「なんかオシュトルさん、今日はいつもより輝いてないか?」
「オーラが凄いよな。いいことでもあったのかねぇ」
 スタッフ達のそんな囁きを耳にして、ミカヅチは自分が飲んでいたアイスコーヒーの紙コップのフチをがじがじと行儀悪く噛んだ。
 ここは某所にある撮影スタジオ。本日は一番大きな部屋を使って女性向け有名雑誌用の撮影が行われている。少々強面だが長身と鍛え上げられた無駄のない肉体を持つミカヅチはそのモデルの一人として呼ばれていた。
 ミカヅチは撮影予定の半分を消化し、現在、休憩がてら彼と並んでもう一人メインとして呼ばれたモデルの撮影を見物しているところである。そのモデルこそ表紙を飾れば雑誌の売れ行きはいつもの三倍になるとまで言われる人気俳優オシュトル。そしてミカヅチとは個人的な付き合いもある気のいい友だった。
(あいつが取り繕い切れてないということは相当だな……)
 スタッフ達の会話の通り、本日のオシュトルは非常に調子がいい。否、調子がいいを通り越してはしゃぎすぎ、キメ顔連発し過ぎ、王子様オーラ出し過ぎ、である。なまじっか美しい顔立ちをしているため、それに当てられた(美形にはある程度慣れているはずの)女性スタッフが先程「ごめん直視できない」と言い、別のスタッフに代役を頼んでスタジオから退場していた。
 そんなオシュトルの絶好調の理由をミカヅチはまだ聞いていない。朝、スタジオに入って顔を合わせた瞬間から機嫌が良さそうなのには気付いていたのだが、まさかここまでとは思わなかったし、それに雑談をしている時間もなかったからだ。
(あいつのマネージャーにこの後の予定を聞いて、それで大丈夫そうなら飲みに誘うか)
 なお、飲みに誘うと書いて「真相を聞き出す」と読む。
 先日も仲間内で盛大な飲み会を催したばかりではあるが、あれもかなりの酒好きなので、滅多なことでは断られないだろう。くくく、覚悟しろよ……と、悪人面を晒して笑う。丁度ミカヅチのすぐ傍を通りかかったスタッフがそれを見てびくりと肩を跳ねさせた。


「お前アホだろ」
 ところ変わって、某撮影スタジオから車で少し走った所にある居酒屋にて。ワイワイガヤガヤと賑やかな大衆の声に紛れるようにして聞いた『ウコン』の話に、ミカヅチが扮した『サコン』は歯に衣など糸一本分も着せることなく言い切った。
 ウコンもといオシュトルは先日の飲み会で泥酔した後、一般の男性に保護されたらしい。それで礼を言って別れていれば良かったのだが、あろうことかこの男、その青年に心奪われ、家無しを装って彼の家に上がり込んでしまったのだ。無論、正体を偽ったまま。
「でもよう、アンちゃんとあれっきりなんて俺には耐えられなかったんだって。オメェさんも会ってみりゃあ判る。あんな綺麗に笑う奴、はいそーですかと手離せるわけねえって」
「笑顔一つでどんな女でも骨抜きにできると言われる男が喋っていい台詞か、それ」
「あ、でもサッちゃんにハクを見せるのもなぁ。なんか勿体無ぇしなぁ」
「この野郎、聞いとらんし」
 サコンは眉間に皺を寄せて呻く。
 テーブルを挟んで向かいの席に腰かけている男はそんなサコンのことなど頭の隅に追いやって、デレデレと鼻の下を伸ばしながら世話になっている青年――ハクのアレがいいだとか、ココが可愛いだとか、訊いてもいないことを喋り続けている。
 これは相当惚れ込んでしまったらしい。今までこれといった相手を作ってこなかった男なので、長い付き合いのある友としては応援してやりたいような気が……しなくもないかもしれなかったが、やっぱりこいつアホだろ、という感想が拭えない。あと若干どころかかなりウザい。
「嘘でできた関係がそう上手く行くとは思わん方がいいぞ」
「なに言ってんでぃサッちゃん」
 こちらの話など聞いていなかったはずのウコンがぱっと表情を正す。
 蘇芳の目は多少の酒精など効かぬとばかりに真っ直ぐサコンを射抜き、その強い眼差しにこちらが息を呑むと、ニヤリと偽悪的に笑ってみせた。
「俺達は『カメラ越しの仮初の自分(うそ)』を商品にしてる人種だぜ? 気持ちがなくたって、まるで本心からそう思っているかのように振る舞うなんてお手のもの。それで俺達はメシ食ってるんだ。嘘は失敗するなんて決まり事、自分自身で間違いだって証明しているようなもんじゃねぇか。嘘でも成功するんだよ。しかも俺はアンちゃんに対して正直な気持ちから傍にいる。偽ってんのは名前と身分だけだ。仕事してる時よりずっとホンモノに近いじゃねぇか」
「だから心配は無用だと?」
「おう。ま、いつかはきちんと話てえとも思ってるが、まずはもっと仲良くなんねぇとな!」
 ニシシという効果音が似合いそうな、まるで悪ガキのような笑みを浮かべるウコン。その切り替えの早さと吐かれた文言にサコンはげっそりする。この男、世間からは清廉潔白とまで言われるほど人格者だということになっているのだが、中々どうして、厳しい芸能界で生き残ってきただけのことはある。一応こういう性格だとも判っていたつもりだが、目の前にさらけ出されると何とも言えない気分だ。
「ま、お前さんがそれでいいなら構わんがの。精々その兄さんと仲良くやっとれ」
「あったりめーよ! このオシュ……んんっ、ウコン様の本気、見せてやるぜ!」
「はいはい。応援はしといてやるわい。応援だけじゃがな」
 何だかんだで要領は悪くない男なので、本気で惚れた相手には全力で挑み、いずれはものにするだろう。
(ん? こいつはハクって奴に惚れてんだよ……な? ああ? 気に入っただけ? いやまぁそんなに変わらんか)
 自分達のいる業界は特に恋愛イコール男女のものというわけでもないため、最近考えが柔らかくなってきている世間様より更にそういうことには寛容だ。と言うか、普通のこととして受け取る者が多い。なのでてっきりオシュトルもそっちなのかと思ったのだが、そう言えば断言はされていなかったなぁと思う。
(だが。どちらにせよ、こいつがこんだけ気に入った相手ってのはなぁ……長い付き合いだが、おそらく初めてだろうし)
 だからアホだと思っても、多少ウザいと思っても、応援してやろうと言う気になるのだ。
 サコンは乾きかけていたウコンの盃に酒を注いでやり、「頑張れよ」と本心から声をかけた。







2016.06.30 privatterにて初出