寄せられた。 「ハク……。ウコンもオシュトルも其方の恋人だ。某を前に恥ずかしがる其方も大層愛らしいが、早く慣れて真っ直ぐ見つめてくれるようになってほしいものであるな」 「ど、どりょくシマス……」 無茶言うな! と反論したいところだが、オシュトルが言った通り自分達は恋人になった。なってしまった。ならば恥ずかしくて顔が見られないなんて言ってはいられない。 しかし今のところはそろりと片目を開けてオシュトルの満面の笑みを目撃してしまったハクも撃沈せざるを得ず。顔を伏せれば更にしっかりとオシュトルに抱き寄せられ、厚い胸板に押し付けられた頬がもっと熱を上げた。 2016.07.21 privatterにて初出 |